第3話「不運」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
「人は困った時こそ、助け合うべきだと思います。でも、それができない人もいることがとても悲しいです。あんな侮蔑の視線を向ける商人たちを見ると、たとえそうではないとわかっていても、すべての皙氷の民の性根が腐ってると思ってしまいそうで……」
南天の街で衣服屋の場所を尋ねて親切に教えてくれた女性、氷都の街で庇ってくれた老兵の健老のような優しい人もいる。
シュカも頭では理解しているのだが、それだけ衝撃的な出来事だったのだ。
「とはいえ、先のような扱いを受けることは稀でした。むしろ無視されることのほうが多かったくらいですから。私たちも当初は物資と引き換えに食糧を得ていたのですが、物資が尽きてから相手をしてもらえなくなりました。ですが、シュカ殿のように優しいお方も確かにいたのです。その方々の厚意のおかげで今まで生き延びることができたと言っても過言ではありません」
心優しき皙氷の民もいるということは、シュカが彼らを恨まずに済む救いの言葉になった。
「それを聞くことができて良かったです。どうしてここに留まっているのか、少し事情をお伺いしても?」
彼らがそんなに苦労してまでこの地に留まる理由。それがずっと気になっていた。
「はい、構いません。……はっきりとしたことは覚えていませんが、その問題に気付いたのは私たち琥獣の民がこの都を追い出されて、しばらく経ってからのことでした」
当時のことを思い出すようにして、羊昭が話し始めた。
「二十年も前のこと、都を出た私たちは、元々遊牧活動の拠点があった北西部に移り住みました。スペラグと呼んでいるその地域一帯は、琥獣の民の祖先が暮らしていた土地なのです。自分たちの土地に戻っただけだと、その時までは考えていました……」
話を続ける羊昭の顔に影がかかり始めた。
「しかし、私たちが違和感と気付けないように少しずつ環境が変化します。年を経るごとに寒さが増し、寒季も一年の半分以上を占めるほどになり、それはまるで皙氷の民が住みやすい環境に変化しているようでした」
羊昭が言うには、この凍てつく寒さも降り積もった雪も、寒季以外ではあり得なかったようだ。
「近年はさらに深刻な寒冷化が進み、御覧の有様ですよ。私たちはこれ以上遊牧では生活できないと判断し、スぺラグを脱出することにしたのです」
羊昭の周囲にいた琥獣の民たちも皆がやつれ、子供たちも遊び回る元気はない。
食糧を有難く食べる者、何やら少ない荷物をまとめる者、様々な琥獣の民の姿があったが、誰一人として笑顔の者はいなかった。
「スぺラグを出た私たちはようやく苦しい生活から抜け出せると、期待で胸を膨らませていました。しかし、雪深い地での移動には慣れてなく、不運なことにビスティアの群れに遭遇したのです。普段は手古摺らない相手でも、長旅の疲労もあってか怪我人が出てしまいました。街から離れるのはあまりにも危険すぎて、現状に至った次第です」
羊昭はその時に負ってしまったという足の怪我を見せてくれた。
この場所では十分に治療することもできないのか、栄養が足りないのか、まだ完治していないように見える。
「最もついていなかったのは、この氷都付近で立ち往生してしまったことです。琥獣の民が氷都に入ることができないのはご存知ですか?」
「はい……」
「そのせいで追加の食糧も物資も得ることができず、怪我の治療が長引いてしまったこともあり、こうやって乞食をするしかありませんでした」
「そう、ですか……。事情はわかりました。ちなみに、この寒さと深い雪の原因に何か心当たりはありますか?」
「いえ、まったく……」
羊昭が首を横に振る。
心当たりがあれば、既に何かしているはずだ。
この寒さの原因については、余所者のシュカが考えても答えは出ないだろう。
それよりもシュカの中で引っ掛かっているのは、琥獣の民と皙氷の民の関係性のほうだった。
皙氷の民が琥獣の民を蔑んでいなければ、少なくとも彼らの悲劇は起こっていなかったはずである。
「ただ、これだけ食糧があれば、どうにかここからも移動できそうです。シュカ殿は私たちにとって救世主ですよ」
羊昭は優しい笑顔を見せてくれる。
それが見れただけでも、彼らのために動いて良かったと思えた。
シュカの資金は底をついてしまいそうだが、そんなことはどうでも良い。
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが、羊昭さんたちはこれからどちらへ行くつもりですか?」
彼らの行き先を不安に思ったシュカが尋ねる。
スぺラグに戻るのか、南天に向かうのか、彼らの選択が知りたかった。
南天に向かえば、厳しい視線をぶつけられるかもしれないが、氷都と違って街中に入れる。
そうすれば、羊昭たちが救われる可能性は高い。
「私たちのスぺラグに戻ろうと思います。これは皆で話し合った結果ですから。実は残った仲間がいて、彼らに同じ過ちをさせるわけにはいきません。合流して私たちがこれからどうするのか、話し合いたいと思っています」
先ほどまで覇気を感じない羊昭の顔だったが、彼の顔は民の想いを背負う責任者の顔立ちに変わっていた。
既に羊昭の指示を受けて、旅立つ準備を整えていた琥獣の民たちは、子供たちを引き連れて氷都の北西に向かって歩いて行く。
数ヶ月過ごした仮住まいを残してこの地を去る彼らの後ろ姿は、先の見えない不安を物語っていた。
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