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7日目 決戦、商店街

 …これ



 …………?



 ……おいこら



 …………んん?こーちゃん…?いつの間にそんな口が悪くなったの…メッでしょ




 黙らんか。わしじゃ



 ……っ!?その声は…時空さん!?



 いかにも…全ての時空そのものと言える、どこでもない彼方に追放された副王、ヨ--



 なんすか?人の安眠何回邪魔するつもりですか?死にたいんですか?



 …おぬし、未来過去現在においてこのわしに死にたいんですか?なんて口きいたのはおぬしが初め…いやそんなことどうでもいいわ。おぬし、わしの忠告を破ったな?



 …なんですか忠告って?



 わし言ったじゃろ?占い師のババアの言うことは聞くなと…おかげでわし、おぬしのせいで大迷惑なんじゃが?



 なんの言いがかり?



 寝る前の記憶飛んどるのか?おぬし、あの占い師のババアの言う通りに儀式したじゃろ?



 …………あのサバト?



 あれはわしを呼び出す儀式じゃ



 ……じゃあ、あのおばあちゃん本物だったの……?



 出てくる度に辛辣じゃが今回に関しては呼び出したのはおぬしじゃから(怒)おぬしこそぶち殺すぞ?



 あー……それはすみませんでした…



 あのババアはわしと接続できる『Agの鍵』であるおぬしを利用して金儲けするつもりじゃ…分かったらもう言うことを聞くでないぞ?



 なんスか『Agの鍵』って…



 おぬしは知らんで良い……



 あ、そうだ。易者のおばあちゃんから予知夢見て来いって言われてたんだ……時空さん。ちょっと2、3個未来見せてくださいよ



 話聞いとったんか貴様!?



 私が本物の預言者だって思い知らせないといけないんです。頼む。この通り



 なに人の力で粋がっとるんじゃ貴様!それがあのババアの魂胆じゃと言うとろうが!!見える……このままおぬしがババアの口車に乗せられて都合よくわしを呼びつける未来が……



 あ、ありがとうございます。ちなみにそれ、いつ頃の未来になります?



 今のは未来予知じゃないわ



 もっと具体的でウケの良さそうなのお願いしますよ



 貴様……ホントのホントにいい加減にしとかないとタダでは済まさんぞ?わし、こんな風にしとるけどホントは滅茶苦茶怖いんじゃからな?分かっとるんか?世界そのものと言ってもいい存在じゃぞ?



 世界でも時空でもなんでもいいんで…断るって言うんなら毎晩あのサバトしておじさん呼びつけるんだから…呼びつけて起きるまで般若心経唱えるんだから



 何考えとるんじゃおぬし……おぬし、流石わしを受け付けるに足る器……既に混沌と狂気に呑まれておる……親が不憫じゃ……



 予言くれたらこれを最後にしてあげる



 なんでおぬしの方が立場上なんじゃ…



 言うんか?言わんのか?般若心経か?



 分かった分かった……全く……このわしが人間風情に脅しをかけられるとは……そうじゃな……近いうちに忘ヶ崎の複合施設に路畑みちばたカンパルノが来るじゃろう……



 ……えっ!?あの路畑カンパルノが!?



 ……そこでおぬしは運命的な出会いを果たす…



 ……え?まさか…………新しい恋…?



 --その時モヤモヤした視界が一瞬開けて目の前に童顔で可愛らしい素朴な雰囲気の女の子の顔が……

 …………路畑カンパルノではない。てことは今の予知が私の運命的な出会い…?



 ……あと…くそぅ。あのババアの元を訪れる時にはお香典を持っていけ。身内に不幸が起こっておる



 ……マジすか?



 切り替わる光景。その先で梅干しみたいな顔をくちゃくちゃにしたあのおばあちゃんの顔が……



 そうじゃなあと……その日はバナナにだけは用心するんじゃ…



 バ、バナナ…?



 そうじゃ……正確にはバナナの皮じゃ…



 --三度映り変わった光景の先で突然、ぐるぐると激しく上下が入れ替わり揺さぶられる電車内のような光景と、瞬きが入るように一瞬暗転した先で無惨にもひっくり返った電車の残骸が…………



 ……え?なんですか?これ?これ、バナナの皮で?どゆこと?



 さらばじゃ……



 おい、ちょっと!!


