女王様! 空から白髪の男が…!
チリンチリ~ン♪
「テリヤキ、しょうゆ。こっちだぞー」
散歩の道中。
イシュタが散歩がてら、手に持っているすももサイズの鈴を鳴らし、平地の大きな道の横でばらけているソースラビットたちを誘導していた。
顔がウサギで、体はシカの、不思議な草食動物たち。
これから近くでドワーフ達の建築工事が行われるのもそうだけど、安全のため、その人懐っこい子達を1ヶ所の草陰へと纏めたのであった。
「『テリヤキ』に『しょうゆ』って… この子達、まさかみんな同じ人がつけた名前?」
僕は嫌な予感がしたので一応訊いてみる。サリバが答えた。
「そうだよ。女王様が」
やっぱり! 僕は僅かに天を仰いだ。
こんな奇抜なネーミングセンスで国を掌握するなど、あのマニュエルがする訳ないのだからある意味、予想通りすぎて一種の安心すら覚えてしまう。ところで、
「そういえば前に噂で聞いたけど、2人の両親って、実の親じゃないんだってな?」
僕はここ最近、小人たちの噂を耳にした事でふと思い出し、2人に質問した。
ソースラビットも一ヶ所に集まったところで、揃って散歩の足を止めるサリイシュ。
その表情には、少し戸惑いもあるようだが、答えられないほどではないようだ。
そのころ。遥か上空からは、少しずつ先の流れ星が、僕達の真上へと迫ってきていて――
「そうだな… 僕達の親はともにハーフリングで、それぞれの実の両親は、もうこの世にいないらしいんだ」
まぁ、そうだろうな。
同じ両親の下、同時に育てられてきてお互いを「幼馴染」と言っていた時点で、2人が姉弟でない事は分かっていた。続けて、サリバがこう告げる。
「その事を私達が知ったのは、中学校に上がってからかな。最初はビックリしたけど、それでも私達を育ててくれた両親には、今も感謝しているの」
「両親はアガーレールが建つ前から、女王様と親しくしていたみたいでね。当時は数少ない女王様の理解者であるとともに、建国祭には、僕達も知らなかった家宝を女王様に預けたのだと聞いて驚いたよ」
「家宝… って、あのアゲハがつけているピンクの雫型をしたアクセサリーのこと!?」
このとき、僕達はまだ、気づいていない。
今、空からその“流れ星”が、青い炎の緒を引きながら、どんどん僕達の「近く」へと落ちてきていることに――!
さて視点を戻して。
「うん。『時期が来たら2人に返す』とは言っていたけど、その時期ってのが何なのかは教えてもらえなくて…」
「あー、そういえば俺に対しても同じ事を言っていたなアゲハ。でも、時期って何だろ?」
「さぁ。多分、高校を卒業して、自分のやりたい仕事を見つけたら、じゃないかな?」
と、サリイシュは予想する。その考察には一理あった。
「そっか。でも、そうだよな。先住民の小人たちだけでなく、アゲハもマニーも、あと他の仲間達も、いつの間にか自分たちのやりたい事を見つけている感があるよ」
「そうだね。私、前に海の家を見に行ったら、マリアが海や川で使えるグッズを売りに出していたよ。閑散期には、ハーフリング達の手伝いもしに行っているみたいで」
「僕も見たよ。他の人達もみな、あの富沢商会とのイザコザが終わって以来、どんどん仕事をはじめている。
確かリリーとルカは宅建? という役割で、建築の指示役をやっていて、マイキさんは勇者様と同じ様に、王宮付近に不審者がいないか見回りをしているってきいたけど」
「うんうん! あとは、キャミはなんか仕立て屋? を建てる計画を考えているみたいで、それを母神様が聞かれた内容を元に、完成予定図を絵にしているんだって!」
「へぇ、みんな頑張っているんだな。もう、この異世界で暮らす気マンマンじゃないか」
流れ星の緒が、大気圏を突破したからか、青から金色へと変わり、虹色に光った!
