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6日目 お前の人生と焼肉の等価交換

 1月6日、金曜日。華金である。

 華金とは文字通り華の金曜日のことである。


 地球滅亡を予知した桐屋蘭子…学校へ。なぜ学校へ登校したかというと受験を控えた大事な時期だから…


 その日朝から登校するという信じ難いくらい聖人君子な蘭子さん。もう何を言ってるのか分からないけどそんな私を聖人から悪魔へ突き落とす光景が……


「……あれは」


 正門を目前にして生徒指導の先生という門番を前に着崩した制服をこの瞬間だけ直す生徒達の群れの中にクロヤマアリより見慣れた後ろ姿を発見した。


 クロヤマアリとは日本で最もメジャーな蟻の一種でなんでもどん兵衛みたいに関東型と関西型に分類できるらしい。違いはひとつの巣に女王が1匹なのか複数なのか…


 そしてそんな公園のお友達、クロヤマアリより見慣れた後ろ姿とは……


小林蓮司こばやしれんじ…」

「おはー、蘭子どうした?顔の堀が深くなってるよ?」


 小林蓮司…私の元カレ(3ヶ月)である。

 人生初の彼氏と試用期間並の速度で別れた理由は相手の浮気…

 中学生の分際でツーブロックにした中学生の分際で茶髪の、中学生の分際でこの前までバレー部だった、中学生の分際でスポーツ推薦で高校を決めるらしいこの男……

 今1人では無い。隣を歩くのは中学生の分際で巻き髪のロングヘアーの後ろ姿だけで可愛いと何となく分かる女……


「でね?その友達がウケるの。なんかさー、自分で割り勘って言っといて俺財布忘れたとかー」


 オトコが居ながら他の男と飯を食いに行ったらしいこの女は1組の大園おおぞの…どんな奴かはよく知らんけど今の小林の彼女らしい。そして私から小林を寝取った女。寝取っかは知らん。


「ウケるー」


 そして今ウケているのが小林である。


「マジどしたん?阿部寛より顔濃いよ?」


 そして中学生の分際で阿部寛とか言ってるこの女は美堂陽菜。目が死んでる。


「…………今女の顔見たくないんですけど?北斗残悔拳するよ?」

「え?……ひどい……私蘭子を心配してるのに……こんなに……」


 こんなにとか言ってるけど表情筋が7割死んでるこの女、顔を見ただけでその心情を推し量る事は難儀である。


 地球滅亡まであと95日…

 地球が吹き飛ぶとしてもこの2人だけは生かしてはおけない……


「陽菜……」

「なに?蘭子…今日一限からロングホームルームだってよ。面接指導だって…ダルいね蘭子。死のうか?一緒に……ダルいし……」

「青酸カリってどこで買えるのかな?」

「……蘭子最近ホントおかしいよ?」


 *******************


 高校受験を控えた中学生の一限は忙しい。

 かく言う私も滑り止めの私立高校入試が今月の20日(金)である。

 しかし世界があと少しで無くなるというのに無駄なことである。とはいえ地球最後の日は高校入学後…それまで楽しい人生を消費する為にはお母さんの期待を裏切る訳にはいかない……

 入試に落ちたなんてことになれば我が母、恐らくお小遣いを大幅にカットしてくるはずである。


 ので、桐屋蘭子。この不毛な時間にも一応は真面目に取り組む所存である…


 今日のロングホームルームは受験対策。面接がある生徒は担任との面接指導の時間。

 つまり空き教室で先生と生徒が2人きり…不穏な気配しか感じない背徳の時間。


「…きっと何かある……私は感じる…どこかのクラスで1人くらいは先生と生徒の禁断の……」

「蘭子はさ、そういうのが趣味なの?」

「死んだ魚の目した陽菜には分からない。だって男に縁がないもん。目が腐ってて臭いもん。私は縁がある。ただ私の元カレは明日死ぬ。これは予言」

「…いいからはよ行け。次蘭子だよ?」



 担任、いや舎弟の御嶽原に呼び出され誰も居ない隣の空き教室へ…

 いや、そこにはただ1人、空の椅子の前に座る女子中学生に手を出すケダモノが待ち構えていた。


「……」

「やめろ。俺をそんな目で見るな。早く座れ」

「…………」

「座れっての。面接練習だ」


 汚らわしい…あなたに人を正しく見る目があるんですか?えぇ?何その時計、カッコイイと思ってんの?


