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⑦ デビューライブ



 辺りは、騒然としていた。


 何事かと、人々が集まっている。


 すると「すいません、すいません」と言って、群衆の間を車椅子で割いて進む女性がいた。


 美月だ。



 美月は、少し前に駅前に着いていた。


 しかし、いつもの場所に陸の姿がない。


 ただ倒れたマイクスタンドと、電源が入ったままのアンプが残されていた。



 美月は不安になり、周りを見渡した。


 すると、遠くの雑居ビルに、人だかりがあった。


 不吉な予感が膨らませながら、その場所へと向かう美月。



 彼女の嫌な予感は、的中していた。


 男性が倒れている。


 側にギターも見える。


 顔は見えないが、美月は陸だと確信した。



 美月は、倒れている陸へと近づこうとした。


 しかし、途中にある石段にタイヤが当たると、車椅子はバランスを崩した。



 ガシャッ!



 美月は、車椅子と共に倒れた。


 上半身を、アスファルトに撃ちつけ、激痛が走る。


「うう……」



 それでも痛みに堪えて、両手で這いながら、陸へと近づいた。


 美月の白いロングスカートが、見る見る汚れていく。


「陸君……陸君……死なないで……」




 地面を這う美月に、一人の警察官が近寄った。


「君、大丈夫? 車椅子から落ちたの?」


 美月はボロボロと涙を流して、訴えた。


「陸君は……? 陸君は……大丈夫ですか……? 死んでないですよね……?」



「陸君? あの男の子の事?」


 美月は、グシャグシャになった顔で、首を縦に振った。


「彼、意識はあるから。もうすぐ救急車も着くし、大丈夫だよ……」


 美月は少し安心した顔をしたが、また「ううう……」と唸りながら、陸に向かって這っていく。




 この二人は、恋人なのだろうか。


 警察官はそう思った。


 そう思うと、声がかけられなくなった。


 ただ、二人を見守る事しか出来ない。



 美月は、陸の側へと辿り着いた。


 仰向けになった陸の顔を、見つめる美月。


 顔はボコボコに腫れ上がり、鼻や唇、目尻から血が流れている。



 そんな陸を見て、またいっそう涙が溢れた。


「りくくぅん……りぐぐぅん……」


 美月は陸の手を握り、泣きじゃくった。



 すると陸の掌に、力が入った。


 美月はハッとして、陸の顔を見つめた。



「み、み、美月……ちゃん……。ぼ、ぼ、僕……ア、アメリカに……い、行くよ……」


「アメリカ?」


「き、昨日……ふ、福田さんに言われた話。ア、アメリカで障害を克服して、う、う、歌のレッスンを受ける……い、一年間」


「一年間……?」



「ま、待ってて欲しい……も、もう、下手くそ下手くそ言われてちゃ……だ、だだ、駄目なんだ」


 陸の目から、一筋の涙が流れ落ちた。


「陸君……」



 美月は陸の胸に、顔を埋めた。


 しばらくして、美月は震える声を出した。


「分かった……待ってる……。私、待ってる……。陸君が帰って来るのを……ずっと待ってる……」


 陸は安心したように、ゆっくりと目を閉じた。


「あ、あ、ありがとう……」






 ◇ ◇ ◇






 ピンポーン。


 吉沢家のチャイムが鳴った。


 陸の母親がドア開けると、そこにいたのはスーツを着た、福田だった。


「初めてまして。電話で、お話しさせて頂いた福田という者です」


「は、はい。お待ちしておりました」





 ——陸の両親は、困惑していた。


 二週間前、病院から電話があり、陸が男達に暴行を受け、大怪我をしたと。


 そうしたら、今度はアメリカへ行くと言い出した。


 しかも手術し、歌のレッスンを受けると。


 それも一年間。


 今日は、そのアメリカ行きを提案した福田が、陸の両親に詳しい事情を説明するため、訪問したのだ。


 陸の両親は、心の整理もつかぬまま、福田の話を聞く事になった。



