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昔の話と未来の話

12/19 内容を修正いたしました。

フリント博士の個室までの道を教えてもらった私は、ロイドを置き去りにする速さで廊下を駆け抜け、ノックもそこそこにドアを蹴り破る勢いで開け放った。


あまりのドアの勢いに床に乱雑に散らばった書類が宙を舞い、本棚に収まっていた重たそうな本が数冊落下する。奥のデスクでなにやらパソコンらしきものと向き合っていたフリント博士は、突然の訪問に「何事ぉぉ?!」と椅子から数センチ浮き上がった。


「たのもう!!!!」


「え?なになに?どうしたの?君休んだんじゃ?」


驚き顔のフリント博士の言葉を無視し、そのまま転がるように部屋の中に飛び込んだ私は断りもなくズカズカとフリント博士の目の前まで踏み込む。


フリント・オールディス。

蜘蛛の特徴を持つモンスター、ウィルアラクネなる種族の男。黒髪黒目の長身、右目の下には蜘蛛の巣を模したフェイスペイントがあり、3対6腕の多腕から自由に蜘蛛糸を作り出し操ることができる。


モンスター達が住まうこの魔界……フリント博士は魔法界と呼んでいたか。この魔法界で一番権威のある研究機関『王国認定研究機関リライヴェッジ研究所』の所長だ。


度々この魔法界で技術革新を起こしてきた天才で、この世界を統治する国王陛下から直々の依頼でとある研究を行っており、ロイドともう一人のモンスターを部下として従えている。


その実態は冷静沈着で、研究のためならば多少の犠牲も厭わない、油断ならない研究者……とゲームでは語られていた。性格はなんかちょっと違う気がするけど。


しかしながら見た目や話し方はまんまゲームの通りだ。改めてそのよく見知った姿を確認して、やはり、と確信のようなものを覚えてしまった。


喜びとも困惑とも焦りともつかない複雑な感情を抱き口を引き結ぶ。


「フリント博士、大事なお話があってきました」


「お話?って……」


椅子に座った状態で肩越しに私を振り返った博士は、ぱちくりと死んだフナのような目を瞬かせた。


私は数回深呼吸を繰り返した後、意を決して単刀直入に切り出す。


「この世界のこれからについてです。まずは確認を───今現状、この世界に『勇者』は発生していますか?」


「!?」


「は!?なんで知って……」


碌な前置きもなくこの世界における『最重要機密事項』を口にした私に、ようやく追いついたロイドが私の後ろで素っ頓狂な声を上げた。






『勇者』

名の通り「勇気」を持って「魔を滅ぼす者」としてファンタジー要素をもつゲームや漫画でお馴染みの単語。

それはリリィの聖剣のストーリーにおいても重要な意味合いを持っている。


ゲーム通りであれば、この魔界でその単語を知るものはそう多くない。

知っているのはこの世界を統べる王とその王が信頼する側近数名、そして王と旧知の仲であり『勇者』について研究をしているこのフリント博士とその直属の部下たちだけのはずだ。


そんな厳重に隠されている単語をこの世界で目覚めたばかりの私が何故知っているのかと彼らが驚くのも無理ないだろう。


「……」


流石に困惑を隠しきれない様子のフリント博士だったが、しばらく無言で瞑目していた後静かに息を吐くと表情を消した顔で口を開いた。


「……いや。勇者どころかニンゲンの発生は約二百余年、この魔法界で確認されていない」


「ちょ、博士!?」


じっとフリント博士の目を見返しその言葉に嘘がないか探っていたが、その目にはわずかな揺らぎも感じない。

やがて私はふは、と詰めていた息を吐きだすとその場にへなへなと崩れ落ちた。


「はああ……よかったぁ……まあそうだよね。勇者が現れたらこんなのんびりしてられないよねぇ」


「ご納得いただけたようで何よりだ。……それで?」


「はい?」


私の前にしゃがみ込んだフリント博士は私の両肩をがっしり掴み、その死んだ目に暗い光を宿しながらニタァと悪役のごとく口を三日月に裂いた。


蛇に睨まれた蛙───正しくはマッドな蜘蛛男と哀れな実験体───を体現するように体を強張らせた私は、ヒュッと息を飲み込む。


本能が逃げろと警鐘を鳴らすが、悲しいかな余りに壮絶な笑顔を前に私の体は怯え震えることしかできなかった。


「なんで君がそんなことを知っているのか……元ニンゲンである君の口から勇者なんて言葉が出た理由を、洗いざらい吐いてもらおうか。なぁに安心したまえ、今日は元より徹夜の予定だったんだ。何時間でも付き合うよ」


