第2話:美しい銀髪の乙女
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それでは、本編をお楽しみください。
──三年後。
ようやく、一人で立てるようになった。
そして、言葉も達者になった。……齢三にして、妙に達観した口ぶりのガキがここに一人。
「ダストちゃん、ご飯できたわよ〜」
「うん、今行く」
その呼びかけに、自然と返事が返せるようになっていた。
この三年間で、俺は一つの“異変”に気づくことになる。
手を近づけると、ゴミが吸い込まれていく──そんな能力が自分にあるということに。
きっかけは、ある日偶然見つけた一本の酒瓶だった。
◆ ◆ ◆
『……これって、まさか酒瓶か?』
ボロ屋の隅、布に包まれるようにして置かれていた。
恐らくアレシアのものじゃない。きっと、この家の“かつての主”の遺物……つまり、俺の父親にあたる人物のものだろう。
『……日本酒か。懐かしいな』
前世で、俺の父親はアル中だった。
いつも日本酒を手放さなかったあの姿を、ふと思い出す。
どこか懐かしくて、手を伸ばした──その瞬間だった。
『うわっ……!?』
【ユニークスキル:廃棄収納を発動しました】
酒瓶は、俺の手に触れることなく、そのまま“吸い込まれた”。
空間にふっと消えたのではない。
明確に“俺の中”に回収された感覚があった。
しかも、頭の中に響く、謎の声まで添えて。
『……な、なんだこれ』
◆ ◆ ◆
そんな具合に、俺は“ゴミ”を拾うスキルを得た。
正直、呆れるほどに“役立たず”だ。
いろいろと試した。紙くず、空き缶、割れた陶器、錆びた釘──
手を伸ばすと、すべて俺の体に吸い込まれていく。
だが、逆に新品の道具や、まだ使えるものには一切反応しない。
つまりこれは、どこからどう見ても“ゴミを回収するスキル”──
……なんだこれは。前世でゴミ同然の人生を送っていた俺への、皮肉か?
(神様ってのは、つくづく意地が悪い)
なにが“せめて転生先では、ゴミを拾って世界を綺麗にしましょう”だ。
……冗談じゃない。
ちなみに、アレシアにはまだこのスキルのことは言っていない。
別に隠すつもりはないが、なんとなく……恥ずかしい。
「俺、ゴミを吸い込めるんだ!」ってドヤ顔で自慢できるスキルじゃない。
いや、もしこれが“魔王すら一撃で倒せる力”とかだったら、そりゃ胸張って言えるけどな。
(……だが俺のスキルは、ゴミ箱だ)
それに、もしこの世界に“魔法”という概念があるなら──
アレシアのような一般人にも、似たような力があったりして。
『お母さんは、触れた相手を消し飛ばせるのよ?』
……なんて言われた日には、俺の精神は再起不能だろう。
そういうわけで、スキルのことはしばらく黙っておく。
あともう一つ。俺はアレシアのことを、“母さん”と呼んだことがない。
転生者として、頭では“母親”と理解していても──
心のどこかで、それを受け入れきれていない自分がいる。
「……いただきます」
「はい、どうぞ〜♪」
アレシアが作ってくれた料理を口に運ぶ。
正直、美味しいとは言えない。だが、それでも。
「……美味しいよ」
「良かったぁ!今日はね、腕によりをかけたのよ!」
(……どの腕だ)
心の中でだけ、そっとツッコんだ。
煮ただけの野菜。味付けもほとんどない。
それでも──否定する気には、なれなかった。
どれだけ不味くても。
たった一人で俺を育ててくれたアレシアの苦労に、文句なんて言えるはずがなかった。
(……味は、あとで俺が教えてやればいい)
料理のレシピなら、多少覚えている。
いつか俺が大きくなったら、それをアレシアに教えて──
