第1話:二度目の人生はゴミだらけの世界
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……暗い。
これが、死ぬってことなのか。
もっとこう、一瞬で終わるか、何も考える間もない空白だと思っていた。
あるいは、よくあるアレ。
人魂が列をなし、閻魔様の前で裁きを受ける──なんてシーン。
……いや、それは流石に妄想が過ぎるか。
でも、妄想ができるってことは、まだ“考える時間”が残されているってことだよな?
じゃあ……この時間は何だ?
死んだのは、間違いない。
体は動かず、感覚もない。けれど、意識だけはこの暗闇に取り残されている。
……これ、地獄に堕ちるより、ある意味キツくないか?
まぁ、ゴミみたいな人生だったし。
こんな末路でも、文句なんて言えないか。
「……ぃ……ね」
……ん? なんだ、今の声。
「はーい……いいこでちゅね~」
……いい子? 俺が?
俺はクソみたいな人生を歩いてきたんだぞ。
誰かに“いい子”なんて言われる資格があるとは、とても思えない。
てか、誰の声だこれ。
若い女の声……に、聞こえるな。
ん……?
な、なにか口に入ってきた……?
ぬるくて、ほんのり甘くて、どこか薄い味。……飲んだことはない。でも、知ってる。
いや、まさかこれ……母乳? え、飲んでるの、俺?
俺、もう二十七なんだけど!?
まぶたが重い……けど、ほんの少しだけ開いた。
ぼやけた視界の中で、俺が見たのは──
茶髪の若い女の顔。
そして俺の口の中には……彼女の大きな乳房が。
…………ああ。あぁ、そういうことか。
そういうこと、なのね。
つまり、俺は──転生したってわけか。
漫画やアニメに親しんでいた俺なら、ここまで来れば理解できる。
これは、“異世界転生”ってやつだ。
地獄じゃなかったのは、まぁ……よかったのかもしれない。
けど、“赤ん坊”からやり直しって、それはそれで地獄なんじゃないか……?
前世の俺は、童貞だった。
だからこの状況──若い女に乳を飲まされるというシチュエーションに、
前世の俺だったらきっと飛び跳ねて喜んでいたはずだ。
でも、今の俺は違う。
まったく、そんな気になれない。
むしろ、なんか……嫌だ。
これが“息子”か。
本当に、俺の息子は反応していない。
「ほら飲んでくだちゃいね~」
やめろ……その赤ちゃん言葉……。
二十七歳の俺には、メンタル的にキツすぎるっ……!
やめてくれえええええええええええええっ!!
---
──目を開けた先に広がっていたのは、前世とはまるで違う世界だった。
よく言えば自然豊か。
異世界モノでよく見る、絵本のような風景がそこにある。
でも、悪く言えば“貧しい”。
漫画も、ゲームも、アニメもない。
スマホなんて当然存在しないし、電子機器全般がこの世界からは消滅していた。
……さて。じゃあ、今の俺に何ができる?
前世でやっていたことは、何一つここでは活かせない。
それどころか、“赤ん坊”からやり直しだ。
しかも、この家庭には父親がいない。
前世で、ゴミみたいな俺をずっと支えてくれた父さん。
定年まで働き続けて、情けない俺に文句も言わず、ただ黙って金を出してくれた、あの優しい父親は……ここにはいない。
……さて。どうしたもんか。
とりあえず、腹が減った。
恥ずかしいけど……泣いて飯をねだるしかない。
生きるためだ。プライドなんかより、生きることの方が大事だ。
「んぎゃーおぎゃー」
「はいはい、おっぱいでちゅね~」
(くっ……なんてプレイだ……でも、まぁ……悪くはないかも)
この女の名は──アレシア・ヴァレンシア。
茶色の髪をひとつにまとめた、若い母親。
どうやらこれが、俺の“母親”らしい。
そして、この世界での俺の名前は──ダスト・ヴァレンシア。
この女の、血を引いて、俺も茶髪だった。
アレシアは、赤ん坊の俺に言葉が分からないと思っているのか、
この世界のことをいろいろと話してくれる。
「最近、また北の森で魔獣が出たんだって」
「村の男たち、何人か狩りに出たらしいけど……もう、心配で心配で」
「まったく、子育てだけでも大変なのに……あのバカ村長は何もしてくれないし……」
愚痴も多いけど、それ以上に、日常のことをたくさん語ってくれる。
言葉の端々から、慎ましくも逞しい暮らしぶりが伝わってくる。
──そして、俺は気づいた。
この世界で一番つらいのは、“赤ん坊の時期”そのものだってことに。
好きなときに動けない、話せない、伝えられない。
頭の中は大人でも、体がまるでついてこない。
赤ん坊に転生する物語は、俺もよく読んできた。
異世界モノが好きだったからな。
でも──実際にやってみると、こうもストレスフルだとは……!
自分の意志で何もできないというのは、想像以上にキツい。
いや、これもう、拷問レベルだろ……!
そんな中でも、アレシアは俺をよく世話してくれた。
たまに寝不足でフラフラになりながらも、笑って俺を抱き上げ、
「いい子いい子」と言ってくれる。
──前世で言われたことなんてなかった言葉だ。
それが、なんだか胸にくる。
心地よさとか、安心とか、そういうものとはちょっと違う。
前の世界で、俺がずっと手に入れられなかったもの。
それは──
誰かに必要とされている、という感覚。
気づけば、泣きたくなっていた。
いや、もう泣いていたのかもしれない。
──それが赤ん坊だから、というだけではないはずだ。
アレシアが、そっと微笑んで言った。
「いっぱい泣いていいんだよ、ダストちゃん」
……。
その一言で、何かがふっと軽くなった気がした。
たとえ前世が“ゴミみたいな人生”だったとしても。
また生まれ変わったこの命で、何かができるのなら──
この人だけは、大切にしよう。
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