第14話「緊張」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
翌朝、空が明るくなる頃に一行は野営地を出発した。
目先にある山を越えると、ついに南天の街が見えてくるそうだ。
商隊は江原の村よりも涼し気になってきた空気の中、山道を進んで行く。
「この山の中は特に気を付けろよ。街に近いから山賊が潜んでいるかもしれないし、聞いた話では蜥蜴どもなんかとは比べ物にはならない強さのビスティアも出たらしいからな」
忠猫から理屈では説明できない謎の緊張感が伝わってくる。
「でも何が出ても、忠猫が倒してくれるでしょ?」
おどけた調子で美貂がそう言っているが、それだけ忠猫の腕前を信頼しているという証でもある。
「ああ、全力は尽くすが、俺が言ったこと覚えてるか? 龍が出た時は――」
「とにかく逃げろ、でしょ?」
忠猫の言いたいことを理解したシュカがその声を遮った。
「そう、わかってればいいんだ」
ここまでの道中はひたすらのんびりしていた忠猫だが、この山に入ってからは常に気を張っている。その髭が忙しなく動いており、それだけここが危険な場所だと警戒しているのだ。
シュカも周囲の警戒は怠らないようにした。
山の中腹あたりまで来ただろうか、馬車が少し開けた場所に差し掛かった頃、異変を察知した忠猫が飛び上がった。
「何か来るぞっ!」
「何かって何!」
忠猫の声を聞いて、すぐに馬車を止めた美貂が聞く。
「俺だって知らん。これはマジで、龍……かもしれない」
忠猫は身震いしている。既に強者の存在をその身で感じ取っているのだろう。
シュカですら、まだ姿すら見せていないその何かのプレッシャーをひしひしと感じていた。
そして、草木をかき分けて姿を現したのは、直立するティグル(虎のような獣)だった。
幸運と言って良いのか、現れたのは龍ではなかった。
その事実にシュカは少しだけ安堵した。
少なくとも一目散に逃げる選択をする必要が無いからだ。
シュカの傍に来た美貂は、一応意思疎通ができないか試しているようだが、すぐに首を横に振る。
「やっぱりダメ。それにあれはただのティグルじゃない。ビスティアになってからも長生きしてる上位の存在――ティグルヘネラ(虎大将の意味)」
美貂はティグルの身体に浮き出る模様を指差す。その色は赤だ。
ビスティアになり立ての頃は青い模様。
そして生きた時間と共に、青は緑に、緑は黄色へ、最終的に黄色が赤へと移り変わっていく。
つまり目の前の真っ赤な模様が浮き出るティグルは、ビスティアの中でも最上位の存在になっているということだ。
(ティグルヘネラのイメージイラスト)
「はは、これなら山賊のほうが良かったかもなあ。シュカ、二人のこと頼んだぞ」
目の前の強者から目を離すことなく、槍を構えながら忠猫が言う。
「うん、こっちは任せて!」
万が一忠猫が敗れてしまった場合、シュカでは勝てるわけがない。
最悪の場合は、戦う忠猫を置き去りにしてでも逃げなければならないだろう。
目の前の猛獣は、まるで楽しめそうな獲物を見つけたとでも言うようにニヤリと笑い、盛大に雄叫びを上げた。
その雄叫びは距離が離れていたシュカたちでさえ圧倒し、無意識に数歩後ろへと下がらせた。本能的に恐怖を感じたのだ。
しかし、一人で前線に立つ忠猫は一歩も引かず、堂々と向かい合っている。
背中越しにでもその緊張は伝わって来た。いつものような余裕は全く感じられない。
「さあ来いよ、ティグルちゃん……!」
手招きして明らかな挑発行為をする忠猫に対して、ヘネラが激昂する。咆哮が響き渡った後、地面を蹴り上げて急接近すると、鋭利な爪が生えているその手を振るう。
槍を巧みに操った忠猫がその鋭爪を受け止める。
「ぐぅ……なかなか、やるもんだなあ……!」
忠猫の槍とヘネラの爪がせめぎ合う。
双方が一歩も譲らないまま、時間だけが流れていく。
彼らは次の一手を読み合っているのだろうか。
先に静寂を破ったのは、ヘネラのほうだった。
一度後方へ下がって態勢を整えると、槍では防げないと考えたのか、連撃を繰り出す。
おかげで忠猫は防戦一方になっている。
ヘネラの一撃一撃が重く鋭く、攻撃を防ぐことに専念するしかないようだ。
忠猫の戦いを見守るシュカたちにも、その衝撃が伝わってくる。
その不安をよそに、徐々に忠猫が追い詰められていく。
ジリジリと後方に下がりつつ、なんとか猛攻を凌いでいる。
「やべっ――」
だが、忠猫は後方に木があることに気付くのが遅れてしまった。
不意を突かれ、忠猫にヘネラの鋭い爪が迫る。
その決定的な瞬間を見たくないと思ったシュカは、思わず目を瞑った。
しかし、シュカの耳に聞こえてきたのは、忠猫の悲鳴ではなく、金属がぶつかりあった時のような甲高い音だった。
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