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21 剣術大会参戦

 そんなある日、私たちのもとに殿下がお見舞いにいらっしゃった。

 私たちはヨハネの部屋で、出迎えた。


「無事で何より。おまけにあの男爵の一件以来、侯爵たちも大人しいし、ユリアさんの名前も民の中で今やカトレアの名前が霞むほど盛り上がってくれている。僕として、とてもありがたい限りだよ」

「ユリアはお前のために働いてる訳じゃない。勘違いするな」

「そんな怖い顔で睨まなくても分かってるさ」

「殿下。男爵の線からマルケス侯爵の悪事の証拠はでなかったんですか?」

「残念ながら。金の流れを追ったんだが、いくつもの架空の名義人を経由していてね。男爵も全ての責任は自分にあると言い張っているせいで、これ以上の追求は難しい。憎まれっ子世に憚るとは良く言ったものだ」


 殿下は溜息まじりに言うものの、すぐにいつものあっけらかんとした表情になる。


「ま、連中が大人しくしてくれているうちにこっちは力をつけられるから、悪いことばかりじゃない。侯爵の腰巾着どもも、状況の変化を察しはじめる。だから、ヨハネ――」

「断る」


 殿下と眼が合った。


「ユリアさん。どうかヨハネを説得してくれ」

「話が見えないんですが……」

「今度、剣術大会が開かれるんだけど、ヨハネが例年、出場してくれなくて困ってるんだ。お陰で侯爵所有の騎士団のアーヴァン・トレールが毎年、優勝をかっさらっていてね。苦々しく思っているところなんだよ」

「え。アーバンさんが?」

「知ってるの?」


 私はアーヴァンさんとの出会いを説明する。


「なるほどね。二人には因縁があるのか。だったら余計に白黒つけるべきじゃないか? どっちの剣が優れているのか……」

「興味ない」

「優勝者はどんな願いも望みのままなのに?」

「俺の望みは、陛下に叶えられるものじゃないからな」


 取り付く島がないというのはこのこと。

 殿下はそれからもあの手この手を使ってやる気にさせようとしたみたいだけど、結局、ヨハネが首を縦に振ることはなく、「また来るから」と殿下は帰って行った。


「ヨハネ、どうして出ないの?」

「戦うのは魔物だけで十分だ。ただ強い奴を決めるだけになんの意味がある? 下らない。そんなことのために剣の腕を磨いてるんじゃない」


 ヨハネの言い分は確かに分かる。

 色々と理由を付けたとしても、観客の見世物になるっていうことなんだから。

 大会と言っても怪我を負う可能性もあるし、今は傷は癒えたとはいえ、病み上がりである以上、避けるに越したことはないのかもしれない。



 私はアリシアさんたちに誘われて庭でお茶を飲んでいた。

 そして私の向かいには、ヨハネが座る。

 彼はお茶は飲まず、じっと私を見つめているのだ。


「……そんなに見られると、気になるんだけど」


 お茶の味もお菓子の味もなにも分からない。


「悪い」


 形ばかりで謝罪で、目は反らさない。

 そんな私たちのやりとりを見つめるアリシアさん、ジャスミンさんたちはニコニコしながら見守る。

 私が必死に訂正したにもかかわらず、依然として誤解は解けないまま。

 ついには食事時、シスターにまで「あなたがあんなに素敵な方に愛されること、神様に毎日お祈りして、感謝しているのよ」とにこやかに言われてしまった。

 あんな笑顔を前にしたら、「誤解なんです、シスター!」とも言えず、私は曖昧に笑い、肯定も否定もできなかった。


「お客様でございます」


 そこへメイドが声をかけてくる、


「殿下ですか?」

「いえ。アーヴァン様という方でございます」


 ヨハネの右眉がひくっと動く。


「追い返せ。会うつもりはない」

「かしこまりました」


 メイドはそそくさと去って行く。


「いいの?」

「会いたいのか?」


 ヨハネがかすかにムッとしていた。


「まさか。でも侯爵の騎士団の人なんでしょ。何か理由があって来たんだから、様子を探ったりする意味でも会ってもいいんじゃないかなって」

「必要ない」


 しかしすぐに「お客様、おやめください……!」というメイドさんの叫び声と、「いいから。すぐにすむよ」という呑気な声が聞こえてきた。


「――おや、二人でお茶とは優雅だ。俺も混ぜて欲しいな」


 アーヴィンさんが顔をだす。


「知ってるか。バターナイフでも人は殺せるんだ」


 ヨハネがバターナイフを逆手で握る。


「もちろん。人を殺すのに大事なのは何が何でもやりきる覚悟であって、道具じゃないからな」


 ……この二人は何をしてるんだろ。

 ぴりつく空気に私たちのほうが緊張してしまう。


「ま、すぐに済むよ。剣術大会に出ないお前には無関係だからさ」


 アーヴァンさんがにこやかに微笑み、まっすぐに私を見つめてくる。


「わ、私、ですか……?」


 アーヴィンさんは不意に右膝をつくと、うやうやしく頭を垂れた。


「な、何を……」

「聖女ユリア。大会で優勝したらどんな願いでも聞き届けてもらえるということは知っていますか? 俺が優勝したら、あなたを手に入れたいと陛下に願うつもりです」

「!? な、何を仰っているんですか! 私は物ではありませんっ!」

「ハハ。ですね。承知していますが、私はそのつもりですから。それをお伝えに参った次第です」

「――ふざけたことを」

「っ!?」


 ヨハネが重々しい声で言った。それをアーヴァンさんが愉快そうに見守る。


「そうはさせないっていうのはどういうこと。あんたは、あんなつまらない大会には興味も関心もないんだろ?」


 アーヴァンさんの目が挑発的な言葉を投げかける。

「ユリアに手出しなんてさせるか。どうせ弱い奴としか戦ったことがないんだろ。俺がその自信をへし折ってやるよ」

「女のために大会に出るのか? 相当、ホれてるんだな」

「ああ、この世界の誰よりも愛おしいからな」

「っ!!」


 こんな時にそんなこと言わないで!

 臆面もなく言い切るヨハネに、私は赤面してしまう。


「ま、略奪愛ってのも悪くない。ついでに、お前も倒せれば、侯爵様もきっと喜んでくださるだろうしな」

「お前を殺せば、侯爵はますます追い詰められるな」

「俺を殺せるのか?」

「今まで自分より格下の相手としかまともに戦ってきたことがないんだろ?」


 二人の間に激しく火花が散っているのが見えてくる。


「なら、本番を楽しみにしてる。聖女ユリア、どうかそれまでこの男の毒牙にかからないように気を付けてくれ」


 爽やかな笑みと共にアーヴァンさんは去って行く。


「ふざけやがって」


 ヨハネが吐き捨てた。


「本当に出場するの?」

「当然だろ。お前に手出しをさせるか」

「でも私が嫌だって言ってるんだから、たとえ大会で優勝したって……」


 その時、ヨハネが私の右手を優しく取って、抱き寄せる。


「ちょ……っ」


 迫力のあるヨハネの顔と今にもぶつかってしまいそうなくらい急接近したせいで、鼓動が当然のように高鳴った。

 とても正視できず、目を伏せてしまう。


「ユリア。あんな奴に俺が負けると思ってるのか?」

「……そ、そう言うことじゃなくて。私のせいで、ポリシーを歪めることになるのが申し訳ないって……」

「お前を守るためだったらどんな労苦も厭わない。ポリシーでもなんでも捨てられる」


 その言葉に、私たちを見守っていたアリシアさんたちが「キャー!!!」と黄色い声をあげるのが聞こえた。

 私はただ赤面してしまう。

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