そして――
「そうかなぁ? 前にルカが、『国にお世話になっているのだから、こちらも礼儀として、みなさんの役に立たなきゃって思ったんですよ』って言ってたけど――
そういえば、セリナが働いている姿を見た事ないんだけど、いま何の仕事をしているの?」
ギクッ!
そういえば、自分が逆に訊かれる可能性を、想定していなかった。
というか、これ僕、地味にマズくないか? だって、よく考えたら今こうして暮らせているのも、あの時の冒険も、全部アゲハの金で賄われているような!? え、じゃあ…
「あれ? …おっと!? セリナもしかして、まだ仕事が見つかっていない…?」
「え!? えーと」
「うそ!? たいへん! イシュタ、ここは私達が国のみんなにいって、セリナにピッタリの仕事を見つけてあげようよ!」
「うん! そうしよう」
「ちょ、ちょちょちょ待って待って待って2人とも!!! 先住民達に俺の事を言いふらすのだけは、マジで勘弁してくれ!! その、これにはちょっとしたワケが…!」
ダメだ今の僕、めちゃくちゃダサい。
てゆうか、純粋な子達の考える事は時に大人を驚かせるほど、マジで容赦ないな!?
もう色んな意味で怖いし、多分このままだと僕、国の皆から穀潰し扱いされるかもしれない! マズいぞ、この際なんでもいいから早く仕事を見つけないと――
ヒューー
ドカーン!!!!!
「うわぁ!」「きゃあ!」「ひいっ!」
まさかの展開であった。
ずーっとおしゃべりに夢中で、僕達は空の異変に全く気づいていなかった。
近くを、その“流れ星”が隕石の如く、耳が破裂しそうな爆音とともに落下したのだ。
僕達は恐れおののき、耳を塞いだり、尻餅を突いたりした。
もう、終わりかと思った。
でも、僕達は生きている。ソースラビット達の集まりからも離れているから、みんな無事。
そう。その“隕石”は、音のわりに爆風ナシの小規模で済んだのである。
「だぁビックリしたぁぁー!! て、なに…!? 一体、何が降ってきて――」
僕達は、なんとか体勢を持ち直した。
だけど、まさか隕石が降ってくるとは… って、まって!? あの赤い煙が上がっているクレーターの中、よく見たら隕石ではない!!
プシュー。
クレーターから上がる、煙の奥からは、黒い人影が。
「え、石じゃない…?」
と、サリバが驚きざまに自身の口元を両手で塞ぐ。
イシュタも、怯えるような表情をしながら叫んだ。
「ヒ… ヒト!? ヒトが片膝ついてる!?」
そこへ落下していたものの正体は、なんと僕達と同じニンゲン。
しかもその人は、僕が最初にこの異世界へ落とされた時とは比べ物にならないほど、派手に降り落とされたのだ。
段々と鮮明になってきたそれは、白い髪に2本のアホ毛、地黒の肌、そして赤目――
「礼治さん!?」
そう。
あの時、代理で地獄にきた先代への引継ぎが終わり次第、自分もここへやってくると約束してくれた、羽柴礼治その人であった。
僕の仲間の1人である事を証明するため、祭典服を着用して落下した彼は、クレーターの中心で片膝を落としていた。
魔王の力なのか、よくあんな隕石みたいに火達磨になったであろうに、墜落時には無傷の状態でいられるのが恐ろしい。
礼治は着陸の衝撃から解放されるさま、後ろの空へ向かってキッと睨みつけた。
その睨みは、恐らく上界にいるイングリッドとミネルヴァ、通称「ひまわり組」の神々2人に対してだろう。
僕の時も、あの神々の力あってこそ、この異世界へと辿り着いたのである。
という事は礼治、かなり雑に落とされた感が… て、流石に仲悪すぎだろう3人とも!
(つづく)