出会い
新しい職場にも慣れ、もうすぐ一年がたとうとしていた。
日々忙しく人も足りず、順風満帆とは言い難いものの、それなりに充実した日々を送っていた。
ただ一点。恋とは縁のない時間だった。
周りは両性とも子持ちの既婚者ばかり、職場の楽しみに恋の要素は無く。にしては頑張って働いていたと思う。
そんなある日だ。一人の新入社員が入ってきた。
自分より年若そうな女性。男性の自分と同じくらいの身長、
可愛らしいつぶらな瞳。仕事に邪魔にならないよう結われた髪。
最初は若いな、身長が高いななど当たり障りない感情しか抱かなかった。
だが、レターケースにとあるものが入っていたあの日から、俺の目には彼女が一際輝いて見えるようになった。
それはなんてこと無い、短い文章の書かれたメッセージカードとお菓子が包まれた袋。それが、全スタッフのレターケースに入れられていた。そして字が可愛い。
決してゴミクズの自分にもくれたことが嬉しかったのではない。
わざわざ、一人一人にメッセージカードを挟みお菓子を配る人の良さ。否、気の回りよう。周到さというべきか?
どれも少し違うな。『魂の美しさ』だ。就職という形で新しい環境に踏み込んで、自分のことで手一杯だろうに周りへの礼を忘れないその在り方。
その『魂の美しさ』に心底、心惹かれた。惹かれてしまった。
それから俺は、ことあるごとに声をかけることにした。バタリとあった時の挨拶は欠かさない。
少しでも仲良くなろうと、苦手な会話を試みた。
時に動画サイトで勉強しては、意識をして話してみたり。
彼女がミスをしてしまった時には、柄にもなくジュースを二本、ミルクティーとリンゴジュースを買って、相手を気遣う言葉とともに手渡した。選ばれたリンゴジュースを俺は忘れない。おそらくフルーツ系の甘いものが好きなのだ。今後に生かそう。と。
さらに趣味の家庭菜園で収穫した果物をそれとなくあげるなど、多岐にわたった。
だが、効果は薄い。まず遭遇する機会が少なかった。彼女の担当は別のフロアであることがほとんど。どうにか機会を見つけ会っても一日に数回、それも短い。長々会話をするには時間の無い職場。
彼女も仕事を覚えるのに必死なのだろう。こちらにかける余裕は無かったからか、向こうから話しかけてくれることはほとんどない。
ーーため息が零れる。
ーーまたダメなのか。
まだだ、まだやれる。俺は諦めなかった。今回こそはと意気込んだ。
頼れる物は何でも使おう。そうだ神頼みをしよう。
推しが推している川越の氷川神社が、恋愛成就で有名だったのを思い出した。
仕事から家に帰る。
ーー明日は一日だけだが休みか。三連休明けで、世の中は平日空いているはず。いい機会だ、行くか。
久々の川越一人旅。俺は携帯で色々と調べていく。
氷川神社のお守りを眺めていたのだが……、ふとあるお守りが目にとまる。
これは! と魂に響くものだった。1日先着で20個配られる『縁結び玉』と呼ばれる石。
巫女さんが、境内の石を拾い神職が祈祷した。とても御利益のあると評されたそれ。
時刻はすでに0時を回っていたが決断は早かった。アラームをセットして眠りに入った。平日とはいえ、先着20個の限定品。不安で暫く眠れなかったが、一応は眠ることが出来た。
次の日、俺は始発の電車で川越に向かった。数時間しか寝ていなかったが、そんなこと気にもならなかった。
俺の心は恋によって燃えていた。眠気など、恋の炎で燃やし尽くしてしまった。
たまたま、本当にたまたまなのだがその日は11月5日。いいご縁の日という奇跡のような巡り合わせ。
素晴らしい日だと思った。
だが、腹痛から氷川神社へと向かうバスを一本乗り遅れてしまった。そしてバスには想像以上に乗客が乗っていた。
誰もが神社に向かうわけではないと分かっていても、恐怖が湧き出てきた。始発で来てダメなら、前日からか……とも悲観していた。
だが、神社最寄りのバス停に着くと降りるのは数人。ほとんどの人は別の目的だったらしい。
一安心したが、まだだ。神社に並んでいる可能性は残っている。時刻はすでに7時すぎ、配布時刻まで1時間ほど。整理券は既に配られ始めている時間だ。
早歩きで社務所へと向かう。鳥居をくぐる時の一礼は忘れなかったが、手水を怠った。
それほど俺の心に余裕がなかった。
期待と不安渦巻く中、整理券の番号札を探した。
どこだ? まだあるのか? 目で見て、理解してしまうのが怖かった。無かったときの悲しさを想像してダメだった。