「あ、あああああの。分かりました、洗いざらい吐きますんで……」


拷問だけはご勘弁いただけませんか。

そんな私の素直な気持ちは、残念ながら言葉になることはなかったのであった。












◆◇









親だと、兄弟だと、親友だと、仲間だと、そう思っていた存在に裏切られたとき、人間は何を抱くのだろうか。

恨みか、憎しみか、悲しみか、怒りか、絶望か。


彼女が───サーシャが抱いたのは『呪い』であった。









魔法界の歴史とはイコール人間との戦争の歴史である。








歴史書も残らない遥か昔。

モンスターと人間は、世界の主導権を巡って争いを繰り広げていた。


魔法を扱い、強靭な肉体を持つモンスターと、比べ物にならない絶対数を誇り、知恵者として文明を開化させてきた人間。


この二つの種族は、己の種族こそが至高であると、それ以外の種族は下等だと互いを認め合うことはせず、己が世界の支配者であると争いを始めた。


数十年、数百年と戦争は続き───最終的にその戦争は、モンスターの敗北で幕を閉じた。


何故強靭な肉体を持ち、森羅万象に干渉する魔法を行使するモンスターが敗北したのか。



それは人間の中に『勇者』が生まれたからだった。



人間の願いから生まれた『勇者』は、同種の人間と比べても隔絶した力を持っていた。


人間であるはずなのに魔法に近しい不思議な力を使い、その身体能力はモンスターを凌駕していた。


『勇者』の登場により、その数を全盛期の半数以下まで減らされ滅亡の危機に瀕したモンスターは、世界の主導権争いから退くことを余儀なくされた。


そして敗北を認めたモンスターは世界を追われることになり、勇者の手によって異世界へと封印された。


勇者の封印は二つの世界を完全に隔てる壁となった。


モンスターは誓った。今後一切人間とは関わり合わないことを。

この地をモンスターの終の場所と定め、この地をかつて生きていた世界以上に発展させ豊かにすることを。

そう新たな一歩の踏み出したモンスター達だったが



────戦争は、終わっていなかった。



人間の世界とモンスターの世界を隔てる絶対的な壁であった筈の勇者の封印。


人間達は何故か、どういう訳か、封印を乗り越えて魔法界に攻め入ってきたのだ。


前触れもなく唐突に行われた侵攻。それはもはや蹂躙に等しいものであった。

その侵攻の陣頭指揮を執っていたのは────『勇者』だった。


時には数十万の軍隊を率いて。

時にはわずか数人の英傑達のパーティの一人として。

時にはたった一人で。


何度倒しても、何度も殺しても、人間は、『勇者』は、代替わりを繰り返して魔法界に攻め入ってきた。


モンスターは必死に抵抗をした。

必死に抵抗し、戦い、守ろうとしたが────勇者に対抗など、できるわけがなかった。

その存在はモンスターにとって絶望の代名詞となり、モンスターから抵抗の気力を、生きる力を奪っていった。


しかし勇者の蹂躙は、8度目の代替わり……第8代目勇者の死を最後にぱたりと止んだ。


始まった理由も分からなければ、終わった理由も分からない戦争だった。

しかしようやく平和な時代が訪れると、モンスター達は歓喜した。


当時のモンスターの王は、これからの平和な世に影を落とさないよう、モンスターが二度と絶望しないよう、歴史から『勇者』の名を消すことを決めた。


『勇者』を研究し続けるリライヴェッジ研究所の最高責任者と、次代を担う王の子にだけにその名を語り継ぎながら。











そうして最後の侵攻から210年が経ったある日。

またしても何の前触れもなく、一人の人間がこの世界に現れることになる。


現れた人間の名はサーシャ。彼女は記憶喪失だった。

どういった経緯でこの世界に来たのかも、何故この世界に来たのかも分からない。

自分の名前しか分からないと語る人間に、モンスター達は大いに警戒した。


『勇者』の名がモンスター達の記憶から消えたとて、人間に度々攻め入られたという記憶までは消え去ることはない。


またしても人間との争いが始まるのかと、モンスター達は現れた人間に絶望し、怯え、恐怖し、時には攻撃をした。



しかし、サーシャはモンスターと分かり合う努力を止めなかった。



姿形も違うモンスター達に彼女は献身的に寄り添い、困っていれば手を差し伸べ、救いを与えた。

彼女は「あなた達と友達になりたい」と、そう訴え続けた。


その優しい心根に、どんなに酷い扱いを受けても諦めない姿勢に、次第にモンスター達の意識が変わっていく。

人間全員が酷い事をする訳ではないのかもしれない、そう思い始めるようになっていった。


サーシャはどこからともなく聞こえる女神の声に従って、人間界へ帰るため魔界中の遺跡から遺物を集める旅に出る。


旅に出て一年経った頃、サーシャは王の命により人間を監視する『同行者』ではなく、『仲間』や『友達』、『家族』と呼べるモンスター達に囲まれていた。


彼女はモンスターと共に笑い、泣き、驚き、そして恋をした。


サーシャは長い旅の末、遂に魔界の王城地下に眠る最後の遺物に手を掛ける。

ようやく帰れると万感の思いで遺物を手を伸ばしたサーシャは、








────魔界の王によって殺されることになる。








突如後ろから切りかかられ、サーシャは致命傷を負った。

彼女は痛みに喘ぎながら、共に旅をしたモンスター達に必死に助けを求めた。




しかし『仲間』は、『友達』は、『家族』は、サーシャを助けなかった。




謝り続けるのに、涙を流すのに、自らの手を取ってくれないモンスター。

あんなに優しくしたのに、助けてきたのに、自らを助けてくれないモンスター。

信じていたのに、信頼していたのに、不意打ちのように自らを殺すモンスター。




共に生きたいと、生きていけると信じていたのに、サーシャは裏切られた。


裏切られたサーシャは─────モンスターを呪った。



呪って、呪って、呪って呪って呪って。

憎んで恨んで絶望して。

そして命の灯火が消えたその時、サーシャは全てを思い出した。


────自分が、モンスターを殲滅するためにこの世界に遣わされた『第9代目勇者』であったことを。


そして、モンスターは存在してはいけない悪しき存在であったことを。



思い出し、そして思い知った。


モンスターは、一体残らず、殺さねばならないと。


人間に危害を及ぼすこの害悪な存在を、完膚なきまでに殺し尽くさねばならないと。





サーシャの呪いは願いになり、願いは勇者の力となる。

かくしてサーシャは目覚めることとなった。

始まりのあの草原で。



時間を逆行させた彼女は、復讐の道を歩みだす。


存在するモンスターを、全て殺し尽くす道を。


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