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⑥ 陸の災難



 次の日。


 路上ライブを始めようとする陸のスマートフォンに、着信が入った。


 駅のホームにいる、美月からだった。



 沿線火災の影響で、電車の運行が乱れているとの事だ。


 したがって、ここに来るのに、二、三十分ほど遅れるらしい。



 仕方がない。


 陸は一人、路上ライブを始めた。





 その陸の立つ場所から、少し離れた路地裏に、三人の男達がいた。


 彼らの間には、不穏な空気が漂っている。



「おい小松。あと二日、待ってやる。残りの五万、必ず払えよ!」


 凄んでナイフを見せる、二十代前半の男、中西郁太。


 壁を背にした小松若也は、涙目で、何度も首を縦に振った。


「ひっ……はっ……はひっ……」



 中西の背後には、小柄な金髪の男が、ニヤニヤしていた。


 中西の弟分、川添研一だ。


「そう言えば、中西さん」と、川添が話しかけた。



「聞いた話ですけど、そいつ動画を配信して、小金を稼いでるらしいっすよ」


「なにぃ」


 中西が、小松の胸ぐらを掴んだ。


「ひっ……ぶひっ……」と、悲鳴を漏らす小松。




「お前、動画配信で稼いでんのか? じゃあまだ、金あるんじゃねえのか?」


 小松は鼻水を垂らしながら、首を横に振った。


「な、無いです。動画配信も、最近はやってません。カ、カメラが壊れちゃったし……」


「本当だろうな。……まあいいや、十万は回収したからな。ほらっ、もう行け! あと五万、必ず用意しとけよ!」



 中西が、小松のお尻を蹴飛ばした。


 小松はバランスを崩しながら、慌てて逃げ出した。

 そんな小松の背中を見つめる、中西と川添。


 彼らは、反社会的な仕事を生業としている、街のゴロツキだ。


 最近は小松のように、闇金業者から借金をしている、債務者への取り立てをしている。






「それにしても中西さんって、やばいっすね。いつもポケットに、ナイフ入れてるんすか?」


 二人が、駅前のラーメン屋に向かって歩いている途中、川添が中西に話しかけた。



「まあな。鬼に金棒って奴だよ」


「なんすか、鬼にカナボーって?」


「そんな言葉も知らねえのか? これだから中卒は……おわっ!」


 ドデッ!


 突然、中西が転んだ。



「いってぇ!」


「大丈夫すか? 中西さん」


 中西は、何かに足を引っ掛けたのだ。


 それはギターを入れる、黒いソフトケースだった。


「なんだ、これ?」




 すると、近くで吃りながら歌う、路上ミュージシャンの姿があった。


 陸だ。



 中西は立ち上がり、両手をポケットに突っ込んだ。


 眉間にシワを寄せ、絡みつくような視線を陸に向け、近付く。


「おい、下手くそ! お前の荷物で転んだぞ、コラ! 慰謝料、払え!」


 陸は、演奏に集中しているため、中西の声は届いていない。



「耳が腐るんだよ、お前の演奏は! 下手の横好きにも程があんだろ、ボケが!」


「なんすか? 下手のヨコズキって?」


 中西が、ギロリと川添を睨む。


「お前は黙っとけ!」



 中西の視線が陸に戻ると、目の前にあるマイクスタンドを蹴り飛ばした。


 ガシャン!


 それでも、陸は演奏をやめない。



「……なんだお前? シカトしてんのか? 怖くて、気付いていないフリしてんか? それとも……」


 ジャラーン♪


 ギターを鳴らすと、陸は「お、思い出す〜」と歌い出した。

 


 中西は激怒した。


 陸の髪を乱暴に掴むと、引っ張った。


「なめやがって、このクソガキ! 教育してやる!」


 中西達は、近くの雑居ビルの裏へと、陸を無理やり連れてきた。





 そこは、人目につかない、薄暗く狭い駐輪場だった。


 川添が、素早く陸を羽交締めにした。


 ドスッ、バキッ!


 身動きの取れない陸を、一方的に殴り続ける中西。


 

 やがて、力が抜けたように倒れ込む陸。


 中西は、陸の頭を踏み付けた。



「おい、ガキ! 最初から、ペコペコしてりゃ良かったんだよ。そうしたら一発で済んだのによぉ。馬鹿だな、お前は。長い物には巻かれろってのが、世の常識だろ?」



「なんすか? 長い……」


 中西が川添を睨んだ。


 その鋭い眼光に、川添は途中で口をつぐんだ。



 中西の眼光は、川添から陸へと戻る。


 その時、中西はある物に気付いた。


「なんだ、これ?」


 陸のポケットから、何かが出ている。


 それは美月が作ってくれた人形だった。




 ゆっくりと持ち上げる中西。


「人形か? ギター持ってて、お前に似てるなぁ、これ」


 中西は、ニヤリと笑う。


「もしかして、誰かが作ってくれたのか? 良かったなぁ。大事にしろよ」


 そう言った瞬間、中西は両腕に力を込め、人形の首を引きちぎった。


 ブチッ!


 さらに手足も引っこ抜き、バラバラにすると、踏みつける。


「へっ、ざまあみ——



 バキッ!!



 次の瞬間、中西が宙を舞った。


 陸が、ぶん殴ったのだ。



 吹っ飛ばされた中西は、地面を転がると、並んだ自転車へと突っ込んだ。


 ガシャ!


 予想だにしない反撃に、川添は面食らった。


 慌てて、側に転がる陸のギターを持ち上げると、後ろから陸を殴りつけた。



 バゴッ!



 後頭部に、強い衝撃を受けた陸は、その場に崩れる。


「ううう……」と唸り、痙攣する陸。



 ギターを捨てると、川添は吹っ飛ばされた中西の側へと、駆け寄った。


「だ、大丈夫すか? 中西さん?」


「いってぇ……」


 中西は、頭を押さえながら、立ち上がった。


 その目は血走っている。



「……おい、こいつ殺すぞ!」


 中西は、怒りに震えながら、厳しい口調で言った。






 その後、中西と川添は無抵抗の陸に、ひたすら殴る蹴るの暴行を加えた。


 やがて中西はポケットから、ナイフを取り出した。


「背中に《バカ》って刻んでやる。おい川添、服を脱がせろ!」



 ——その時。


 遠くから、野太い男の声が飛んできた。


「おい! おまえ達、何やってる!」


 中西と川添が、声のした方へと顔を向ける。


「やべぇ!」と、同時に声を出した。



 それは、複数人の警察官だった。


 喧嘩に気付いた雑居ビルの人間が、警察に通報していたのだ。


 二人は、慌てて逃げ出そうとした。


 だが、足が動かない。



 顔中、血だらけの陸が、二人の足首を掴んで離さないのだ。


「こ、こいつ……!」


「離せよっ!」


 中西と川添が、陸を踏みつける。


 それでも、陸は離さなかった。



 とうとう駆けつけた警察官達に、二人は取り押さえられた。


「ち、ちくしょう!」


 地面に押し倒された中西は、無念の声を出した。



 ここで一人の警察官が、陸へと駆け寄った


「君、大丈夫か?」


「う……うう……」


 陸は返事も出来ないほど、グッタリしている。


 警察官は慌てた。


「お、おいっ、救急車! 早くっ!」






つづく……

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