目を回す。探すのはたいした範囲でもないのに、時間がかかった。実際の時間以上にその間は、長く感じた。
【縁結び玉をお望みの方へ】
見つけた。すぐさま整理券を手に取った。番号は四番。
とてもほっとした。当然のように、緊張の糸が途切れる。
何せ万策つき始め、困った末の神頼み。加えて寝不足だ。
誰にも見られない心の内では、歓喜に打ちひしがれていた。
ーーあぁ、やった。
恋が成就したわけでもないのに。まるで付き合えたかのように嬉しかった。
少しの放心ののち、手水、お参りを行う。
ご神木に触れて周囲を周り、今できる一通りのことを終えてあとは配布時刻まで待つのみだった。
俺は赤い椅子に腰掛け、このあとのことを思う。
そうだ!お土産を買っていこう。違和感ないように、自分の働くフロアと、彼女のいる部署へと。
渡した時のシミュレーションをしていると、配布時刻がきた。
神主が、「縁結び玉の整理券をお持ちの方」と呼びかける。椅子に腰掛けていた、他の人も次々に神主の元へと集まっていく。
その日は計6人。三者三様。自分含め色々な思いを抱えてることが分かる。
誰からも真剣さが伝わってくるのだ。神主の説明中も、誰一人として目を逸らさず肉体のみならず心で、この瞬間と向き合っている。
一番、二番、三番、と前の人たちが授与されていく。次は俺の番だ。
手渡された縁結び玉は、綺麗な純白の石だった。麻の網に包まれた石に、『川越氷川神社』、『縁結び玉』の名が記されている。
箱を折り、潰れてしまわないよう大事に鞄にしまい込む。
三連休明けで臨時休業の店も多かったが、目当てのお土産を買うことはできた。
次の日、目当ての彼女が出勤してることを確認し職場にお土産をもっていった。
自分の休憩時間。冷蔵庫にしまっておいたお土産を手に取り、彼女のいる部署へと向かう。
彼女は奥に座っていた。直接渡せる距離ではなかったがむしろ構わない。
彼女含め全員に日頃のお礼を込めて、お土産をと手渡す。
チラリと見えた奥で立ち上がり、礼を言ってくれる彼女は可愛かった。
別の人が、お土産の感想を伝えに来てくれた。その時、その人から出た言葉に俺は驚いた。
目当ての彼女が、俺の話をしていたそうだ。俺の趣味が家庭菜園で、果物を育てているということを。その場では彼女しか知らないこと。途端に嬉しくなった。
自分の趣味を覚えていてくれたことに、いないところで俺の話をしてくれたことに。
心の中は喜びが芽生えてしまい。お土産の感想や家庭菜園の話を、その人から聞かれても浮かれた心で上手く対応できなかった。
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次の日、彼女はまた出勤だった。
俺は意を決した。趣味を覚えていてくれたことで、調子に乗っていた。
俺は彼女の部署へと足を運ぶ。ポケットには携帯を忍ばせて。
そして趣味を覚えていて嬉しかったこと、また収穫出来たこと、お土産のお菓子はどうだったか、今度貴方の話も聞かせて欲しいななんてこと。
それらをひとしきり伝えたあと勇気を振り絞り、言葉を紡ぐ。
「連絡先聞いてもいいですか?」
声は震えていたと思う。顔も真っ赤で冷静では無かっただろう。
思えば初めてだった。いつも、連絡先の交換と言えば相手から。グループへの招待など必要に駆られてが多かった。
あるいは、グループから友達に追加したりとがほとんど。
「いいですよ。LINEで大丈夫ですか」
「はい、嬉しいです。よろしくお願いします。仕事頑張りましょ」
限界だった。色んな言葉を言いながら恥ずかしさで、この場に居続けるのが難しいまでに緊張していた。
去り際、彼女から声がかけられる。初めてに近いかもしれない。それは質問だった。
「おいくつなんですか?」
「ーー25です」
突然の質問に僅かに言い淀んだ。年々、自分の歳を意識しなくなってきて、すぐに出てこなかった。
そんな俺の話しはいい。彼女の話は続いていく。
「私は23です」
年齢を気になってはいたが年下だ。若い。
「若いですね。そしたら最年少ですね。前まで自分が最年少だったんですけど。これから頑張りましょ」
連絡先を聞けた嬉しさで発狂しそうだった。早速、休憩室でラインを送る。
上手くいくといいな。
失恋を吐き出したかったのでここに綴ります。
この失敗を何かに残したかったのです。