 *******************


「……っはっ!」

「おねえちゃんおはよぉ」


 冷たい部屋の空気に目を覚ましたなら布団の中で猫みたいに丸くなる我が愛しの弟、こーちゃんがぷにぷにした頬っぺを私のお腹に押し付けてきていた。


 …………今のは…


「……おはようこーちゃん。今日も可愛いね」

「おねぇちゃんもかわい」

「こーちゃん……夢の中でおっさんに会った?」

「?あわない」



 1月7日、土曜日。松の内最終日、つまり正真正銘正月の終わり……

 そして今日は乙女達の休日…土曜日である。


 桐屋蘭子、楽園に至る……




 ……さて、地球滅亡まであとわずかという昨今、貴重な休日である。

 こんな日はひたすらにこーちゃんの頬っぺを揉みまくり手汗の塩味と姉の愛をすり込むのも悪くないんだけど…


「はぁ…はぁ…」

「蘭子、なにしてるの?」

「一説によればちぎりパンのもちもち感はこーちゃんの頬っぺの感触に近いらしい…だから揉んでる」

「おねぇちゃん、へんたい」


 それを言うならおねえちゃん大変である。しかし手の中でこねくり回してた朝食のちぎりパンが手にねとねとへばりついて確かに大変である。

 それもこれもこーちゃんが頬っぺを触らせてくれないからである。


「……はぁ……はぁ…脳汁……」

「馬鹿なこと言ってないで早く食べちゃってちょうだい。これから出かけるわよ」

「……出かける?朝からどこへ?」

「買い物。蘭子も付き合って」


 家族と過ごす日々もあと94日。いつもなら「なんで受験生の貴重な休日を母と過ごさなければならないの?暇かよ働け」と苦言のひとつも呈してぶたれるところだけど、仕方ない。少しでも家族との時間を長く取ろうじゃないか。


 ……そう、この家族と過ごせるのもあとわずかなのだから。


「買い物ってどこ?コストコ?スコココ?ステテコか?」

「こすとこ」

「違う。商店街」




 我が母、桐屋志乃38歳。女手一つで子供二人を育てるキャリアウーマン。そして休日の家族でのお出かけで徒歩5分の商店街をチョイスする女である。


「こんなんだからお父さんに浮気されるのよ……」

「舐めたこと吐かしてないでさっさとお隣から荷車借りてきて」

「に、荷車?」

「そうよ」


 一体どんだけ買い物するつもりだよ……地元活性化に貢献っ!



 ……我が家のお隣さんと言えば松浦さん家が有名ではあるが、私は正直松浦夫人が苦手である。


 気乗りしないながらも近所に買い物に行くだけで気合いが入りまくりの母の気迫には勝てず私は重たい足取りで松浦さんの家へ向かう……


 徒歩10秒、私は家の敷地から道路にはみ出す立派な松の木の生える家へ…

 松浦さんの旦那さんはDIYだかDIOだかにハマってるらしく最近どんどん家がオシャレになってきてる気がする……

 がしかし、家を囲う塀の一部がなぜか抜けている。ぽっかり空いた穴からプライバシーが丸見えである。これも流行りのデザイン?


「こんばんはー…」

「おはようございますでしょ?」


 玄関扉に拳を激しく叩きつけ…いやノックをすると直ぐにお母さんと同い歳くらいのおばさん、松浦夫人が登場。

 中年に差し掛かったこの大人の品格…滲み出るお上品さが母とは桁違いである。


 …ただこの人、ちょっと怖いんだよなぁ……


「こんばんはおばさん。あの、荷車貸してください」

「意地でもおはようとは言わないのね…しかもいきなり荷車貸せだなんて…蘭子ちゃんは相変わらず変わってるわね。どうして家にそんなものがあると思ったの?」

「え?お母さんが「DIYにハマってるくらいだから荷車くらい作るでしょ」って…」

「作れって?」

「ところで奥さん、塀に穴が空いてますよ?デザインかもしれないけど、プライバシーが丸見えです。早く塞いだ方が良いと思います」

「誰かさんが「ペットボトルロケットの発射台にするんだ」って勝手にレンガブロック抜いて持っていったからね(怒)」


 ほら、この人なんか常に怒ってる感じするんだよなぁ……怖いなぁ……


「はぁ……荷車ならないことはないけど…」

「あるんだ……」

「なんに使うの?」

「買い物行くんです。商店街に…」

「エコバック代わり!?」


 *******************


 松浦さんのおじいちゃん、田舎で農場やってるんだって。だから荷車あった。どゆこと?


 さて、こーちゃんを荷車(ボロ)に乗せてお母さんと商店街に…町の人達の視線が痛い。お母さんのこういう変わったところ、恥ずかしいから治して欲しいんだけどなぁ……


「お母さん、どんだけ買うつもりなん?家計を自分で圧迫して楽しい?」

「蘭子……今日買うのはひき肉とキャベツとお米と豆腐だけよ」

「何キロ買うの?業者かよ」

「蘭子……これを見なさい」


 そう言う母は荷車を娘に引かせながらその傍らで一枚の紙切れを差し出した。

 それは商店街で配ってるスタンプカードである。あとひとつでスタンプが埋まる。


「確かスタンプが埋まったら福引き1回できるやつだよね?」

「蘭子……この福引きの二等、知ってる?」

「…………まさか二等を持って帰る為に荷車を……?」


 お母さん、福引きって欲しいものと交換ってルールじゃないからね?


