4日目 禁断の指導室
2023年1月4日……この日がやって来た。
……そう、冬休みが終わり、三学期が始まると言うのだ…
桐屋蘭子中3、登校。
--私桐屋蘭子は元旦の初夢にて地球に巨大隕石が衝突し吹き飛ぶ予知夢を見た。
愛する弟こーちゃんの未来を守るため、お姉ちゃんとして断固その未来を阻止しなければならない。
隕石到来は4月10日……
あと今日を入れて97日……
私は学校に行ってる場合じゃない。
……って今朝お母さんに訴えたら「昨日の今日で何馬鹿なこと言ってんの?」って眉間に阿部寛並の皺作りながら言われた。
桐屋蘭子、登校!!
--大津野市立檜野中学校。私の通う中学校である。
この大津野市檜野町は昔大工さんの町だったらしいです。おじいちゃんの人生8回分くらい昔から建ってるようなお寺はヒノキの木で造られることが多いらしく、ヒノキを扱う大工さんの町だから檜野町っていうんだって。知らんけど。
「蘭子おはよう、あけおめ」「蘭子昨日爆竹でやらかしたらしいじゃん?」「頭おかしいよね、あんた」
悲しかなイマドキの中学生は「あけましておめでとう」もちゃんと言えないらしい……不躾な同級生をシカトしつつ私は早足で教室へ向かう。
決して火傷のせいで貼ってる湿布が恥ずかしい訳では無い。
「……蘭子」
「陽菜…」
懐かしき教室に入ると既に登校していた我が友、美堂陽菜が死んで溶けて発酵した魚の目みたいな視線を私に向けていた。
陽菜はお行儀よく席に座れるタイプの中学生。ちゃんと両膝を合わせて手はお膝している。高校受験の面接も安心である。
「…目は覚めた?」
「私はいつも覚醒してる」
「……じゃなくて、地球滅亡の夢から醒めた?」
「陽菜、あと97日後に地球が終わる」
「……蘭子、精神科予約してるから…」
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三学期始業式。人生最後のJC生活が始まる。
そして校長先生のお話も始まる。
校長先生のお話というのは長いと相場が決まってるけど、我が校の校長先生に限ってはそんなことはない。平均2分42秒で終わる。こんな場でくらいもう少し話せって感じるくらいの物足りなさである。
そんなことはどうでもいい。
推しの校長先生も堪能したならば学校に用はない…
さて始業式というのは昼前に終わると相場が決まってるんだ。そして私にはこんな所に居る時間はない。
体育館から教室に場面は移り…ホームルームが終われば放課のチャイム。担任の号令の始まりより早く鞄を担ぎ席を立とうものなら……
「桐屋まだだ。そしてお前は少し残れ。先生と指導室だ」
「先生と指導室……っ!?」
この世にこれ程卑猥な単語…ある?
「……先生!私の純潔は奪えても心は--」
「桐屋は反省文な?はい、みんな解散」
放課の合図がひとたびかかれば生徒達は世紀末の暴徒と化す。
ヒャッハーとか言いながら凶悪なスマイルと共に教室を飛び出す暴徒の一団…こんな顔してるけどバチバチにキマりまくってる中学生達の向かう先はきっと塾とか図書館とかである。みんな受験に備えている。
そんな中、私は生徒指導室に居た…
明かりもつけない薄暗い室内…中央に並ぶパイプ椅子と折りたたみの机。それらを挟み込んで影を落とす書類棚が息苦しさを増幅させる空間。
そんな室内に佇む私の背中で扉の開く音がした。
「おう桐屋」
担任、御嶽原である。
「……っ」
「いやお前…そんな下唇噛んで嫌そうな顔して俺を見るな。何もしないから……」
「嘘だ…放課後の指導室でJCと2人きりなんて……何も無いはずがない…」
この御嶽原、前髪の後退が気になりだしてきたのを七三にして誤魔化す31歳。まだまだ盛り時の猿なのである。
「私観たもんっ!!そういうビデオ!!」
「お前は中学生のくせになにを観とるんじゃ。なんだ?先生が好きなのか?」
「そんなわけない…私、先生嫌い……」
「……おぅ。そんな面と向かって言われると先生傷つくぞ……先生桐屋になんかしたっけ?」
「私、未成年に手を出す大人、軽蔑する」
「だから何もしないって言ってるだろ?(怒)桐屋、お前いい加減に--」
「2組の原さんとお付き合いしてるの、みんな知ってるんだから…っ!!」
「お前ちょっと待て」
次の瞬間、御嶽原先生が後ろ手に扉の鍵を閉めた。
いや普通にぞっとして机の反対に逃げる私の対面に御嶽原先生…いや御嶽原が立ち塞がる。
……桐屋蘭子、生徒指導室にてかつてない危機に……
「……せ、先生…………」
「桐屋…お前そんな話をどこで…」
「待って。今のなし」
「“みんな”って言ったな……?ん?みんなってのは誰だ?言ってごらん」
「……先生…………」
「お前そんなに友達多くないだろう?そうだな…美堂あたりか?仲良いの。誰から聞いた?ん?」
「いや失礼。友達4人は居るもん…多いもん……」
真の友は1人で充分という昨今、4人も居れば多いと言っていいでしょう?