「何その時計……」

「なっ……いいだろ別に。シチズンのエコ・ドライブだ」

「……今どきの女子は腕時計にときめかないからね?あと、バック駐車の時助手席に手をかけて後ろ向きながらハンドル切るタイプの人にも--」

「頼むから座ってくれ」


 座る。


「……桐屋、お前私立入試あと2週間後だぞ?ちゃんとしろよ?真剣に考えてる?マジで」

「ねぇ、誰に向かって口聞いてるの?ロリコン教師」

「すみませんでした」


 ちょっと凄まれただけで折れるこの教師、教師の風上にも置けない…しかしそれも仕方ない事。なぜなら生徒と教師の禁断の恋というネタを私は握ってるから……

 生徒に手を出した時点でやはり教師の風上にも置けない男。


「私の内申点は御嶽原のおかげでバッチリだもん。今更なんの心配もない」

「…いや、一般入試で内申書ってあんまり意味無い…てか12月の時点で内申書は出来上がってるわけで今更…………」

「生牡蠣は?」

「あ、注文しときましたんで…」


 言われた仕事はきっちりこなす。舎弟の風上にそっと立つ男、御嶽原。


「じゃあ…気を取り直して面接指導な?座ってもらって悪いけど入室の時から「焼肉は?」


「や、焼肉…?」となにをとぼけた面をしてるのか御嶽原、しらばっくれるつもりらしいです。どうやらバラされたいみたい。


「焼肉奢ってくれるって言ったじゃん」

「奢るから面接練習をだな…」

「いつ?」

「いつでもいいから…」

「じゃあ今日」


 その時、今日は若干七三のセットが甘い御嶽原の顔色がウ○コ我慢してる時みたいになった。


「今日は…用事が……」

「なんで?いつでもいいって言ったじゃん」

「いや…明日とかじゃ……とにかく今日はだな?大事な大事な用が……」

「土曜日に先生と会うわけないじゃん。あっそ。分かった。じゃあいいよ?SNSに書き込んでやるんだから。「この2人、デキてます」って写真付きで--」

「分かりました勘弁してくださいお願いします桐屋様」


 弁えてるではないか…


「約束だよ?嘘ついたら原さんとの関係バラした上で針千本1000℃に熱して鼻から呑ますからね?」


 舎弟の教育もしっかり忘れない蘭子、晩御飯の予定を確定させて席を立つ。もう用はない。


 今日は特上肉だ♪


「待って!?面接練習は!?」


 *******************


「蘭子…焼肉を奢ってくれるってホント?もし嘘なら今日から蘭子の家に饅頭100個毎日投げ込むからね?」

「それだけはホントのマジでやめて。人類史過去類を見ない嫌がらせだから!」


 正気とは思えない脅迫をかけてくる陽菜と共に暗くなった正門前で待つこと18時半…

 受験生のクラスを抱えているとはいえだよ、今日は華金なので…


 黄昏を越えた空の下、なんだか重そうな足取りで正門に向かって歩いてくる人影の姿に私はやっとかと額に青筋立てて焼肉に備える。

 親分を待たせる舎弟に一発蹴りでも入れなければと決意する私と死んだ魚の目…


 ……しかし我が舎弟を待っていたのはその2人だけではなかった。


「もー、遅い義也!」


 私達より早くくたびれた人影に向かって行く少し離れた位置に立っていたシルエットはグラブジャムンより甘ったるい声で禁じられた教師への下の名前呼びを敢行。

 薄暗い事もあって周りに私達が居るのに気づかなかったのかな?視力0.03以下のお馬鹿が危機感皆無に“恋人”に向かっていた。



 --彼女の名前は2組の原。

 下の名前を私達はまだ知らない…


「彼女待たせすぎでしょ。お腹すいたよ!」

「…ごめん結華ゆいか…今日は2人っきりじゃないんだ」

「……?へ?どういうこと?」


「--こう言う事さ!」


 闇の帳から飛び出す私(と腐った魚の目)。その光景にギョッと出目金ばりに目ん玉にひん剥いて驚く原さん…


「…………蘭子?これはどういう状況?修羅場?」

「……え?義…御嶽原センセイこれどゆこと…?」


 私と原結華は最悪な出会いを果たした!!





 焼肉屋。

 全てがどうでも良くなるような見事な霜降りを前に私と陽菜もとい腐って悪臭を放つ魚の目と私の舎弟と舎弟のオンナの4人が卓を囲む。

 正直、この展開は私にとっても予想外。


「…………え?義也これ、どういう状況?」


 ゆるふわ……とでも言うのだろうか?小動物をリスペクトしてみましたみたいなウェーブのかかったブラウンのショートボブにタレ目の、男ウケの良さそうなおマセさん、原が隣に座る三十路のオッサンと私達を交互に見る。


