第9話:運命
目を開けると、俺は見知らぬ場所の“観客席”にいた。
目の前に広がるのは石造りの闘技場。空気に漂う血の匂い。そして、どこか禍々しい気配。
隣にいたのは──イデアだった。
(……なんで、こいつと並んで観戦モードなんだ俺)
思い出す。意識を失う前のこと。
ジジイと貧乳女──あいつらに運ばれる途中、かすかに声が聞こえた気がする。
『本当に大丈夫じゃろうかこのガキ』
『……知らないさね。アタイはイデア様に従うだけ。イデア様に従うアガトには従うしかないさね。……それがイデア様の命令だと信じて』
『そう……じゃな』
その会話を最後に意識はまた闇へと沈み……そして今に至る。
(てか、俺……今から何をさせられるんだ?)
まさかとは思うが──またあんな化獣と戦わせられるとか、そんな悪趣味な展開じゃないよな?
……いや、あり得る。ここにいる奴らは、揃いも揃って“まともじゃない”からな。
(俺、まだ五歳のガキだぞ……冗談抜きでちびるって……)
「……ダスト少年。君には、これから“ある者”と戦ってもらう」
静かに、イデアが口を開いた。
ほら来た。俺の予感、大正解。
「……嫌だと言ったら?」
「君は死ぬ」
(即答かよ!)
……なんでだよ。俺が何をしたっていうんだ。
確かに前世ではゴミみたいな人生だったけど、勝手に転生させて、5年で死刑ってどういう流れ!?
せめてあと20年は生きたい。つか、大人になりたい。
未経験で死ぬのは絶対に嫌だ!!
「とはいえ、私としても君に死なれたら困る」
「……は?」
(いや、どっちだよお前)
目の前の光景は──
どう見ても、ここで“戦わせる”舞台のようだった。
「君に乱暴した、髪の赤い男を覚えているか」
「ああ。あの野郎……」
忘れるわけねぇ。アレシアを“殺してやろうか”と吐き捨てたクソ野郎。
その後、俺の腹に拳を叩き込んで──闇に沈んだ。
「まさか……あいつと戦うのか!?」
「勘がいいね。いかにも。君は一週間後、アガトとここで戦闘を行うことになった」
「は、はぁぁ!? やだよそんなの!!」
心の声がそのまま叫びになっていた。
「なんで俺がそんな事をしなきゃならねぇんだよ! まだ五歳だぞ!? 勝てる訳ねぇだろ! お前、あいつより偉いんだろ!? だったら止めてくれよ!!」
俺はイデアの足元にしがみついた。泣きそうになりながら懇願した。
だけど、こいつの目は全く動かなかった。
「……私は、君が負けるとは思っていない」
(どの口が言ってんだ……!)
「俺は死ぬって! 子供と大人だぞ!? 勝負にすらならねぇよ!」
「……確かに。今のままでは、死ぬかもしれない。だから、私がここに来たのだ」
イデアは帽子を深くかぶり直し、口元だけを薄く歪めた。
「いいか、ダスト少年。今日から一週間、私と共に“アガト討伐”のための強化訓練を行う」
「おいおい、“討伐”って……また魔獣扱いかよ……」
人間相手だよな? あいつ人間だよな……? いや、あの目は……もしかして違うのか?
「彼は──君を、殺しにくるぞ」
「……な、なんでだよ」
俺、なんかしたか? 恨まれるようなこと、してない。……たぶん。
「彼は、君が単独で倒したS級魔獣『グラズ=モール』に一度敗北している。その事実が──彼には、耐え難いものだったのだろう」
「……知るかよ。そんなの、俺の知ったことじゃねぇだろ」
俺はただ、アレシアを守りたかっただけだ。
それが“気に食わない”ってだけで殺されるのか? ……意味がわからねぇ。
「戦う以外の選択肢は……?」
「無い」
バッサリ。
(こいつ……ほんと、容赦ねぇ……)
「止められないのか? お前、あいつより立場上なんだろ?」
「少年。君は、何か大きな勘違いをしているようだ」
イデアの声が少しだけ低くなる。
「彼は、私の“管轄下”ではない。……私の言葉でも止められないだろう。だから、私は一週間という期間を提示した」
「……は?」
「もし私が何も言わなければ、君は──今日ここで、彼と戦っていた。準備期間を与えた私に感謝してほしいものだね」
(なにが“感謝”だよ。お前が元凶だろうが……!)
