5日目 もう諦めました
地球最後の日まであと96日……
つまりそれは私の…我が弟康太の人生終了もあと96日ということになる。
今年の4月10日。地球に直径10キロメートルの隕石が突っ込んできてこの世界は終わる。
桐屋蘭子、こーちゃんの生きる未来の為に色々頑張ってみたけど誰も私の話なんて信じてくれなくて……
…………もういいかということになったんですよ。
終わるもんは終わるし、なんか調べたら現代では落ちてくる隕石をどうにかする術はないらしいし……
隕石をミサイルで迎撃できる研究がうんたら…って言ってた駄菓子屋のおばあちゃんは嘘つきだ。
まぁつまりどう足掻いても絶望ということで、それならそれでこの蘭子、考えてもどうしようもないことに関しては深く考えないのがポリシーなので……
「あと96日間、好き勝手生きてみようかなと……」
「朝っぱらからなに言ってるの蘭子、遅刻するわよ。早く食べちゃいなさい」
我が母の用意した朝餉はリブステーキだった。しかも熱々の鉄板付き…
どう足掻いてもこれを遅刻を回避する時間までに完食することは出来ないのでもう今日は学校を休もうと思います。
「お母さんこーちゃん幼稚園に預けて仕事行くから……遅刻しないように出るのよ?」
「はーい」
「おねぇちゃんばいばい」
「ばぁいばぁい♡」
今月受験を控えてはいますけど、どうせ高校進学しても地球は吹き飛ぶのでもうどうでもいいかなと……
…………ただなぁ…可愛いんだよな、高校の制服……
「まぁどの道今日は遅刻確定ですし(もぐもぐ)蘭子これからは自分の人生を生きるんだ」
今まで抑圧され、自由を押し殺し、家族の為人の為にと捧げてきた15年間…
それを取り戻す96日間……
桐屋蘭子の人生は今日から始まるの。
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『桐屋ぁ…この大事な時期になに学校サボってんだ……』
「黙れ御嶽原、女子中学生の家に電話かけてくるな。このまま110番するぞ」
『すみません病欠ですねお大事に』
この男は御嶽原。私の担任にして2組の西さんと恋愛関係にあるド畜生である。そして奴の教師人生は私が握っている。
固定電話の受話器を大外刈りで叩きつけて私はリビングに戻る。
世界一の優等生として通ってた私、平日昼間からリビングのテレビの前でポテチを貪り食うなんて初めての経験…
「この背徳感こそが生きるということか…今この瞬間から私の世界は輝き出したんだ……そうだ」
残り少ない人生だ。無為に過ごすことのないようにやりたい事を決めておかなければ…
Netflixで『ホオズキイカの目の中へ』シーズン8を視聴しつつ私はぼんやりとコラ・コーラに浸った脳みそで己の欲望に問いかける……
蘭子よ……おぬし、死ぬまでに叶えたいことを言うてみるがいい
はい蘭子様。まず焼肉が食べたいです
もっと他にあるじゃろう…
蘭子様、蘭子、牡蠣食べたいです。今まで人生で1度も食べた事がありません!生牡蠣チュルチュル…したいです!
よかろう。生牡蠣をチュルチュルするがよい…他にはないのか?
他には…………元カレに復讐したいです!
ふむ……素晴らしい。浮気男には死をプレゼントじゃ。他には?
他には…………youtuberになりたいです!
youtuberか……なるほど……悪くないわい。他には?
高村さやちゃんに会いたいです!!
それは素晴らしい。是非会うのじゃ……他は?
……いや蘭子様…蘭子そこそこ恵まれた環境で生きて来ましたのでそんないきなり言われても……
「…………………………お父さん…」
ジョエルがホオズキイカのカラストンビに食いちぎられるのを眺めながら私のセクシーリップがぽつりとこの家に居ないあの人のことを口にした……
お母さんを捨ててどこかへ行ってしまったお父さん……
今どこで何をしてるんだろう……
*******************
「おい御嶽原」
『はい…』
もうすっかり主従関係が構築済みの担任。ワンコールで電話に出る出来た舎弟だ。
「生牡蠣食べたいけどお金が無い。買って」
『生牡蠣……』
「北海道とかのブリブリのやつがいいです。家に送ってください」
『……いや自分で…………』
「お金が無いんですよ、私は。分かる?母子家庭で貧乏なの。生牡蠣?それとも今日で人生終了?どっち?」
『生牡蠣で……』
「ありがとう。せんせー大好き♡」
生牡蠣は遅くとも来週には届くでしょう。
…………ん?
