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1日目 地球が吹き飛ぶまであと100日

「--うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 目の前の光景が暗転したと同時に私は布団を蹴り飛ばして跳ね起きてた…


 デジタル時計の示す時刻は朝の8時半……開けっ放しのカーテンから差し込む新年1発目の日差しは分からないくらい薄いながらもピンクピンクしたぬいぐるみ達の鎮座するベッドに落ちていた。

 時計の日付が新年を報せ、そして私の背中はぐっしょりと真冬とは思えないくらい濡れている……


 ……あぁ、まるで真夏の夜タイマー機能で切れたエアコンを「もっかいつけようかな?どうしようかなぁ〜」って悩んでる間にかく汗のような--


「おねぇちゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」


 ノックという概念をまだ知らない4歳の弟が姉の寵愛を求めて我が居城へ進行してくる。


「こーちゃん♡」


 ベッドの上の私に向かってよちよちとよじ登ってくるこの天使は康太こうた

 至高にして究極…完璧で究極で絶対。今究極って2回言ったくらいにお可愛い事な我が弟…私は今年高校生になる(予定)の歳だけど歳の離れた弟とはかくも可愛いものか?


「おねえちゃん」

「こーちゃん。おはよう。そして今日はなんて言うんだっけ?」

「おはよ」

「あけましておめでとうだよ」

「あけあしておえてと」


 偉大な姉の手によって小学校入学前から英才教育を施していく。周りと差をつけるのだ。


 …………おっと。


 あけましておめでとうということはここでこーちゃんと共にベッドに住民票を移す段取りをしてる暇は無い。

 1年に1度しか訪れない(当たり前)、今日は元旦。またの名を1月1日。


「お年玉を略奪せねば……」

「おとしだま?」


 まだまだ軽い我が弟を抱きかかえリムジンからレッドカーペットに降り立つハリウッド女優かの如きスマートさでベッドから降り、家族の待っているであろう1階リビングへ……


 弟の相変わらずの可愛さと1年で最大のシノギを前に私は先程の初夢など記憶の彼方へ吹き飛ばし…………



 --私、桐屋蘭子きりやらんこの100日が始まる。


 *******************


「かあさん。おねちゃんおっきした」

「あけましておめでとうお母さん。守り代ちょうだい」

「朝から馬鹿言ってんじゃないよ」


 15歳中3の蘭子と4歳のこーちゃん、キャリアウーマン38歳の志乃しの、蒸発した父。これが桐屋家の家族構成になる。


 4年前、こーちゃんが産まれるまでは我が家にも父がおり、正月になればこの家にも親戚が集まってきたり来なかったりしたものだけど父が別の乳に浮気したのを境になんだか気まずくて親戚付き合いも希薄になってしまった…

 これも母、志乃の幸薄…乳薄さのせいである。


「なぁに蘭子、朝から汗びしょびしょで…」

「いや、なんか変な夢見てさ?あれ……なんだっけ……」

「怖い夢でも見たのー?」

「おねちゃん、こわいこわい?」


 はて……何か大切なことを忘れているような気が……


「はい、お年玉」

「ありがと」

「母さん!4歳と15歳が同じ額ってのはどういうことよ!?」



 --私は信心深いので初詣もちゃんとこなせる。そして高校受験は目前。なんの取り柄もない私みたいな人間に推薦なんてあるはずもなく、独力で未来への切符を勝ち取るしかない。


 桐屋蘭子、神を前に必死に祈る。


「蘭子……女はね、1人でも生きていける強さが必要だからね…」

「男に捨てられた女が言うと説得力が違うね」


 学友からクソダサヘアピンと呼称されるトレードマークのヘアピンに挟まれた前髪を揺らす冬の風と母の冷たい視線……私のヘアピンはダサくても、母のようにダサい生き様を晒す女にはなるまい…ので、ヘアスタイルはカッコイイと評判のウルフカットである。まずは見た目から入る。


「大丈夫だよお母さん…私、男を見る目は間違いない」

「中2の時彼氏に浮気されて別れたわよね?あんた……」

「こーちゃん。神様に手パンパンして」

「ぱんぱん」


 お年玉は高校受験の願掛けで消し飛んだ。



「おねえちゃん、うらやまいく」

「裏山?お母さんの体力が続けば、いいよ」

「黙れ、母はそこまで老いてない」


 神社の石階段を上手に降りきったこーちゃんがどんぐりの帽子みたいな髪の毛をゆらゆらさせながら懇願する。母の許可も下りたので新年早々登山をするはめに……


 裏山とは子供達の遊び場として近年熱いスポットであるこの神社の裏にある山である。山と言っても人が遭難する類の山では無い。ちょっとした高台、くらいの山である。


 子供にも優しい階段がちゃんとてっぺんまで続いているので、お利口さんなこーちゃんは自分の足で頂きを目指す。私とこーちゃんに遅れてお母さんが「はぁ……はぁ……」と階段を一段一段踏みしめていた。


「こーちゃん、大人になるっていうのはね?こうやって一歩一歩を踏みしめてその歩みを意味あるものにしながらなっていくんだよ?何となく大人になってしまうと大人になってから苦労するからね」

「うん」

「お母さんみたいにね」

「苦労させてんのは…あんたらでしょ……」


 この裏山…もとい高台公園の頂上はこのレトロな田舎町を一望できるスポット。

 夏祭りなんかの時はここまで花火を見に来る。私のお気に入りのスポットでもある。


 真冬の澄んだ空の下に広がる街並みは遥か遠くの隣町まで見渡せそう。立ち並ぶ家々に新年の明かりが灯り新しい1年が動き出している。


「おかあさん、だんごむし」

「まぁこの寒いのに逞しいこと…こーちゃんもこのダンゴムシを見習うのよ?」


 私の家族はみんな変わってるので母なんかは弟にダンゴムシのようになれと教育したりする。


 土と戯れる弟と見守る母をよそに私の住む町を見下ろしていたら、不意に記憶に重なる何かを覚える。



 …………あれ?なんかこの景色…最近見た?