「すまない…脅されてたんだ……」

「御嶽原、どういうことだい?」


 まぁ肉は一旦置いといて…私は対面の舎弟に向かってどうして女連れなのかを問う。


「いや…先に約束してたから……」

「え?義也どゆこと?なに?なんでこの…えっと…この女誰?」

「初めまして。桐屋蘭子です」

「え?なに?義也の何?」


 一旦置いとくとは言ったけどそんなに長くは置いておけない。私は牛脂を網に塗りたくる。


「…………なにこれ?」


 ただ1人置いてけぼりの陽菜。


「本当にすまない…脅されて断れなくて……」

「待って義也、え?脅されるってなに?この…桐屋って子とどういう関係?」

「俺達の関係…バレてたんだ……」

「えぇ!?」


 じゅわわぁーーーっ



「蘭子…特上カルビがいい感じ……」

「焦るな陽菜…まだよ……」


 地球滅亡前に食べる肉として申し分ない。


「バレてたって…嘘!?」

「俺は桐屋に弱みを握られて…今日焼肉を強要されてたんだ……すまない…っ!」

「そんな…」


 驚愕する原とやらに対して「まぁ2人の関係は結構な人が知ってると思うけどね…」と待ちきれずカルビをトングでつまみながら口にする陽菜。

 まったく…行儀のなってない子。もう少し待てないの?(もぐもぐ)


「蘭子、それ生焼け…」

「いい肉は生焼けでもイける」

「ちょっと待って!それ誰かに言った!?ここの2人だけ!?」

「(もぐもぐ)安心してよ原さん…2人の関係は私達が守るからさ…(もぐもぐ)」

「……桐屋さんって言ったっけ?あなた、このネタで義也を脅してるって事?」


 ゆるふわ小動物から網の下の炎にも勝るプレッシャー。

 しかし肉を前にした私にはもはや肉しか映ってなかった…


「アスパラも焼こう……蘭子」

「あなた…もし義也を苦しめるような真似をしたら……」

「いいんだ結華!俺達の関係を守る為なら俺はどんな責め苦でも…っ!」

「私はもう覚悟決まってるからっ!!バラしたきゃ…バラせばいいじゃんっ!!義也にこれ以上なにかしてみなさいっ!?」

「いやそれはちょっと!?結華!?」


 ……ほぅ。原結華、中々の覚悟(もぐもぐ)。この女の愛は本物か(もぐもぐ)…


「蘭子…アスパラがいい感じだ……」

「……原さん。2人の幸せを考えるならもう少し利口になった方がいい……」

「なっ……なんですって?」

「卒業まであと3ヶ月…たった3ヶ月耐えるだけで2人の愛を守れる…でももし、私を反対に脅すような事があれば「蘭子、アスパラ貰うよ?いいよね?」御嶽原の人生は終了する事になる。そうなれば2人の愛も終わりだよ?」

「なっ!」

「結華!俺なら心配ないっ!だから耐えてくれ!!未成年とその…そんな……関係だなんてバラされたら俺は…っ!!」


 愛する女(15)に涙ながらに訴える三十路。

 鬼の形相で唇を噛む女(15)。

 アスパラを貪る15歳(目が死んでる)。

 そして私。


「ふふ……ふはははははっ!!御嶽原を愛する以上君の立場も御嶽原と大差はないのよ!!さぁ!立場が分かったなら特上ヒレ追加だぁぁっ!!」


 ふはは……ふははははははははっ!!


「……アスパラ…………美味……」


 *******************


「うんばばふんばば……」


 夜家に帰ったら愛しの弟、こーちゃんが寝室で謎の儀式を開催してた。


 白い画用紙の上にぐちゃぐちゃの線で書かれた謎の三角形。その上に透明の器を添えて、周りを狂喜乱舞しながら回ってる。


 弟がサバトに目覚めた……


「うわぁぁぁっ!お母さん!?これなに!?」

「知らないわよ。蘭子が教えた遊びじゃないの?」

「私こーちゃんにこんな悪魔崇拝の儀式教えな--」


 気づいた。

 踊り狂うこーちゃんの足下に落ちてる1枚のメモ紙。それは昨日の易者のばあちゃんから受け取ってそのままスボンのポケットで永眠するはずだったものだ。


 恐る恐る紙を拾い上げるとそこには魔法陣(?)的なものの図と訳分かんねー呪文が書き綴られてた…

 そして一言。


 方陣の中心にはヨーグルトソースを供えること。


「……」

「うんばばふんばば。うぃ!うぃ!」


 画用紙の中央の器の正体はヨーグルトソースだった…


 おばあちゃんが言うにはあれは時空さんを呼び出す為の方法…のはず。

 しかし蓋を開けてみればこれだ。あのババア新興宗教の勧誘かなんかだったのか?


「こーちゃん、そんな遊びしちゃいけません。お母さんもこーちゃんにヨーグルトソースあげないでよ」

「おねぇちゃんもやろ?」

「やりません」

「やろうよー」

「いーやーだね!」

「やるのぉ!びぇぇぇぇぇぇんっ!!」

「……っ!?」

「あびぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!」


 ……………………こーちゃん。


「「うんばばふんばば!うぃ!うぃ!」」

「…………蘭子、あなた…」


 地球が吹き飛ぶまであと94日…

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