2日目 誰も信じてくれないんですけど
--仮に直径10キロメートルクラスの隕石が地球に衝突した場合、その威力はTNT10兆トンにも匹敵し、地球上の7割以上の生命体は絶滅するとされている。尚、直径10キロメートル級の隕石の衝突は1億年に1度程度の頻度だとされている。
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「おねぇちゃんうるさい」
桐屋蘭子15歳。突如として1億年に1度の危機を未来予知してしまったもうすぐ高校生(予定)
2023年4月10日、地球に未確認天体(直径10キロメートル)が衝突するらしい。すなわち、地球最後の日……
現在2023年1月2日、それを昨日予知夢で見てしまった私に残された猶予は残り99日……
ちなみに昨日は予知夢を見て地球滅亡を半分確信してから天ぷら食って寝た。康太こと完璧で究極な弟こーちゃんの抱き心地は相変わらず最高だった。
桐屋蘭子はこーちゃんを抱きしめないと寝れないのだ。
そんな話は今はいい。
「なんということだ……」
直径10キロメートルの隕石とは恐竜絶滅クラスらしく、衝突すればモーレツな破壊と共に大量の粉塵が空に撒き上がり太陽光を遮り植物は育たず生命は死に絶える。すなわち地球は終わる。
「…………今からゴキブリに転生できないかな…」
「ごきぶり?」
膝の上に抱えたこーちゃんを抱きしめ震える15歳。唐突に告げられた人生最後までのカウントダウン……この現実、受け止め悟りを開くには桐屋蘭子、若すぎた。
「……な、なんとかしなきゃ……」
私がこの予知夢を全ての次元を司るらしい時空のおっさんから見せてもらったのは、リアル・ノアの方舟的に私がこの星を救うに相応しい勇者であるというお告げに違いない……
私はそう受け取った。
「…………地球の危機は誰に伝えればいいのかな?こーちゃん」
「き〇だ!」
き〇だが誰かは知らんが……とりあえずこれは世界規模で対策しなければいけない問題だ。
……………………いや待て。
内閣府にコール寸前で私はスマホを弄る指を止めた。
確かに私は予知夢を見た……
しかし、昨日見たこーちゃんが天ぷら油をひっくり返しかける夢は本当に予知夢だったの?
偶然……とは思えない自分がいるけど、仮に、仮によ?あの天ぷらの夢が予知夢だったとして地球滅亡の初夢も本当に予知夢だと…………
言い切れるか?
私、これで電話かけて99日後に地球存続してたら迷惑行為防止条例違反とかで逮捕されない?
「どうした?おねぇちゃん」
「…………考えすぎかもしれない。確かに昨日の昼寝で見た夢は予知夢だったかもしれない……けど、同じおじさんが出てきただけで地球滅亡も予知夢とは限らない。そもそも、1億年に1度の大イベントを私の代で引くなんて都合が良すぎる話じゃあないか……」
「んだ」
……きっと考えすぎよ。蘭子。落ち着いて考えて?この蘭子に予知夢を見るような能力がある?宜保愛子に謝れ。ボケ。
「……ごめんねこーちゃん、お姉ちゃん新年早々とち狂ってたかもしれない」
「?」
「お正月だもんね、こんな不安な気持ちになってたらいけない。寝よう」
「うん。おかあさん!おねぇちゃんねんねだからおこしたらだめよ?」
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……貴様…
……ああ、またあの声だ。いい加減にしてもらっていいですか?
……小娘、昨日の予知夢を見てもまだ信じぬというのか?
こんちには時空さん。あの、昼寝の度に出てくるのやめてもらっていいですか?お正月は寝正月、怠惰に溺れるが新年の作法。もしかして私、惰眠に落ちる度におじさんと話さなきゃならないんですか?いやです、そんなお正月
黙れ、おぬし一体どうやったら信じるんじゃ。わしの努力を尽く無駄にしおって……どんだけ強情じゃ。そういう体験したら「え?もしかして私、霊能力的な力がある!?」って夢を見るのが人情じゃろ?
いやいや時空のおじいさん…私あなたに騙されて危うく内閣府にTELしかけたんですけどね?そんなね?たまたま1回夢と現実がリンクしたくらいで予知夢だーなんて信じる程今時の子は純粋じゃないんで。さよなら
あのタイミングであの夢を見てもまだ……おぬしの強情さにはため息も出らんわい…全く…どうしたら信じるというのじゃ。おぬしの見た初夢は未来の光景だと言うのに…
信じるもなにも……偶然だし……
夢の中で3回も同じおじいさんと会話しとる時点でおかしいと思わんかい。ラブコメの主人公並に鈍いの貴様…
時空さんはあの……海外とかで有名な夢の中に出てくる眉毛繋がったあのおじさん的な人だと思ってるんで……
This Man信じてなんで予知夢信じんのじゃ……仕方ない……もう一度だけ未来を見せてやるわい。そしたら信じるな?
…………はぁ。またですか?