「最新式4K55インチテレビよ…蘭子。これがあれば我が家の未来は明るい」

「おおー」


 よく分かって無い様子のまま興奮を隠せないこーちゃんではありますが福引きの二等を引き当てるなんて隕石衝突より低確率では…?


 ……いや、94日後に隕石衝突だ。と考えればありえない話でもない?


「お母さんはやるわ……テレビを持って帰るのよ」


 これが高校受験を控えた娘をわざわざ駆り出した理由みたいです。

 あと、重たいです。


「ちなみに景品の他のラインナップは?」

「一等は3名様ハワイに一週間、三等は特選松坂牛よ」

「こーちゃん、はわいにいきたい!」

「こーちゃんハワイがどこにあるか知ってるの?」

「せんだい!」


 ………………????




 買い物終了。スタンプゲット。

 こーちゃんに加えて肉とキャベツと米と豆腐の重量が荷車に加わった。これを運ぶ為だけに荷車を引く羽目にならないことを願うばかりである。


 ……でも蘭子、テレビよりハワイが欲しい。



「へいらっしゃい!」


 商店街の奥、奥ってどこか知らんけどとにかく奥…福引きの舞台となる特設コーナーに我が母が立つ。

 福引きのオヤジが恵比寿様みたいに縁起のいい笑顔で出迎える中、硫黄島で最終決戦を控えた日本兵みたいな顔したお母さんがスタンプカードを叩きつけた。


「……テレビは頂くわ」

「ああ桐屋さん。はは、荷車まで用意して当たる気満々だねぇ(相変わらず変わってんなこの家族)」

「おねぇちゃん、おかあさんくじうん、いい?」

「くじ運は知らんけど男運は悪いよ」


 福引きの回すガラガラのやつの前でお母さんが不知火型みたいな構えで深く息を吐く。

 恥ずかしいからやめて欲しい。


「流石奥さん、気合いが違うね」


 息を吐くように悪意ある煽りを見せる福引きのオヤジ。


「……当たり前よ…」


 ……なぜハワイとか和牛よりテレビが欲しいのか知らんけど、ただならぬ気合いを一投に込める母の姿を私含めその場の皆が固唾を呑んで見守る。


 …………空気が、張り詰めていく。


 なんだか時間が止まったみたいだ…

 獲物を狙う空腹の虎のように…狩りのその一瞬を見逃さないように…なんかそんな感じで母が機を伺う。

 はよ引け。


 唾を呑むのも憚られる緊張感溢れる沈黙の中、永遠にも思えるその時間は突如として終わりを告げる。


「--ヒョォォォォォォォォッ!!」


 奇怪な叫び声と共にお母さんがその手をガラガラにかける!

 どう考えても力みすぎなお母さんが全身を使って過剰過ぎる腕力を以てガラガラを激しく回転させる!

 旋風を呼ぶガラガラの回転が福引きオヤジの薄い前髪を吹き散らかし、プラズマが発生しそうな程の気合いで回すお母さんがついにその運命を天に託す……


 母の手がガラガラの持ち手から離れた……


「フォアチョォォォォォォォォォッ!!」


 ………………なんだろう。お父さんも浮気するわこりゃ…


 あまりの勢いにしばらく高速回転し続けるガラガラが失速し、ついにその運命が姿を現す…


 カランッて小気味いい音と共に机の上に1粒の玉が落ちた…



 …………全ての視線がその一点へ集まる。

 その隙を突いて群衆の中の不届き者が野次馬の奥さんの財布をスって走り去る。

「ドロボウッ!!」という悲痛な叫び声の中……


 カランカランカラーーンッ!!


 運命の勝利者を祝福する鐘の音色を浴びて燦然と輝く玉の色は--金だった。


「おめでとぉござぁいまぁぁぁすっ!!」

「………………っ!!蘭子っ!こーちゃん!」

「おぉ……まさか……」「おかあさんかっこいい!!」


 その場に膝を突き、天に向かってガッツポーズをキメる母の姿に最早社会人としての常識もプライドもない。それ程の--


「一等、ハワイ7日間の旅3名様、当選っ!!」

「ぬぅああああああああっ!!??」



 地球がぶっ飛ぶまであと93日……

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