飲み会大惨事
「それじゃ、第一回ラウ歓迎会ということで、カンパーイ」
「「「乾杯~」」」
片手で持ったジョッキやグラスをベルの音頭に合わせてカチンカチンと軽くぶつけあう。
乾杯の作法は異世界でも一緒なんだなぁと僕はしみじみしながらジョッキを傾けた。
エーリというらしいこの炭酸が入ったオレンジジュースのような飲み物は、ニンゲン界でいうところのビール的な立ち位置の飲み物のようだ。
というか喉を焼く炭酸とほのかな苦みはまんまビールだ。一気に3口煽ってはぷはっと息を吐く。
「んん、おいしい!」
「いい飲みっぷりじゃない。エーリがイケるならこの辺のも美味しいんじゃない?」
僕と同じお酒を飲むベルはそういってメニューを指さし丁寧に説明してくれる。やはりどれも見慣れない名前だが、今日はトップモデル様の奢りらしいので何事にも挑戦という精神で勧められたお酒は片っ端から飲んでみよう。
「ベルお酒詳しいんだね」
「まあ職業柄。仕事で色んなモンスターと会食やらしてたら自然と覚えたわ」
「その割に一向に酒強くならねーけどな」
「うるさい」
わちゃわちゃと喧嘩をし始めた幼馴染ズを放って斜め前のミモザに「ミモザは何飲んでるの?」と声を掛ける。
可愛らしい果肉入りの赤い飲み物をくぴくぴと飲んでいたミモザは、僕の問いに少し恥ずかしそうな顔をした。
「私はお酒弱いのでジュースですよぉ。お酒好きなんですがすぐ酔っぱらってしまうのでぇ……」
「ミモザが酔うと凄いわよ。誰彼構わず抱き着き始めるんだから」
「言わないでくださいよぉベルちゃん~!」
両手でグラスを持ちぷう、と頬を膨らませるミモザ。やだ可愛い。
ミモザの頬をつんつんつつくベルは、蛇の尾でロイドの頭蓋骨達と攻防を繰り広げながら「だってさ」とニヤリと笑う。
「前にパーシーも誘って飲み会したときも凄かったじゃない。モフモフ~とか言ってずっとパーシーに抱き着いちゃって。そこのブラコンが凄い複雑な顔してたわよ」
そこのブラコンことロイドは当時を思い出したのか苦笑いでグラスを傾けた。
「ミモザだから許したけど、あれが博士だったら俺は全力をもって存在抹消の為に動いてたな」
「弟過激派ァ~」
弟への行き過ぎた愛故に本気で実行する気であっただろうブラコンに恐れ慄きドン引きする。ゲーム中でもパーシーに向けられるロイドのくそでか兄弟愛は度々語られていたが、まさか上司を抹消するレベルとは。恐れ入ります。
「……ロイドはその見た目なのに、なんかお酒飲む姿が様になってるね。複雑……」
ハイボールのようなレモン色のお酒が注がれたジョッキを口に運ぶ姿は、見た目年齢15、16歳の少年なのに飲み慣れた感じが出ていた。僕の評価にロイドはふふんと得意げに口の端を持ち上げた。
「でちゃってるか、大人の余裕的なものが……」
「うわ腹立つなぁ」
「コイツこの顔でタバコも吸うわよ」
「え!?マジ!?それ合法!?」
「合法だわ」
「死んだ目で研究所の喫煙室で一人で吸ってるの偶に見ますよぉ」
死んだ目で喫煙て……博士に無茶ぶりされた時とかかなぁ、と容易く想像できてしまった。なんだか色々と可哀そうになってきた僕はロイドの肩をポン……と優しく叩く。すぐさま払いのけられた。
先程までの得意げな様子はどこへやら。やさぐれた目でため息をついたロイドは言い訳のように募る。
「吸うって言っても仕事中だけだよ。パーシーが気にするからちゃんと匂いの付かない魔導タバコに変えてるし」
「わぁ……嫁に隠れてタバコ吸ってるヘビースモーカーなおじさんみたいなセリフ……」
「おじさんじゃねぇ」
「でもぉ、私も常々思っていたんですよねぇ。ロイくん日に日におじさんというかおじいちゃんっぽくなっていませんかぁ?椅子から立ち上がる時どっこいしょとか言うしぃ」
「昔からこんなん……って言おうとしたけど、確実に昔より所作がおじじくさくなってるのよねぇ」
「お前ら……揃いも揃って好き放題いいやがって」
ロイドの口の端がピキピキし始める。しかし僕も今日買い物途中腰をトントン叩いてる姿目撃しちゃったんだよなぁ……うん、ベルとミモザに一票!
