ドッキリを行うときは場の空気を読み、用法・容量・TPOを守って行いましょう。
12/19 内容を修正いたしました。
「……という内容のゲームが人間の世界で流行ってまして……そのゲームにあなた方の名前やリライヴェッジ研究所の名前が出てきたもんですから『あれ!?あのゲームとリンクしてない!?』となり参った次第です……。あっいや隠していた訳ではないんですよ!何故だか私もすっぽーんとその辺の記憶が抜け落ちてまして!今さっきロイドと話していたらいきなり記憶がフラッシュバックしたというか、なんなんですかねーあははははは、はは……」
居ても立っても居られずフリント博士の個室に突撃した後。
物が散乱して危ないという理由で場所を来客対応用の部屋へ移った私達だが、広い部屋には私の乾いた笑いだけが響いていた。
き、気まずーーーーい!!
いやそりゃそうよね!?未来のあなた方のせいでこの世界滅亡しますよって言われたら黙るしかないよね!?
っていうか普通こんな話いきなり聞かされても「この女何妄想垂れ流してるの?えっきもっ」って思うよね!?やばい勢いで話し始めちゃったけどこれ大分不味い状況だな!?変人キタってなっちゃってる!?
あわあわあわと重苦しい沈黙が落ちる部屋の中で挙動不審になる。
いやしかしどうにか信じてもらわないと大変困るのだ。
なにせ私の中でこの世界はゲーム……『リリィの世界』と同じであることはほぼ確定している。
ということは、近い内にサーシャがこの世界に来る可能性がある。というか多分来る。絶対来る。
サーシャが現れた後、ゲームと同じ未来を辿ろうものならこの世のモンスターは全て勇者として目覚めたサーシャに皆殺しにされるし世界は滅亡する。バッドエンド確定だ。
私も今現状モンスターに変質しているというのなら、そのバッドエンドに巻き込まれる可能性しかない訳で……つまり第9代目勇者・サーシャによるジェノサイド復讐紀行は何としてでも食い止めなくてはいけない。
そのバッドエンドを食い止めるためには彼らの協力は必要不可欠。どうにかしてまずはこの話を信じてもらわなくてはならない訳なのだが。
いや本当に初手対応を大いに間違った気がする。どうしようここからどうやって挽回する!?いやもう無理じゃない?しくじったマジで!
椅子の上で縮こまりながら後悔で頭を抱える。と、突然正面から盛大なため息。
ビクゥッと肩を跳ねさせ、恐る恐る顔を上げると、真っ黒い死んだ目と視線がぶつかった。
「……いくつか質問をさせてもらおう。まず、その『サーシャ』というニンゲンと旅をするモンスターの名を聞かせてくれ」
「は、はい!まず王国魔導士団団員でロイドの弟のパーシー。そして同じく王国魔導士団団員でモデルのベルリアナ。王国騎士団団員のアジェル、リライヴェッジ研究所研究者のミモザが主要メンバーです!ロイドは旅の行く先々で偶に会う感じで、同行はしません!」
面接を受ける就活生のようにピャッと姿勢を正してハキハキ答えた。
これで言い淀みでもしようものなら一生信じてくれない気がする。何としてでも信頼を勝ち取らなくては。大丈夫だ、リリ剣オタクの私に死角はない……っ!