怒りで拳が震える。
「……お前の考えが全く読めない。一体どうしたいんだよ。母さんと俺を引き離したと思えば、今度は死ぬから生きろって……。全部意味が分かんねぇよ!」
俺の叫びにも、イデアの顔は微動だにしなかった。
(やっぱコイツ、感情ない……)
「……では、早速始めようか」
「は!? 今から!?」
流れぶった切りすぎだろ!
「時間はない。君が時間を無駄にすれば、その分、君の死亡率が上がるだけだ」
「……分かったよ。やるよ。やるしかねぇだろ……クソが……」
俺とイデアの、“対アガト討伐訓練”が幕を開けた。
---
──それから間もなく、俺とイデアは闘技場の中央へと降り立った。
「本番では、ここが戦場となる」
見渡せば、分厚い石造りの“舞台”。
まるで天○一武闘会みたいな外観──だが、ひとつ違う。
場外が……無い。
四角い台座の周囲には、落下スペースすら存在しない。
つまり、これは──“どちらかが倒れるまで戦わせる”という設計だ。
(うわぁ……マジで殺し合い用のステージじゃん)
この国、悪趣味過ぎる。
「まずは、君の実力を見せて頂きたい。……ダスト少年」
イデアが言う。けど、俺には“見せる”ほどのもんはない。
(実力って言われてもなぁ……俺のスキルって、ゴミを出すだけなんだが……)
などと考えていた矢先──
「──かはっ!!」
突如、体が弾かれる。
壁。激突。息が止まる。
(……は? 今、何が……!?)
視界がぐるぐる回る。
イデアが、そこに立っていた。
(早すぎて見えなかった……! こいつ、本当に人間かよ!?)
「……実力を隠すのは推奨しない。アガトより先に、私に殺されてしまうぞ。少年」
おい、どっちだよ! 俺を生かしたいのか、殺したいのか!
──でも、このまま何もしなければ本当に殺される。
べつに、隠してた訳じゃない。
ただ、見せるほどのもんじゃなかっただけで──
「……クッソ。分かったよ。ただし、期待すんなよ? 本当にな?」
そう。これが俺の力だ。
「廃棄収納、発動──」
右手には、折れた剣。
左手には、焦げた木材に錆びた釘を打ち込んだ“簡易釘バット”。
あの化獣との戦いのあと、すぐに回収して収納しておいたアイテムたち。
万が一の時のために、クラフトしておいた非常用のゴミ武器だ。
「……なんだそれは」
イデアが言った。
目を見開き、まるで信じられないものを見たかのように。
「これが俺のスキル、“廃棄収納”。ゴミを自由に出し入れできる、しょーもない雑魚スキルだよ。だから言っただろ。見せるもんじゃないって」
その顔は驚愕に染まっていた。
開いた口が塞がってない。
(……初めて見たな、コイツのそんな顔)
皮肉だな。こんなゴミスキルで、驚かれるなんて。想像以上にゴミスキルってか?
「で、何すればいいんだ? 訓練ってのは、どうすんの」
「あ……ああ……もういい」
「……は? もういいって何だよ!?」
こっちは命懸けなんだぞ!?
「見せろって言ったのはそっちだろ! しかも俺、強くならないと死ぬんだぞ!? 一週間後に、あのアガトとかいう狂犬と戦うんだぞ!?」
「……その必要はない。だが──アガトの弱点くらいは、教えておいてやる」
「は?」
「アガトは、冷静を装っているが、中身は獣同様だ。すぐに頭に血が上る」
「……それだけ?」
「それだけだ」
マジかよ……。
(それって、挑発すればワンチャンあるってこと?)
いやいや、俺の相手、Sランク冒険者でしょ?
血が上るぐらいで倒せる相手だったら、誰も苦労しねぇよ。
「では、私は失礼する」
「おい待てよ! ちょ、おい!」
イデアは、後ろで手を組みながら、さっさと闘技場を後にした。
(おい待て! 俺マジで死ぬってば!)
それでも、イデアの背中は振り返らない。
そして──
俺の“対アガト強化訓練”とやらは──
その後、一度も行われることはなかった。
──そして、一週間が経過。
俺は“なにも訓練されぬまま”、アガトとの死闘当日を迎えることになった。