刮目して見よ…
ああまたこの夢かぁ…って思いながら暗闇の中で漂ってたらまたしても暗闇の1箇所がぼんやり光に照らされるみたいに明るくなっていく…
その先に映っていたのは相変わらず画質の荒い…いや、霞かかった映像…
……あれは、陽菜?
見せられる映像の中には私の友人、美堂陽菜の死人のような面が…しかも、制服と中学の体育着のジャージ以外着るものを所持していないはずの陽菜があろうことか晴れ着姿で見慣れた玄関先……家の前に立ってた。
そんな光景……
しかもだ、腐り溶けかけたような目をした陽菜が懐からキムチ鍋のスープの素を取り出してお母さんに手渡している……
馬鹿な……ありえない。私は一笑に付す。
出不精な陽菜が正月に(いつの未来か知らんけど)家に尋ねてくるはずないし、晴れ着なんて着ないし他人の家に来るのに土産を持参するわけない。
これこそ夢……
これが現実になったと言うなら私は神も仏もThis Manも信じよう……
そう……これが正夢になれば…………
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「ご無沙汰してますお母さん。あけましておめでとうございます」
「あら……えっと……どなたでしたかしら?」
「美堂です。蘭子さんの強敵の…」
なんてこった……
階段から覗く玄関先の光景に私はこーちゃんをホールドしたまま愕然としてた。そこには死んで溶けた魚の目玉みたいな友人が晴れ着着て立ってたんだから……
「これ、キムチ鍋のスープ…つまらないものですけど……」
「あらあら、本当につまら…………いえ、ありがとう。蘭子ぉー…ってあら?」
こーちゃんを抱き抱えたまま1階まで降りてきた私と陽菜の視線がぶつかる。北斗龍撃虎と南斗虎破龍で向かい合うケンシロウとレイみたいに……
「あけましておめでとう、蘭子……」
「生きてたのね……陽菜……」
「蘭子……見て……」
私の前で晴れ着の袖をフルフルする陽菜がレイプ目を斜め下に向けてこの世の終わりみたいな顔をする。煌びやかな和装とお姫様カットの黒髪ロング……可憐さの全てをぶち壊す死んだ目と沈んだ声……
「私……汚されちゃった…………」
「あけましておめでとう」
なんて言ってる場合じゃねーんだ。
私の自室に上がり込んだ陽菜はその膝に完璧で究極の弟を乗せ、「正月くらい家から出ろってお父さんとお母さんから追い出されちゃった……」と事の顛末を語る。
が、今はそんなことをしてる場合ではない。
家と同化したと評判の引きこもり陽菜がこともあろうに晴れ着なんか着て我が家に訪れるなんて……これはもう信じる他ないのか…?
「じゃあ……私の見た夢は…………」
「夢……?こーちゃん君が私の髪の毛食べてるけど……そういえば初夢なに見た?私はね…………茄子に乗って天皇賞出る夢」
「地球滅亡の夢」
私は目の前の友人にも勝るとも劣らない光のない瞳でこーちゃんを賞味期限切れの茄子から奪い返し項垂れる……
「おねぇちゃん、げんきない?」
「……どうした?蘭子……?この世の終わりを目の前にしたみたいな顔して……」
「この世の終わりを目の前にしてるんだよ……大変だ……このままじゃ……こーちゃんのランドセル姿が見れない……」
「?」「?」
そうよ……
地球に隕石なんて落ちたらこーちゃんの生きる未来が吹き飛ぶじゃん。姉としてそんなこと、断固として許容できません。
蘭子はやる……
地球の未来は私にかかってるんだ……っ!!
「こうしちゃいられねーぜ」
「蘭子……初詣に行こう……私は人混み嫌だから…蘭子ビデオ通話しながらお参りしてきて……私、ここで初詣気分味わうから…」
「黙れしなびた茄子、そんなことしてる場合じゃないんだよ!」
「……?蘭子?どこに電話かけてるの?」
「日本政府」
ぎょっとする陽菜の前で私は『政府 電話』で出てきた番号にコール。
とにかく一刻も早くこの危機を知らせなければならない……私の両肩には地球の未来がかかってるんだから……!