膝の上に置いた手をぐっと握った。
私の左斜め前の席に座ったロイドを伺い見ると、「パーシーも……?」と愕然とした表情を浮かべていた。
ロイドは先程名の挙がった弟、パーシーを溺愛している。愛する家族がそんな危険な人物と共に行動することになると聞かされてショックを受けない訳がない。
沈痛な面持ちで俯くロイドに私はきゅっと口を引き結んだ。
フリント博士が机をコツ、と指で叩いた。
「続けて質問だ。魔界の王とはこの魔法界の君主、第129代目国王のクロード陛下の事かね?」
「そうです。オオカミのモンスターのクロード王です」
「『サーシャ』はどこで発生する?」
「はいっここです!『緑の都市』と『黄の都市』の境界にある古城近くの草原フィールドです。えっと……私の死体もそこでみつかったんですよね?」
机の上に広げられた地図の一点を示す。精緻な地図はリリ剣のゲーム画面で何度も見たマップと全く同じだ。見れば見る程ゲームの内容と一致していて、思わずため息が出そうになる。
自分で自分の死体のことを語る時は流石に少し胸がキリキリ痛むような錯覚を覚えたが、気にしないように努めた。
私の問いに「うむ……」と煮え切らない返事をする博士。しかし質問の手は止まらない。
「『サーシャ』が現れるのはいつ頃の時期かな」
「各都市の領主が集まる都市間サミットを一年後に控えた春です。サミット開催を告知する使者として丁度『緑の都市』に訪れていたパーシーとベルリアナが最初にサーシャと出会うことになります」
「都市間サミット!?2年後じゃないか!」
ロイドが椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
ということはサーシャがこの世界に来るのは今から約1年後ということか。
思ったよりも少ない時間に歯噛みする。
魔法界には『国』という概念がない。『国王』とか『王国認定』という言葉はあるものの、国としての名前は存在しないのだ。魔法界に生きるモンスターは全員もれなく『国民』であり、世界は国王と緑、黄、赤、青、紫、灰の6つの色の名を冠する都市の代表者、領主によって統治される。
そして2年後に開催される都市間サミットとは、まあその名の通り各地を治めている領主が世界の中心である王城に集まり、経済や政治について話し合う会合だ。数年に一度催されているらしい。
国王の召集の元開催される会合のため、開催が決定した際には国王直属の組織である『王国騎士団』や『王国魔導士団』から正式な使者が派遣される。
サーシャは丁度魔導士団から使者が派遣されたタイミングでこの世界に現れることになっていた。
私がリリィの聖剣の世界設定を頭の中で思い起こしていると、不意にフリント博士が静かに椅子から立ち上がった。
もう質問はいいのかと、内心びくびくしながらフリント博士を目で追う。
博士はコツコツと足音を響かせながらゆっくりと部屋の中を歩き始めた。
「……多少の差異は有れど、話の内容に齟齬はない。目覚めたばかりの元ニンゲンなのに、地理にも魔法界の事情にも精通している。『勇者』の話も私がクロード陛下から聞いている話と一致している。にわかに信じがたいが、しかし嘘と一蹴はできないな……」
「ええっと……つまり、私の話は信じるに値すると思っていただけたと考えても?」
部屋の中を歩き回りながら独り言のようにぶつぶつと呟くフリント博士に、私は恐る恐る問いかけた。
何かを思案するように顎に手をやる博士は、おもむろに白衣の内側へ手を入れた。
「そうだね。これの結果次第といったところかな。ちょっと失礼」
「はい?」
私の前まで歩いてきたフリント博士は、そう言って穏やかな笑顔を浮かべたまま私の額に何かを押し当てた。
ゴリ、と硬い物が額に触れる。
フリント博士の懐から出てきたと思わしきソレに思考が数秒停止した。
数秒後、ようやく今自分がフリント博士に拳銃の銃口を額に押し当てられていることに気付き、悲鳴を上げた。
「───っ!んぎゃああああああ!?」
咄嗟に逃げようと椅子から腰を浮かせるがもう遅い。博士の指が引き金を引き、そして視界が閃光によって真っ白になって────それだけだった。
「……………………………………………あ、あれ?」
目をギュッと瞑り来る衝撃に身を強張らせていた私だが、何も来ないことに疑問を覚えて恐る恐る目を開けた。
そっと額に手を当てる。穴は────ない。つるりとしたおでこは平和に健在していた。
「ふーむ。洗脳系の魔法を行使された跡は無し。状態異常も特に発生していないね」
意味が分からずペタペタペタと額を触り続ける私。引き金を引いた本人は何に驚きも見せずになにやら宙を見て頷いていた。
私の額に押し付けていた拳銃は博士の手の中でくるくると玩具のように弄ばれている。
「え?あれ?私今、銃で撃たれて……」
「ふふふ。驚いたかね?一度やってみたかったんだ……じゃじゃじゃーん!『シリアスな話の最中に突然銃口を向けられたら実験体はどんな反応するのか』ドッキリでしたー!これはただの状態異常を調べるスキャナーだよーん!」
「……………は?」
「博士……ここでそれはちょっと趣味悪いぞ……」
言われたことが信じられず、ぽかーんと口を開けて呆け顔を晒す。
どこから取り出したのか、フリント博士は『ドッキリ大成功☆』の看板を嬉しそうに掲げ「どう!?驚いた!?」と感想を尋ねてきた。
ロイドが私と博士の様子に大きなため息をつく。
自分の身に起きたことを理解できずしばらく博士と看板を交互に見比べていたが、ようやく動揺が収まってきた私が次に抱いた感情は、まあ当然のごとく────
「…………博士?ちょっと勇者の話の前に、倫理観とか道徳観ってものについて少しお話ししましょうか?」
「アッ……怒って……そ、そうだね……?」
血液が流れていない筈なのに私のこめかみに浮かんだ青筋を見て、全てを悟ったフリント博士はサァッと顔を青褪めさせた。