 福田の話は、信じがたいものだった。


 陸に、飛び抜けた音楽の才能がある事。


 音楽事務所が、治療やレッスン、また生活に関わる全ての費用を負担するという事。



 一年後、帰国した次の日に、陸のデビューライブが行われる事。


 それら一連の流れを、福田は誠意を持って、丁寧に説明した。



 話は、三時間にも及んだ。


 時折、福田は深々と頭を下げた。


 その熱意が通じ、陸の両親は最終的に、陸の判断に委ねると結論づけた。




 こうして陸は、渡米する事になる。


 空港で見送る美月との抱擁。


 陸は、最後に笑顔で手を振った。




 海を渡った陸は、ロサンゼルスで一日も無駄にする事なく、一年間を過ごした。


 手術の方は無事に終わり、右手の震えは無くなった。


 また吃音症も、専門の医師と特訓し、同時に心理療法も受けた。


 歌唱やギター演奏も、一流の講師にレッスンを受けた。



 もともと潜在能力のあった陸は、講師も驚くほど、日に日にその才能を開花させていく。




 ——そして、一年が過ぎた。




 陸は日本に帰国後、まずはホテルに宿泊した。


 次の日、ライブ会場へと向かい、リハーサルを済ませた。


 その間、美月にはもちろん、家族にも会わない。



 そこには、音楽事務所の意向があった。


 陸との感動の再会を、会場に持って行きたかったのだ。




 実は、陸のドキュメンタリー番組が、動画サイトにて配信されたのだ。


 かつて、日本一下手くそなストリートミュージシャンと呼ばれた男が、恋人と離れて一年間、アメリカで武者修行したという内容だ。


 そんな番組を打ち出すと、SNSを中心に一気に話題となった。




 そして迎えた、今回のイベント。


 陸の一年間の成長を、披露する場だ。


 約一万席のチケットは、即完売となっている。



 もともとこのイベントは、福田のいる△△ミュージックが、年に一度、夏に開催しているものだ。


 事務所に所属しているアーティスト達が、次々に楽曲を披露する通例イベントだった。


 しかし、今年はいつもと雰囲気が違う。



 最後に『吉沢陸』という、大型新人のデビューライブがあるからだ。





 ——当日、会場は大いに盛り上がった。


 所属する有名アーティスト達が、自身の持つ代表曲や新曲を披露した。


 そして、イベントはラストを迎えた。


 ついに陸の登場だ。



 ここで福田が、ステージの端に姿を現した。


《皆さん、お待たせしました!》


 福田はマイクで、陸の登場を告げた。


《本日のラストを飾るのは、期待の新人、吉沢陸です! 彼のデビュー曲『君は路上の月』は、とても感動的なバラードです。ぜひ、お聴き下さい!》



 会場の最前列には、招待された美月が車椅子に座って見つめていた。


 その後ろには、美月の家族や、陸の家族がいる。



 煽るようなBGMがフェイドアウトし、フッとステージが暗転する。


 そして青白いスポットライトが、ステージ中央へと歩く、一人の男性の姿を捉えた。



 陸だ。



 その瞬間、大きな歓声と拍手が巻き起こった。


 陸は、眩しいスポットライトを前にして、緊張で震えた。



 ステージでライブなど、初めてだ。


 しかも、いきなり一万人の前で。


 膝がガクガクして、立っていられない。



 やがて、歓声が収まった。


 ここで、アコースティックギターのイントロを、奏でなければいけない。



 べーン……!



 変な音が出た。


 緊張で震えた陸の指先が、弦に引っ掛かってしまったのだ。


 陸は焦った。



 会場に、どよめきと失笑が響く。


 やはり、手の震えは治っていないのか?


 一年前と変わらないのか?


 そんな空気が流れた。



 美月は祈るように、両手を組む。


(陸君、頑張って……)


 そう心の中で叫んだ。






つづく……

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