この感じは………………なんだか懐かしさと超常的感覚を感じさせるこの光景は……
我が舎弟に生牡蠣を請求する目の前で見たこともない胡散臭いおばちゃんがこっちを見てる……
その視線が煙に巻かれるみたいに切れていく。薄れゆくおばちゃん……そして……
……おぬし
あ、時空さん。お久しぶりです
おぬし、わしびっくりしたわ。おぬしなんか…中々人とは違う感性を持っとるの…
なんのこと?
いや……人ってそんなカンタンに人生諦められる……?いやまぁそれはいいわい
あの時空さん。私いつの間に眠ったのか知らないけど寝る度に出てくるのやめてくださいって言ったじゃん。まだ何か用なの?私はこれから人生エンジョイするんだよ
それはおぬしの勝手じゃからええとして…おぬし、これから向かう先でさっき見せたババアの口車に乗ってはいかんぞ?
ババア?
なんか……わしを良いように使おうというけしからん魂胆が……とにかく分かったの?それだけじゃ。それだけの為に出てきた
暇なんすか?
黙れ、こう見えて忙しいわい、わしだって…まぁそれだけじゃから分かったな?では夢から醒め人生をエンジョイするがいい……
『次は〜忘ヶ崎』
「……むにゃ?」
頭からネバネバした声が離れていくのと同時に目的地を告げるアナウンスを鼓膜に感じ私は半目を開ける。
隣のおっさんの肩に頭を預けていた私は唾液の糸を引きつつおっさんから頭を起こし外を見ると、見慣れた駅のホームが視界に飛び込んできていた。
……そうだ。家に居ても暇だからと出掛けたんだった…
「……おい小娘」
「誰に口利いてんの?私、世界一の預言者だけど?」
「俺の33,000円のジャケットにヨダレがついてるんだが……」
「ご愁傷さま」
「ふざけてんのか?」
「予言します。クリーニング代は5,800円です」
殴られた。
目の前で女子中学生が殴られてるのに誰も助けない世の中はやはり吹き飛んだ方がいいのかもしれない……
なんて手加減ビンタで頬を赤くしながら(決してあのおじさんに恋慕し興奮して赤くなってる訳では無い)思いつつ私は忘ヶ崎駅に降り立った。
時代の波から半歩遅れて進む私の地元から電車で数駅の距離にあるこの街はここら辺の人口の約八割が集まる街。
リアルJCがJCするのに相応しい街である。
「さて……目的があって来たわけじゃないんだけど。折角地球が無くなるまであと少しだしね……」
何が折角なのかは知らんけど己の欲望を満たす行動をしよう。
ここら辺にはデパートとか複合施設とかレストラン街とかダンボールハウス展示場とかめぼしいスポットが沢山ある。彼女の買い物に永遠付き合える人ならただ歩いていても退屈はしないはずだ。
こうして若者の活気に紛れて歩いていると……
「むむっ!」
私の目に飛び込んできたのは超有名ブランド『ピエール・ガンバッテルマン』のブティックではないか…!