「桐屋、座って話そうか…」
「え?やだ……」
「桐屋ぁ……」
「大声出しますよっ!!」
「待て。待ってくれ…分かったから落ち着け。なぁ桐屋、本当にそれ、誰から聞いた?お前以外に誰がその話、知ってるんだ?」
「き……聞いてどうするの…っ!」
「別に…ただ少し確認したいだけなんだ。そんな根も葉もない噂を誰が流してるのか…」
「……っ根も葉もないことないもん!この前体育倉庫で2人で…………私見たし…」
そう、あれは二学期最後の日……
弟、こーちゃんが愛用してたボールが割れてしまったので代用としてドッジボール用のボールをくすね……拝借しようかと体育倉庫に忍び込もうとした時……
「もぅ…義也ってばぁ♡」
「いいだろ?しばらく会えないんだし…」
「えぇー?こんな所でぇ?」
「誰も来ないよ……」
……義也とは御嶽原の名前である。
青ざめる御嶽原。
「……お、お前…あの時体育倉庫に…」
「ご心配なく。別に写真とか撮ってないし始まる前に退散したので…」
「学校の備品盗もうとか正気か?」
そっち?
気を取り直した御嶽原、机に両手をついて俯かせていた顔を持ち上げる。ケダモノの鋭い視線が私に粘っこくこびりつく。
思わず両肩を抱き体を隠す私を前に御嶽原、低い声で何かを呟いた。
「…見たもんってことは、つまり噂の発祥は…お前?」
「いや噂じゃないじゃん……」
「で?喋ったのか?その話、知ってるみんなって誰?マジで……」
「……っ私は友達を売ったりしないもん!」
「居ないだろ」
「だから4人も居るって言ってんじゃん(怒)」
思わず声を荒らげる私に「馬鹿っ!」と慌てた様子の御嶽原。直ぐに入口を確認してから人気のないのを確認して崩れるようにパイプ椅子に落ちた。
「はぁーーーー…まさか卒業間際でバレるなんて……」
「…………先生……いや御嶽原!原さんみたいに私の事も手篭めにしようと……っ!」
「黙れ。ペチャパイに興味は無い」
不祥事がバレたからかな?生徒をぺチャパイ呼ばわり…もはやそこに教育者としての誇りもあるべき姿もない。
そして殺す。
「……桐屋、お前は誤解してるようだがな?先生と原さんはお互いに好き同士で付き「私はこれから育つんじゃっ!!死ね!このニシオアカオビサルっ!!」
しゅーーっ!!
「ぎゃっ!!お前…っ!制汗剤!?こんな時期になんで…ぎゃっ!!目に入ったぁぁっ!!」
申し訳ないけどニシオアカオビサルなんて猿は存在しない。
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--御嶽原先生、ずっと好きでした。お付き合いしてください
原
目を充血させた御嶽原が机の上にジップロックの袋ごと取り出したのはそんな1枚の手紙…
それを見た私は110番コールを思わずストップしてた。
「な?言ったろ?俺達は真剣に愛し合ってるんだ…」
「貰ったラブレターをジップロックで保存て……」
「匂いまで永久保存したいだろ?」
やはりキモイ。
いや。そんなことはどうでもいい。
「先生……いくら好き同士だからって言ってもそれは正当化の理由にならないよ」
「なんでだ!恋愛は自由だろ!?」
「生徒と教師ってどうやって親御さんに説明するの?しかも…肉体か--」
「やめろ」
例え愛し合ってようが騙されてようがこの男のやってる事は擁護できることでは無い。
まぁしかし…私を指導室に連れ込んで第2の獲物にするつもりは……ないみたい。
「なぁ、頼む…これ以上噂を広めないでくれ。俺達、本当に真剣なんだ…ちゃんと将来の事も考えてる。遊びじゃないんだっ!!卒業まであと3ヶ月…なんとか……この通りだっ!!」
教え子の前で土下座する担任……
「確かに褒められた事じゃないっ!分かってる!!だが頼むっ!!お前の言う友達にも噂を拡散しないように言ってくれないか!?」
「…………見返りは?」
ここで桐屋蘭子「分かりました。お幸せに」なんて言う程お人好しでもなければお巡りさんの所へダッシュするほど世の中を弁えてない訳でもない。
上から衰退の気配が漂う頭皮を見下ろす私へせんせ…いや御嶽原が顔を上げた。
「できる限りの事はする!約束しよう!!」
