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実現したご飯


 あれから、彼氏持ちのあの子と電話をした。仕事中には出来ないような込み入った話を、日付が変わる直前まで。記録された通話時間は、実に2時間にのぼった。


 ご飯に行こうとか、絶叫系遊園地に行こうとか、声が素敵だとか互いに褒め合って。


 その数日後、意を決して予定を聞いてみた。


「この日とこの日が空いてます」


 前向きな返答が来て、内心狼狽える。本当に行けると思ってなかったんだと、自覚してしまう。

 

「じゃあ、〇日にしましょう。仕事終わり30分くらい差がありますが、余裕で待ちます」


「その日にしましょ」 


 それからというものの、毎日が楽しかった。仕事で辛いことがあっても、ご飯の日を思うだけで、無限にやる気が出てきた。


 そして、遂にその日がやってくる。


 ただ問題が一点。その子がいつもの数倍可愛く見えて困る。

 一挙手一投足、その全てに目を惹かれる。まずい、このままでは本当にまずい。

 自然体でいなくてはと、頬を叩いて気持ちを落ち着かせる。


 たまたま二人きりで話せる場が数度出来て、彼女から言われた言葉に驚いた。


「私、今日ご飯いくって言っちゃいました。ダメでした?」


「いや、全然いいけど。ちょっと恥ずかしい」


「恥ずかしくないですよ。楽しみにしてます。待たせてしまいますが」

  

 一通りの仕事を済ませて、退勤を押す。

 俺はというと恥ずかしくて周りには言えなかった。


「これが、意識の違いか……」


 俺は少なからず好意を抱いてるが、相手からしたら彼氏がいるから、単なる友人関係だから恥ずかしげもなく周りに言える。


 それに、キャラの違いか。普段の俺は女の影もないような、すんとした態度でいるから、急に女の子とご飯に行くなんて言えなかった。


「まぁ、今日が終わったら事後報告で誰かに言ってもいいかもしれない」


 少し考えに変化を抱きつつ、更衣室で準備をする。 

 ただ30分はあっという間だった。ボディーシートで全身を拭いた後、着替える。

 さらに最近買った香水をつけて、最後にトイレを済ませる。


 緊張で頬が熱くなり、さらに汗が出てきてしまったので、早めに外へ出た。冬のつんざくような冷たい風が、顔の火照りを抑えてくれる。


 携帯を開き、ラインでひと言送る。


『外で待ってます』


 そして数分後、着替えを終えた彼女が現れた。いつもの制服と違って、西洋風の可愛らしい服装にドキッとした。


 隣に並んでバス停まで歩くのだが、職場の人の車とすれ違う。

 横断歩道を譲られて、二人して挙動不審になる。チラリと見えた生暖かい表情に、俺は誤解されてないか心配した。


 彼女が入社してから数か月が経つし、彼氏周りの話はしているだろうから、誤解もクソも無いと思ってはいたが……それにしてはニヤニヤした運転手の顔に疑念を抱いた。


「ーーなんか誤解してないか心配ですけど」

 

「されないですよ」


 笑って流す彼女に、人知れずダメージを負った。 

 少しは意識してくれた方が幾分か希望がもてたのに。


 バスを待つまでの間、今日の大変だった話とかいつもの帰り道とかの話をする。他愛もない会話が少し楽しかった。


 話の区切り目で、彼女は自分の手で頬を触って言い出した。


「マスクっていつもしてます?」


「割としてますけど、外します?」


 花粉症やらハウスダストアレルギーやらで、マスクは常に欠かせないのだが、ここは相手に合わせるべきだ。

 そう思い、文脈から察し取って俺は提案する。

 コミュ障だが、気づかないほど馬鹿ではない。

  

「外します。マスクって熱くないですか?」

  

「うん、でも、マスク便利なんだよね。この顔が見えなくなるから、自信ないんですよ鼻とか口とか。部屋に鏡を一切置かないくらい」


 自信なさげにそう言って、マスクを外す。一緒に俺もマスクを外す。

 

 暗闇の中、互いに顔を見合う。

 食事休憩中にチラリとしか見たことがなかった彼女の素顔。普段はマスクに隠された中身は可愛かった。

 普段と変わらないつぶらな瞳。スラッとした顔立ちに、目元のそばかすが可愛らしかった。

 さらに、リップか口紅をつけたのか色っぽい紅色に染まった唇が大人びて見えて、綺麗だと思った。 

 

 バスに揺られて、食事処のある駅へと向かう。二人並んで座って地元の話とか学校の話とか、普段出来ない会話を続ける。

 バスで隣で、それも至近距離で椅子に座るシチュエーションにドキドキしたのは秘密だ。

 