「こ、こんな寂れた田舎町にもついに『ピエール・ガンバッテルマン』が進出してきたの…っ!?」
「左様でございます」
「うわっ!?」
ショーウィンドウに並ぶ現実には存在し得ないだろう脚の長さのマネキンが着こなすアパレルの数々…
それをショーウィンドウぶち破ってトランペット強奪したいのをこらえる少年みたいな目をして見てた私に声をかけてきたのは店の前に立っていた黒服…………の店員さん。
「本日オープンでございます。よろしければご覧になりませんか?日本限定の非常に貴重な製品も多数取り扱っておりますよ」
「うぉぉ……」
『ピエール・ガンバッテルマン』は私の憧れ…いつも新作やら他ブランドとのコラボやらが出る度に生唾を垂らしながらチェックしてる。
でも……うちは母子家庭で可愛いこーちゃんが居るから……私の服代にそんな大金は使えない……
……悲しかな桐屋蘭子。
己の欲望を自覚しながら、それが実現に足るものでない事を知る。これみよがしに展示された服に提示された6桁代の数字に私の吸い込まれそうな足はピタリと止まった。
「お客様?」
「…………っ!ど…どうせ買えないのに見たって……そんなのって……余計に辛い現実を噛み締めるだけだし……」
どうせ地球吹き飛ぶし強盗でもしよーよ、なんて悪魔の囁きを往復ビンタで叩き出し、私は血が滲む程下唇を噛んで走り出す。
「ごめんなさい……っ!!」
「おっ…お客様?…お客様ぁぁっ!?」
*******************
……泣いた。
もしかしたら産まれて初めて泣いたかもしれない。とうとう最期まで『ピエール・ガンバッテルマン』を手に入れることは出来なかった…
「……もし、そこのお若いの」
「私が欲しいのはただひとつ…『ピエール・ガンバッテルマン』だぁぁぁっ!!」
「いきなり大声を出さんでください!」
……ん?
失意の中死に場所を探し駅前を彷徨っていた私に声をかけてきたのは道端に座り込む年季の入った声…
DQNの座り込みか?なんて思ってよーく見たらその人は……
「あっ!?さっき電車の夢で見た人!?」
「?」
その人は紫色の服に身を包んで、落窪んだどこか不気味な雰囲気の目を私に向けていた。例えるならエンヤ婆みたいな人だった。
目の前に置かれた白い布のかかった台に水晶玉を置いて……
この上から潰した梅干しみたいな顔は間違いない……この白髪の目立つくたびれたおばちゃんは電車の中で見た夢の中のおばちゃん…っ!
あれもやはり予知夢……
驚愕する私を他所におばちゃんは「まぁ座りなさいな」と対面に腰掛けるように促してくる。
まだ座ってもないのにおばちゃんは「お嬢さん、なにか悩みを抱えてるね。あたしには分かるよ……」と勝手に商売を始めやがった。
見たところこの人、易者みたいだ。
「あたしゃこの先の占いの館で占い師してるんだよ……よく当たるって評判なのさ。たまにこうして街に出てあんたみたいな迷える人を導いてるのさ」
「どうでもいいけどお客さんに対して「あんた」呼びはどうかと思います。私、タクシーの運ちゃんのタメ口も許せないタチなんで…」
「中々気の強いお嬢さんだ……して、なにを悩んでる?」
「占い師なら当ててみてくださいよ」
「…………本当に気の強い子だね…なにか大きな悩みを抱えてるね。泣くほどの大きな悩みだ……」
「そりゃさっき泣いてたんでね。見りゃ分かりますよね…」
「…………」
何かを堪えてる様子のおばちゃん。しかし営業スマイルを貼り付けて私の(空に等しい)財布の紐を緩めようと必死だ。
「未来が見えるとね、自分の進むべき道が見えてくるんだよ…占いはねその人の人生を豊かにしてくれるのさ。さ、何を占う?」
「……いや、私の悩みってどう足掻いても絶望なので……今更占ったところで…というかもう吹っ切れて悩んでないですし。てか、未来が見えたからこその悩みであってむしろ知らない方が良かったっていうか…」
「……何を言ってるんだい?」
「私、未来が見えるんですよ」
衝撃カミングアウトに道行くサラリーマンの1人が「え?」みたいな感じでこっち見た。そして直ぐに通り過ぎた。
真剣に語る私に対してしばし固まるおばちゃん。
「……はは、面白いこと言うねぇ」
「あなたが言うんですか?それ」
「未来視って言うのはね、長いながーい修行と勉強を--」
「いや私予知夢見れるんで。時空のおじさんが見せてくれるんで。さっきも見たし…」