「……焼肉…………」
「ああもちろんだっ!!」
「…………内申点」
「いやそれはちょっともう手遅れ……」
「みんなーーっ!!ここにロリコンが「分かった!!できる限りなんとかするからっ!!」
……これで私の将来は安心だね♪
「それで?御嶽原。私が指導室に呼ばれた理由は?」
「……コイツ、急に態度デカくなりやがって……いやな、お前昨日いらん火遊びして警察の厄介になったろ?」
椅子に座り直し本題を切り出す御嶽原の言葉が私の痛いところを突く。
「お前もう受験まで秒読みだぞ?何してるんだよ……なんで爆竹1キロも使ったんだ?」
「いや…………ロケット作ろうと思って……」
「あとお前、なんか総理官邸に訳分からん電話かけたんだってな?」
「……ぐっ」
途端に逆転する立場。
「お前は常々人とどこか違う奴だとは思ってたけど…人に迷惑をかける奴じゃなかったじゃないか。何があったんだよ。先生に話してみろ」
「うっ!うるさいっ!!未成年に手を出しておいてなにが先生だっ!!」
「いい加減にしろ」
…よく分からないんだけど地球の未来の為に頑張った私がなんでこんな言われ方するのかな?
この桐屋蘭子、なにも恥じることはしてない。母にも、お天道様にも……
少なくとも未成年と肉体関係を持つ男に比べれば……
「先生に話してみろ…高校入試でナイーブになってるんじゃないのか?」
「……」
「先生は力になるぞ?」
黙れ。今更いい人感出しても遅い。
「……実は」
「うん」
「元旦の初夢で予知夢見て……」
「うん?」
「地球が4月10日に隕石衝突で滅亡するんですよ……」
「……」
「ので……ロケットで迎撃しようと思って爆竹使いました……」
「先生は真面目に聞いてるんだぞ?」
「私は真面目だよォっ!!」
さっきまで受け入れ態勢万端だったくせに途端にシラケた顔で手のひらを返しやがる御嶽原の反応に私、今まで積りに積もってたものが爆発。
「誰も信じてくれないんだっ!!でも私見たもんっ!!メタモンじゃない!見たもんっ!!」
「……桐屋?」
「私の予知夢は当たるんだからっ!!時空のおじさんが見せてくれてんだからっ!!」
「お、落ち着「落ち着いていられるかぁ!!地球の最後を知ってるのは私だけなんだっ!!私の両肩に地球の全てがかかってるんだっ!!なのに……なのに私一人の力じゃ…」
「………………」
胸中埋めつくしていたモヤモヤが言葉と共に吐き出され、自然と体が震える。机に突っ伏し私は……
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
叫んでた。蘭子は人前では泣かない。
「おいよせ、事件性のある悲鳴をあげるんじゃない!こんな密室で!!」
「信じてくれたっていいじゃんかよォっ!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「分かった!桐屋…桐屋っ!しっかりしろ!!おいっ!!」
狂ったように……それこそ大谷翔平が2桁勝利、2桁本塁打を達成した時並に絶叫してたら御嶽原が私の両肩を上から強く掴んできたんだ。密室で……
「いややめて触らないで」
「急にスンッ( ˙꒳˙ )ってなるな!傷つくだろ…」
椅子を引いて距離を取る私に対して御嶽原「落ち着け、お前の話はよく分かったから…」と諭すように語りかける。
未成年に手を出した色狂い教師…その姿はなりを潜めて今は真っ直ぐ1人の教師として私を見てる。
決して私の身体を品定めしてる訳では無い。1人の教育者が、大きな苦悩を抱えた教え子と真摯に向き合おうとしてるのだ……
そこには未成年の肉体に欲情する変態の姿はなかった。
「……御嶽原…………いや、先生…私の話、信じてくれるの……?」
「……」
先生の表情が柔らかくなる。
「………………私と一緒に地球、救ってくれるの?」
「………………桐屋」
………………嗚呼、先生…
私はようやく理解者を…………
「……先生と病院行くか」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
地球最後の日まであと、96日……