「……蘭子?どうしたって言うの……?官邸に宣戦布告でもするつもりなの……?範馬勇次郎なの……?」
「おねぇちゃん?」
プルルルルルルップルルルルルルッ
『こちら総務省行政相談受け付けてるぞセンター窓口でございます。正月に電話かけてくる常識知らずの御用の野郎はピーとなりやがりましたら--』
「…………」
「……ら、蘭子…?」
「おねぇちゃん……おかおのほりがふかくなってるね」
総務省行政相談受け付けてるぞセンター窓口。年末年始はお休みみたいです……
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「ビクッ」「ビクッ」
窓口のピーに渾身の悲鳴を残しておいた。
「こ、こうなったら総理官邸に直接かけてやる…!」
「お、落ち着きなよ蘭子……!新年早々頭がチゲ鍋になったの……?」
『総理官邸 電話番号』って調べたら出てきた。かける。
事は一刻を争うから。
プルルルルルルップルルルルルルッガチャッ
『はい、こちら内か--』
「ワンコールで出らんかいっ!!こちら緊急事態です!!」
お正月でもき〇だ内閣は通常運転らしい。
『どちら様ですか?』
「どちらもこちらもないでしょ!?あと99日後に地球に巨大隕石が激突するんだよ!!」
『は?』
「私夢で見たんです!!予知夢見たんです!!いいから総理大臣出せ!!」
『……』
「ねぇ!?聞いてる!?あと99日で地球最後の「ららら!蘭子!?流石にまずいですよ!頭にゴキブリでも湧いた!?」
あ……切れた…………
「ふざけんなバカヤローーっ!!」
「お前がふざけんな蘭子、何してくれてんの!?」
陽菜が私のスマホを奪い取り溶けかけの目ん玉ひん剥いて声を荒らげてる。やめて欲しい。大声出したらこーちゃん怖がるじゃん……
「おねぇちゃん……こわい……」
違った。私が怖かった。
「ごめんねぇこーちゃん!大丈夫だよ!お姉ちゃんが地球を守るからね!」
「蘭子……さっきから何言ってるの……?世紀末みたいな頭してたけどそこまでとち狂ってはいなかったじゃん……」
「くそぅ!!どうして分かってくれないの!!地球に隕石が衝突するのよ!!」
「ちきゅーにしょーとつ?」
「こーちゃん君……お姉ちゃん頭でも打った?」
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このトンチンカンに事の重大さを一から説明してる暇はないけどさっきみたいに邪魔をされても面倒なので私は予知夢の話を陽菜にした。
「…………いや、頭打った?」
そのリアクションがこれ。
「舐めてんの?陽菜の人生も終わるんですけど?」
「いや……頭打った?」
頭打ってんのはお前だろーが予知夢で見たっつってんだろ?
美堂陽菜…地球滅亡を阻止しようとしたのを阻止した大罪人…人類の敵。でもこの悪逆非道の魚の死体を警察に突き出す前にすることがある。
「次邪魔したら殺す。日本政府がダメならNASAだ…NASAに電話しよう……」
「……蘭子」
「おねぇちゃん……」
こーちゃん、そんな不安そうな顔しなくて大丈夫。お姉ちゃんがついてる。
NASA 電話番号 検索。
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが世界を救ってあげるからね……ふひっ…ふひひっ」
「蘭子……」
「おねぇちゃん……?」
…………待って。
国際電話っていくら?高いのかな?
高かったらどうしよう…30秒3万くらい取られたら…………
「…………電話はダメだ。NASAのホームページのお問い合わせフォームに書き込もう」
「蘭子っ……」
「おねぇちゃん…………」
NASA ホームページ
「お姉ちゃんが世界の救世主……ひひひひひ…ひひ…ひ?」
……………………やべえ。
NASAのホームページは英語だらけだった。桐屋蘭子、未知の言語体系の羅列に硬直。恐ろしいことに蘭子中3、蘭子の読める単語がひとつもなかった……
--この時桐屋蘭子は『日本語翻訳』という機能があるのを知らなかった。それを知るのはずっと先のお話……
「………………『宇宙研究所 日本 検索』っと…」
「らぁぁぁんこっ!!」
「おねぇちゃんっ!!」
日本政府もNASAもダメなら宇宙を研究してるどっかしかない。検索をかけたら『宇宙万理研究会』なるホームページが出てきた。
なんか胡散臭いページだけど宇宙を研究してるなら私の訴えを受けてきっとNASAとか国連とかに訴えてくれる。だって地球に隕石落ちるんだもん。
ホームページに電話番号が載ってたから、電話してみる。
プルルルルルルップルルルルルルッ
「……らぁんこぉぉぉぉぉ……」
「おねぇちゃぁぁん…びぇぇぇん……」
『お電話ありがとうございます。宇宙万理研究会でございます。ご入会ですか?それともご入会ですか?』
「あの私、予知夢で地球に巨大隕石落ちて地球が吹き飛ぶのを知りまして……何とかしてください」
『あなたは今幸せは足りてますか?』
「地球があと99日で吹き飛ぶんです」
『我々宇宙万理研究会は、宇宙の真理を追求し、宇宙のパワーをその身に宿すことで、この世の理全てを知り、今世も来世も前世も幸せになるお手伝いをしております。あなたは宇宙に秘められた無限のパワーをご存知ですか?』
「宇宙から隕石来るんです」
『宇宙とは、時空も時間も確定申告も超越した空間です』
「聞いてます?」
『ので、宇宙を知れば幸せになる。宇宙に行けば幸せになる。宇宙に行けば確定申告もしなくてよくなるんです。お分かりですか?』
「違うんです地球が『あなたは今、確定申告でお悩みですね?皆まで言わなくても分かります。私達にお任せ下さい。母なる宇宙はあなたの悩みもきっと--』
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「らぁんこぉぉぉぉぉぉーーーーっ!?」
「おねぇちゃぁぁぁぁぁぁんっ!!」
世界の命運を託された中3、桐屋蘭子。
母なる宇宙から隕石が飛んでくるまで、あと98日……