「……なんだい時空のおじさんって……」
「とにかく私未来が見えるのでわざわざ占ってもらわなくても大丈夫なんで。じゃ…」
「待ちな」
まだ何か?立ち上がろうとする私の腕をしわしわの手が捕まえる。キャラ作りか…無駄に長い爪が刺さって痛い。
「本職相手にバカにしちゃいけないよ」
「してませんよ…じゃあ、さっきの予知夢を見事的中させてみましょう」
ホンモノ相手に粋がるパチモンに私が宣言しつつスマホを出すとおばちゃん「どういうことだい?」と首を傾げる。
「私さっき見た予知夢で担任の先生から生牡蠣買ってもらう言質をもらってるんです」
「早速意味がわからん……」
「それを今から的中させます」
言いながら担に……舎弟、御嶽原へコール。夢の中同様に我が舎弟はワンコール以内に電話を取る。ちゃんとおばちゃんにも聞こえるようにスピーカーに切り替えて……
「おい御嶽原」
『はい…』
「生牡蠣食べたいけどお金が無い。買って」
『生牡蠣……』
「北海道とかのブリブリのやつがいいです。家に送ってください」
『……いや自分で…………』
「お金が無いんですよ、私は。分かる?母子家庭で貧乏なの。生牡蠣?それとも今日で人生終了?どっち?」
『生牡蠣で……』
「ありがとう。せんせー大好き♡」
--プツッ
「…………ね?」
「いや、ね?じゃないわ。自分でかけてんじゃん」
「でもほら、普通担任買ってくれないでしょ?生牡蠣…」
「お前さんと担任の関係性が分からん…」
「おばちゃん、こんな詐欺まがいの商売やめた方がいいですよ?ホンモノからのアドバイス」
「喧嘩売っとる?」
「私には時空のおじさんがついてるんですって…」
額に青筋ビキビキし始めたおばちゃんに対しても“ホンモノ”桐屋蘭子は退かない。ええ、だって私ホンモノですもの?
「…………なんなんだい時空のおじさんってのは…」
「なんか全ての時空に接続出来るだか全ての時空だかの神様らしいですよ?時空さんが私に予知夢見せてくれるんですよ。つまり私、神様からのお告げを聞いてるんですよ。分かる?パチモンおばちゃん」
「時空の神とな……」
成長予定Bカップ(ギリね?ギリあるよ?なにアルか?)の胸をドンッ!と張る私をおばちゃんが怪訝そうに睨めつける。ただし、先程までの視線とは少し毛色が違う様子。
「……なんでおじさんなんだい?」
「声がおじさんだから…」
「……」
「……」
「ほんとに?」
「ホントですとも。ええ」
疑惑…だけでは無い視線を向けてくるおばちゃん。その口角がなんだか人を小馬鹿にするみたいにニヤリと吊り上がった。
「……顔から漲る自信…本気で言ってるならとんでもないお馬鹿ちゃんだけど…ホントのホンモノならただ事じゃないね」
「だからホントだって言ってんじゃん梅干しババア」
「なら証明してみせな?」
今証明したつもりですけど……
「次来るまでにまた予知夢を見てきな。それを見事的中させたら、信じてやろうじゃないかい」
「なんで次来ること確定なの……?」
「その時は「あたしゃ偽物でしたどうぞ思う存分バカにしてください」って言ってやるよ」
………………ほぅ。
「……とても魅力的…?だけどそれは難しいかな……」
「なんでだい?」
「だって時空さんがいつ出てくるか私、分からないもん」
「……」
あの人はいつもなんの前触れもなく、突然現れる。私の都合なんて関係なしに……
「……そういう人なの…」
「………………どういう人かは知らんけど…なるほどね。それなら分かった」
しかし、おばちゃんはそれでも提案を取り下げる事無くしわしわの顔を不敵に歪める。
乾ききった皮膚になんだかみずみずしさが戻ったような……そんな錯覚を覚えるくらいおばちゃんの目は活き活きしてたよ……
「あたしが時空のおじさんの召喚の方法を教えてやるさね……帰ったら実践するんだよ。いいね?」
「……………………え?私のおじさんをどうしておばちゃんが呼び出せるんですか?」
何やらメモ紙にたくさん書き綴るおばちゃん。「あんたよりあいつのこと知ってるんだよ」感出すうめぼしに対してちょっと不満を顕にする私に対しておばちゃんはマウント取りながら笑いかけてくる。
「あんたよりその神様について詳しいからさ」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!ムカつくっ!?」
地球最後の日まであと95日……