世界が救えるのならぼくの命はあげましょう でも犠牲にするのはぼくの命だけって約束は守ってくださいね
ガラガラガラ ガッシャーン
テーブルの上のケーキスタンドが倒れ、ティーカップも巻き込んで食器たちが散乱し、割れてぐしゃぐちゃになっている。大変なことでございますです!
「まあ」
メイド達が慌てふためく中でぼくの目の前のご令嬢 ウィステリア公爵令嬢はほんの少しその藤色の目を見張り、身をかわしただけで何事もなかったかのように椅子に座ったまま、微笑みを浮かべている。
「ミカエルさま、いたずらが過ぎますわ」
ぼくが、テーブルの下でわざとテーブルクロスの端を引いてテーブルの上のをめちゃくちゃにしたのはお見通し、ということだ。
ぼくより2つ年上のウィスタリア嬢は先日、学園に首位で入学した才女で、”おばかさんなのでは?”と言われているぼくの婚約者候補で、とっても綺麗な方。でも、そんな彼女でも出されたお茶に毒が混ざっていたとは気づいていないみたい。
約束違反じゃないのか?ぼくは精一杯の怖い顔でテーブルの下のアイツを睨む。
「今日はもう帰らせていただきますわね」
ウィステリア嬢が優雅に立ち上がる。
ぼくは止める事も出来ず、せめてもと、テーブルの上で横たわっていた花瓶から濡れていないバラを選んで渡そうとすると、控えていた護衛のディディが器用に銀のリボンを巻いてくれた。ディディったら準備いいな……それよりも、えっと黄色はウィステリア嬢の髪色で銀はぼくの髪色だから間違えてはいないよね?
立ち上がったウィステリア嬢にその花を渡すと、受け取った彼女はすぐに後ろを向いてしまった。
「わたくし…気に入らない…のね」
そうだよね、賢くて綺麗な彼女に比べて、小さくて、丸くて、おばかさんって言われているぼく、釣り合わないよね。
ぼくは頭を下げて彼女を見送る。涙が見えないように。
ちょうど1年前、庭で魔法の練習をしている時に子猫がぼくの足にすり寄って来た。ニーとなく子猫を抱き上げて目を合わせると猫が突然口をきいた。
「ミカエル、そなた、この世界の為に命をささげる事ができるか?」
猫が口をきいた?
「俺は、この世の万事を見ている方の式神じゃ」
「神様の使いですか?」
それならば、人の言葉くらい話しても不思議じゃない。
「もう一度聞く、そなたは世界の為に命をささげる事ができるのか?」
「えっと、ちょっと良く分からないんですけど?詳しく教えてください」
「噂どおりの馬鹿じゃな、10(とお)にもなって俺の言葉が理解できないのか?」
式神に馬鹿だと太鼓判を押されてしまった……
式神が言うには、今、世界は聖女の誕生を必要としていて、その聖女の誕生の為には聖女が大切だと思う人間が死ぬことが必要なんだって。
聖女が大切だと思う人間が死ぬことによって、聖女の力がトキハナタレて聖女が誕生するんだって。
でもって、トキハナタレてない状態の聖女が、ぼくの妹で、聖女が大切だと思っている人間がぼく、なんだって。
なるほどね
「つまりだ、そなたが死ぬことによって、聖女が誕生し、世界が救われる、というこどじゃ」
なるほどね おばかさんなぼくにも生まれてきた意味はあるということなんだね。
ぼくは太くて短いゆびを額に当ててチャクラを開き、式神のいう事が真実だと知り、一つだけ条件をつけた。
「分かりました。ぼくは世界の為に命をささげます。でも、条件があります。その時には、ぼく以外の人を犠牲にしないことを約束してください」
その時以来、式神だという黒猫はぼくの周りにいる。そして、ぼくの命を狙っている、んだけど、どうしても約束が守れないみたい。
今だって、ぼくのティーカップにでなくティーポットに毒を仕込んでいた。辺境伯家で公爵令嬢を招いてのお茶の席で毒が供された、なんてことになったらぼくの命以上に多くの命が犠牲になるよ。
ぼくは頭をあげて、彼女が門の方に消えるのを見送った。
「どうして約束が守れないのかな?」
幾度となく繰り返される約束違反と子猫の姿にすっかり式神への尊敬なんてわすれたぼくが振り返っても、もうとっくに猫は姿を消していた。
「ミカ様?」
ペタンと椅子に座ったぼくはディディが差し出した白いバラを受け取って力なく笑う
「ダメなんだよ、アイツは、この前だってウィステリア嬢と庭を散歩している時に魔物をけしかけて来て、ディディに撃退されたけど、公爵令嬢に傷の一つでもついたらどうしてくれるんだよ? 食事に毒を仕込んで来るけど、そんなことしたら料理人や運んできた使用人の首が飛ぶよ、物理的にさ。いちど、誰もいないときに毒入りのお菓子持ってきたから一口食べたけどあまりのまずさに致死量は食べられなかったし、意地汚いことするなってお母様には叱られたし、一口未満で致死量になる毒とかもって来い!って言いたいよ チャクラでも見破られないくらいの凄い毒もって来いよ!
やる気あんのか!!」
は!気づいたら、白いバラがボロボロになっている
「ごめん ディディ!」
「お元気になったようで 良かったです」
ぼくの前に膝まづいたディディがボロボロになったバラの残骸を受け取って、かすかに笑った。