 そんな中、思ったことを伝えたくて変なことを口走ってしまう。

 

「本当に不思議なんだけど、貴方といると緊張しない。昔だったら女性と二人とか近い距離とか緊張で死にそうになってた。今もちょっとは頑張ってるけど、なんだろう不思議です」


 自分でも不思議だった。好きな人の前なんて、上手く話せないのが普通なのに自然体でいられた。

 

「え、歳をとったんじゃないですか?」


「そうなのかな、大人になったのか……うん……そうか?」


 そこで出てくる理由が歳かと、内心おかしくなった。もっとさ、こう。「私だから?」とかロマンチックさが欲しかったが……

 まぁそんな関係じゃないってのを実感する。度々思うが、友達なんだよなって思う。


 


 食事の場は悩んだ挙げ句、ファミレスに決めた。ゆったりと話が出来る点で二人して決めた。


「服可愛いですね。赤毛のアンとかに出てきそうな。メルヘンチックというか。汚さないでくださいね」

「そうなんです。西洋風のファッションが好きで」

「すごい可愛い、似合ってます」


「次は全然違う仕事をしたいんですよ」 

「この仕事向いて無くて」

「俺はまだ貴方が止めるまでは続けるかな」

 

「絶叫系遊園地本当に行きませんか?」

「あそこのお化け屋敷気になる」

「得意なんですか?」

「いや、昔はめっちゃくちゃ苦手だった。今はどうなのかなって」

「私は苦手です。暗闇がダメで。寝るときは電気消すんですけど……」

「分かる。俺も普段は電気消して寝るんだけど、たまに疲れすぎて金縛りになったら、怖くて電気つけて寝るもの」 


 などなど時間にして2、3時間ほどだったか。

 仕事の話から、プライベートな話、過去の話に至るまで、色々な話をした。

 不思議なくらい話しやすくて、楽しい時間を過ごせた。


 そして最後に電車を待つ時間も、特別だった。


 ベンチに座って、ふと隣に座る彼女を見たとき唇が綺麗に映った。紅の塗られた唇は長時間の会話と冬場の乾燥で、少しひび割れていた。だが、その状態が、今日の沢山話して楽しんだ時間を象徴してるようで美しかった。

 

 その傷ついた紅に引き込まれるかのように、自分の唇も動いてしまいそうで、恐ろしかった。

 

 理性が無ければ、人の目が無ければ、無謀にもキスをしてしまったと思う。

 とてもじゃないが、この関係性を失うような行動は取れなかった。


 さらに発覚した思ってもみなかった共通点。二人とも大学で学部1位だなんて、わけが分からない共通点。

 数字を追い求める様が似ていて、笑ってしまった。


 加えておかしいのが、その子の親御さんと誕生日が一緒という。

 いくら366分の1の確率とはいえ、簡単に起こる偶然とも片付けられなかった。


 数駅行ったところで、お別れの時間だ。思ったより近かったようで残念だった。もう少しこの余韻に浸っていたかった。


「私ここなんですよ。今日はありがとうございました。楽しかったです。また」

「うん。また。お気をつけて」

  

 彼女が帰ってしまった電車の中、考えが巡る。今日楽しかったことや、話した内容。

 可愛かったなとか、共通点の多さは運命では?とか、しょうもないことから何まで。


 携帯に連絡が来る。今日の感想。ありがとうの言葉に嬉しくなる。すぐさま返したが、メッセージが苦手な彼女から返信は来なかった。

 結局、3日後くらいにくるのだが、それはまた別の話。


 帰り道、駅から離れて、周りを歩いてる人もいなくなり本当に一人になってからストンと心に落ちたものがある。 

 

 あぁ(・・)……、これが俺の未練か。

 常々、俺の未練は誰にも愛されなかったこと、誰とも付き合えなかったことだと思っていた。

 けど、違った。今日、好きな子と隣に座ってバスに乗って、二人きりでご飯を食べて、二人で電車を待って……。

 

 そんな小さな幸せ(こと)で良かった。


 愛し合ってキスをしなくてもいい。

 その果てに夜の営みをしなくてもいい。

 大きな遊園地に行かなくていい。

 旅行に行かなくてもいい。

 綺麗な夜景を眺めなくてもいい。

 一緒に一つ屋根の下に暮らさなくてもいい。

 今日の献立を話ながら買い物しなくてもいい。

 一緒の布団に寝て、一緒に起きなくてもいい。

 

 横に誰かがいてくれるだけで、俺は満足だった。それが恋人でなくて良くて、友達でも良くて。大切なら間柄は問題じゃない。

 それだけで満ち足りていた。


 だから、ありがとう。貴方のおかげで、この先の物語がどう転ぼうとも、既に俺は報われている。

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