……一緒に笑って食べられるようになればいい。
……そんな未来が、きっとくることを信じながら。
──そして、午後は“俺の時間”だ。
スキル:廃棄収納。
それは、この世界に来て最初に与えられた、俺だけの力。
……ただの“ゴミ箱”スキルだとしても、無駄にするつもりはない。
(なぜ、俺にこれが宿ったのか)
最初は前世の人生に対する皮肉だと思った。
ゴミのように生きたから、ゴミを拾えと。……だが。
それだけなら、与える必要すらなかったはずだ。
むしろ、マイナス効果のスキルをつけて、嘲笑ってくれた方が筋が通る。
(……結局、わからなかった)
だから考えるのをやめた。
今は、拾えるだけ拾う。
朝。食事を済ませると外に出て、ゴミを探す。
昼もまた、アレシアの心配を受けながら、それでも探索を続ける。
ただし、夜はダメだ。
熊が出るから、とアレシアが外出を禁止している。
俺も一応、忠告は聞く。……無駄な怪我で心配をかけるのは、ごめんだ。
ということで、俺の活動時間は“朝と昼”だけ。
見つけるのは──空き瓶、割れた陶器、錆びた釘、折れた剣、壊れた鎧の破片。
焦げた木材、ボロ布、ちぎれた縄、燃えかすや灰、油の染みた布、靴底、皮の切れ端、金具の欠片。
まさに“ゴミ”。
だが不思議なことに、スキルは確実に反応していた。
──ただし、条件があるようだった。
ある日、錆びも折れもしていない“鎌”を拾った。
見た目は使えそうだったのに、俺のスキルはまったく反応しなかった。
つまり、これは“本当にゴミであるもの”にしか作用しない。
その事実を、俺は二年間かけて理解していった。
──そして今。俺は、五歳になった。
変わらず日課の時間だ。
「……この小さな村で拾えるものも、限られてきたな」
そう、独り言をつぶやいた瞬間──
「ねぇ!そこの君!何してるの?」
振り返ると、そこには──見たことのない“光”。
透き通るような銀髪。
雪のように白い肌。
白いワンピースが、陽の光を反射して揺れていた。
──言葉を失った。
「……え?」
「……もしもーし?聞こえてるー?」
この五年、子供どころか他人すら滅多に見なかった俺の前に、
まるで“天使”のような少女が現れた。
(……なんだ、この感じ)
「……聞いてるの?」
「あ、ああ。聞いてる。……お前は?」
「テトラ! 君は?」
「……ダスト、だ」
心臓が、どくんと跳ねた。
──何なんだ、この感覚。俺は二十七歳。ガキ相手に動揺するなんて……。
でも、この目の前の“テトラ”には、そんな理屈が通じなかった。
息を飲むほど、美しかった。
言葉が詰まる。胸がざわつく。……これは、何だ?
「……ゴミ。一緒に拾わないか?」
(……何を言ってる、俺)
「……ゴミ?ばっちぃよ」
「だ、だよな……はは……」
──フラれたような気分だ。
「じゃ、じゃあ……俺は、行くから……」
気まずさを残して歩き出す。
だが、その背中に──声がかかった。
「ねぇ、待って!」
足が、止まる。
「……ねぇ、ダスト。また君に会えるかな?」
その言葉に、胸が跳ねた。
この世界で、誰かに“また”と言われたのは、これが初めてかもしれない。
「ああ。絶対に会える。……約束だ」
「……うん。分かった。約束ね!」
テトラが笑った。
それだけで、この世界が少しだけ輝いて見えた。
この笑顔を──守りたいと思った。
(……テトラは、俺が守る)
──それが、出会いだった。
人生で初めて“異性”と出会い、
そして、初めて誰かに“期待”を向けられた。
その胸の高鳴りが、静かに鼓動する。
草を踏む軽い足音が、風に紛れて消えていく。
「……ふふ。面白い子。……成長が、楽しみね」
銀髪が、そよぐ。
その片目だけが、ほんのりと赤く光っていた。