そんなこんなでワイワイと賑やかに時間が過ぎていく。
何週目かのグラス交換を済ました所で、不意に正面に座るベルが僕をちょいちょいと呼び寄せた。
「どうしたの?」
「ラウ、あそのこの席のモンスター見える?」
「ん?どこ?」
良い感じに酔いが回ってきている様子のベルの隣に移動し、引き戸の隙間から見える廊下を挟んで向かいの個室を覗く。
丁度店員が注文を取りに来たのか、向かいの個室の引き戸は開け放たれていた。座敷席に着いている二体のモンスターの姿がばっちり見える。
片方はクマのモンスターだろうか。かなりの大柄で着ているワイシャツのボタンが今にも弾けそうだ。その向かいに座るのは毛足の長い長身のモンスターだ。恐らくオオカミ系。こちらもワイシャツを着ているので恐らくふたりはサラリーマン的職業の方だろう。
纏う貫禄的にオオカミモンスターが冷静沈着なデキる上司で、クマモンスターが熱血部下っぽい。
仲良さげに話し合うふたりには、赤の他モンスターである僕にも感じ取れるほどの信頼関係が見て取れた。
あの客がどうしたのだろうとベルを振り返ると、トップモデルにあるまじきニマニマとした邪な笑みが浮かんでいた。
「アンタ的にどっちが攻め?」
「ベル……ナマモノ相手に掛け算はマナー的に良くないよ?」
困った者を見る目でトッ腐モデルを嗜める。やれやれとため息をついた僕はジョッキに残ったエーリをグイッと煽り飲み干した。
「オオカミモンスターが攻めでしょ」
「いや答えるんかい」
すぐさまロイドからツッコミが飛んでくるが、まあ待たれよと彼を手で制す。
「僕別に腐ってる訳じゃないから。ただどのジャンルもある程度忌避なく見れるよってだけであってその辺誤解しないでほしいし詳しいことは正直サッパリなんだけど、あのクマさんのお尻は受けの形だよね」
「分からない人のコメントではないですねぇ」
ミモザがうっすら頬を赤く染めながら朗らかに笑う。
待ってミモザ。君アルコール入ってないよね?なんかポヤポヤしてない?まさか場酔いか?
ミモザとベルの為に店員を呼び出し水を注文する。ベルはなにやら眉間にしわを寄せ厳しい顔で瞑目していた。
ベルが何を思案しているのか……自分の席に戻った僕は、テーブルに肘をつき組んだ手で顎を支えるポーズで次の言葉を静かに待った。
「ラウ…………アンタ…………」
「…………」
ベルが息を吸い、そして吐いた。
緊張感が僕とベルの間に走る。
「おっまたせしやしたー!!」と元気な店員さんが元気よく僕とベルの間に水の入ったグラスをドンドンッと置いて行ったが、しかしベルの集中を途切らせるには至らない。
視界の端でミモザに水を飲ませるロイドが大変呆れた顔で僕らを見ているのも見えた気がしたが気にしない。気にしないったら気にしない。
やがて一つの天啓に至ったか────ベルがカッと刮目した。無言で僕に手を差し出してくる。
「ラウ……アンタなら分かってくれると思ってたわ。ちなみにアタシ的にはクマ男によるオオカミ上司への下剋上も捨てがたいと思うんだけれどどう思う?同志」
「ふうん、ベルもなかなかいい趣味してるじゃん。あと僕別に同志じゃないから」
ニッと男臭い笑いを浮かべながらベルの手を握り返す。ここに一つの友情が誕生した瞬間だった。ちょっとばかし腐臭がするけれど。
青春ドラマの登場人物たちのようないい笑顔で肩を抱き合う僕らを、未だにポヤポヤパヤパヤなミモザがうふふと笑いながら見ていた。
「なぁんか~分かり合っちゃいましたねぇ~?ベルちゃんの悪いところが出ちゃってますぅ~」
「受け……攻め……下剋上……うっ頭が……これは……ベルの原稿……?締め切りまであと3時間……?トーン貼りが終わらない……ペタが……やめろパーシー!そのインク壺には触るな……あああ!原稿が!真っ黒に!」
「えぇ!?ロイくん~!?なんでいきなり発狂してるんですかぁ~!?しっかりしてくださぁい!お水でも飲んで……ああっ!?」
その後の僕らの個室は酷い有様だった。
限界貴腐人と化したベルが早口言葉もかくやというスピードで延々と自分の妄想を垂れ流しはじめ。
なにやら物理的に黒く染められた記憶を蘇らせてしまったロイドが頭を抱えて発狂し。
ポヤポヤミモザが手を滑らせてロイドの頭に強制冷や水を敢行した。
ドンガラガッシャーンという音と共に、惨状と呼ぶに相応しくなる部屋の中。
世界に生まれて二日目の僕は一つの真実に辿り着いた。
即ち、どこの世界でも酔っ払いは厄介に違いないんだな、と────。




