第3話:少女との日課
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「ダストちゃん?最近なんだか機嫌がいいわね」
「え?そうかな」
自分でも、なんとなく分かっていた。
毎日、ゴミを集め続けるだけの日課。
それは俺のスキル、廃棄収納の可能性を探るため。
──だけど、最近は……その目的が、少しずつ変わってきていた。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
軽やかに家を出る。
胸の内に、ひとつの期待を抱えて。
「あ、きたきた! おーい! こっちだよ、ダストー!」
「ああ! 待ってくれ!」
あれから──テトラとは、ほぼ毎日会っていた。
俺の中で、彼女の存在はどんどん大きくなっていった。
「ダスト、今日は何を拾うの?」
「今日は──」
ゴミ拾いの“デート”。
前世では、考えられないほど最悪なプランだ。
……けれど、今の俺にとっては、むしろこれが“最良”。
スキルを見せたときの、あの彼女の表情を思い出す。
真っ先に返ってきた言葉は──「大丈夫?」だった。
手に触れたゴミが吸い込まれる。
確かに、普通なら引かれてもおかしくない。
「それ、どこに消えてるの……?」
彼女に聞かれたとき、俺は答えに詰まった。
俺自身、よく分かっていないのだ。
どこへ行くのか。どこに“保存”されているのか。
まさか体内に蓄積されていたりして──
……いや、それは嫌だ。絶対に嫌だ。
「次はこっちだな」
「こっちには何があるの?」
「……ゴミだよ。その一帯だけ、不思議といつも増えてる。
取り尽くしたと思っても、次の日にはまた、増えてる」
「……なにそれ。ちょっと怖いね」
確かに、テトラの言う通り“怖い”といえばそうかもしれない。
でも──
俺にはそれが、まるで“誰か”が意図的にそこに置いているように思えて仕方なかった。
俺のために、俺のスキルのために。
……そんな風に、考えてしまう自分も、少し怖い。
「なぁ、ダストはさ。将来、何になりたいの?」
「…………さあ。俺、この世界のこと、何も知らないからな。
だから──大人になったら、この村を出て旅でもして、この世界を知ってみようかって」
それは、前々からなんとなく考えていたことだった。
この体のままじゃ、まだできることは限られているけれど。
「……そう、なんだ」
その瞬間、テトラの顔が暗くなる。
胸の奥で、何かがきゅっと締め付けられた。
「どうしたんだ?」
「……外は、怖いよ。魔獣がいるから」
「魔獣?」
「そう、魔獣。怖いんだよ〜?」
彼女は、まっすぐな瞳で俺を見つめた。
「この村はね、“魔獣除け”がしてあるの。だから魔獣は寄ってこないけど……
でも、この村から一歩出たら、そこはもう“魔獣の世界”だよ」
その言葉には、真実味があった。
まだ小さいはずのテトラが語る“外の恐怖”に、俺は思わず息を呑んだ。
「……強いのか?」
「分からないけど、多分?」
……いや、なんで俺は、魔獣の“強さ”なんて訊いてるんだ?
「でもさ、村から出なきゃいい話だろ? だったら、出ないようにするさ」
「うんっ! テトラも、それがいいと思う!」
その笑顔に、心が大きく揺れた。
俺は……もう気づいていた。
ずっと前から。
俺は《・》、この《・》子が《・》、好き《・》だ《・》。
……それなのに。
「もし。もしさ、大人になったら……テトラ。俺と、その……」
喉元まで出かけた言葉が、どうしても出せない。
前世で恋愛の“れ”の字すら知らなかった俺に、告白なんて……無理だ。
「……どうしたの、ダスト?」
「いや……その、なんでもない」
また、飲み込んだ。
「ダスト……テトラね、この村の生まれじゃないんだ」
「……え、そうなのか」
突然の告白だった。
そして、その声音にはほんのわずかに影が混じっていた。
「テトラ、両親がいないの。……ううん、“分からない”って言ったほうがいいのかな」
「両親が分からない……? じゃあ、今はどこで暮らしてるんだ?」
俺たちくらいの年齢の子供が一人で生きていけるわけがない。
俺だって、アレシアがいなければ、ここまで来ることはできなかった。
「……知り合いの人に、お世話になってる」
「知り合い……って、まさかおっさんか……!?」
──何をするつもりだその野郎、と一瞬で脳裏が修羅場になる。
「ダスト、顔怖いよ?……大丈夫、悪い……人じゃないから」
最後のほうが聞き取りづらかった。
けど、テトラの言葉に嘘はなかった。
きっと、本当に優しい人なんだろう。
「……そうか。なら、よかった」
「うん!」
彼女の表情がぱっと明るくなる。
この笑顔だけで、救われる気がした。
それからも、俺たちは毎日のように会った。
笑って、話して、ともに歩いた。
その時間が、何より愛おしかった。
──でも、俺はまだ言えなかった。
この気持ちを、まっすぐに言葉にする勇気がなかった。
だから、俺は遠回しに言った。
「なぁテトラ。もし、俺とお前が大人になったら……また、一緒にならないか?」
「……うんっ! もちろん!」
胸が跳ねた。
これは“告白”じゃない。でも、何かを交わしたような感覚があった。
これで、今は十分だった。
(……大丈夫。もし断られても、「あれ? あの時俺、言ったよね?」って言えるし)
自分のずるさに、ちょっとだけ落ち込む。
けれど、それ以上に──彼女と未来を想像できたことが嬉しかった。
──日が暮れる。
「じゃあね、ダスト!」
「ああ、テトラ。また明日な!」
「うんっ!」
無邪気に手を振る彼女の笑顔に、俺も自然と笑みがこぼれた。
(……やっぱり、俺はあの子に惚れてる。こんなガキに……)
いや、俺もガキなんだから……問題はない。犯罪にはならない。……多分。
……
…………
………………
「……うん、分かってる。テトラは、もう子供じゃないから」
風に乗って、誰かの声が揺れる。
「…………」
「……え? まだ子供だって? ……ふふっ、それでも、ダストよりはマシだよ」
テトラは、静かに微笑んだ。
「ねぇ、テトラね。あの子のこと、どうしようもなく気になっちゃうの。
だって、あんなにも平和で、あんなにも純粋で、こーーーんなにも未知なんだもん。
だから……ワクワクしちゃうの。あの子が、どんな風に“変わっていく”のか」
「………………?」
「うーん、まだ分からない。きっと本人だって、分かってないよ。
でもね、ひとつだけ、確信してる。──あの子、テトラに惚れてる。間違いなく、ね」
唇が、いたずらっぽく歪んだ。
「この世界の“現実”を知って、全部、受け入れて……
そして、ぜーんぶ壊して。
そうすれば、パパとママも、きっと認めてくれる。……そう思わない?」
そして一拍、声が低くなる。
「だから──手出しは、しないでね?」
「…………ぅ」
夕暮れの中、銀の髪が、微かに揺れた。
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