 最近裏山に来た覚えはないんだけど…

 まぁでも、お気に入りスポットから望む景色、記憶に染み付いていても不思議では無い。ので、覚えがあって当然。


「あ、ひこうきぐも」


 こーちゃんがしゃがんだままそう言って空を指さす。


 小さな指先が示す方向には新年早々ご苦労なこったの飛行機のパイロットが鉄の鳥を飛ばしてるのを遠くに見ることができた。


 白い尾を引く小さな影が空を泳ぐ光景に、私はやっぱりなんか違和感を感じて首を傾げていた。


 *******************


 …これ、おぬし



 ……?

 んん?どっかで聞き覚えがある声が……



 ……わしじゃ



 そ、その声は…確か……



 そう、全ての時空を司る神、ヨ--



 時空さん……?



 ………………



 思い出した…確か今朝の夢に出てきたふざけたおじいさん…の声だ



 ふざけたおじいさんとは不遜な……貴様、今朝折角わしが見せてやった夢を忘れておったな?ふざけおって…



 ……夢?



 貴様に未来の光景を見せてやったであろう。あんな夢、普通忘れんわ。この馬鹿者が…わしがなんの為に…



 ……ああ、地球最後の日のやつ?



 思い出したか…それじゃ…



 思い出しました…あっ!今日高村さやちゃん見てないじゃん!!やばっ!!



 おぬしの危機感のなさの方がやばいわ…おぬし本当に思い出したんか



 いや…危機感て……



 あれは実際に訪れる未来の話じゃと言うたであろうが……



 夢だし……てか、これも夢?



 然り…おぬしにあまりにも危機感がなかったのでこうして昼寝中にお邪魔したのじゃ



 ご苦労さまです。もう大丈夫なので帰ってもらっていいですか?



 時空の狭間に閉じ込めるぞおぬし



 パルキアかよ…



 いいのかおぬし…そんなんで…もう時間がないぞ…?



 まぁ…いいんじゃないですか?



 おぬしさては…あの正夢を信じておらんな?全く…おぬしら人間にもわかりやすいように夢の中という形で教えてやったというのに…未だかつておらんぞ?神のお告げをこんなに軽く捉える不届き者は…



 なんかすみません…でも時空さんは私の夢の中の存在なので……つまり=私。え?やだなそれはそれで…



 ここまでしてやってなんで信じんのじゃ…仕方ない、特別出血大サービスじゃ。今から見せる光景をよく覚えておくのじゃぞ?ええか?決して忘れるでないぞ?



 え?なんですか?まだ何か?



 やかましい。刮目して見よ




 ……そういえば夢を見てるにしては目の前が真っ暗だなぁ…なんて思ってたんです。

 そしたらぼんやりと目の前の暗闇に光が灯ったみたいに白いスクリーンみたいのが浮かんできた。


 若干画質が荒…いや霞んでるその白いスクリーンの先の光景は見慣れた我が家のキッチン。

 キッチンに立ったエプロン姿のお母さんの後ろ姿は見慣れた日常の一コマ。そこに興味津々に寄っていくこーちゃんまでセットで。


 キッチンのコンロの上には何やらゴワゴワ油が荒ぶる鍋が置かれてて、包丁を振り回すお母さんは海老やら帆立やらを切り刻んでる。


 …………これは……天ぷら?


 我が母志乃の天ぷらクッキングショー…

 しかし、その台所の日常に降りかかる悲劇。


 ダイニングからうんしょうんしょと椅子を引っ張ってきたこーちゃんが海鮮を切り刻むのに夢中のお母さんの目を盗んで煮えたぎる油が並々入った鍋へ手を--



 危ないっ!!


 *******************


「危ないっ!!」

「なにがー?」


 ソファの上で打ち上げられた魚みたいに跳ね起きた私に遠くからお母さんの呑気な声が返ってくる。


 …………ああ、そうか私こーちゃんとリビングで昼寝………………


「あれ?こーちゃん?」


 再び寝汗に濡れた背中の不快感もそこそこに私は抱きしめて眠っていたはずの愛しで完璧で究極な弟の姿がないことに気づく。

 もうひとつ……


 じゅわわわわわわわーーーごわごわー


 何もしないが作法のお正月にキッチンから油が弾けるような音が……


「蘭子ー、起きたん?こーちゃんの事見ててくれない?」

「おおおお母さん、いや母上。キッチンで何を……?」

「は?天ぷら作ってんの……こーちゃん危ないからね」


 何故新年早々天ぷら!?

 キッチンから響くのは呑気な母の声とこーちゃんの落ち着きのない足音……そして熱々であろう天ぷら油の弾ける音……


 先刻見た夢の光景がフラッシュバックして私は転がりながらキッチンに駆け込む。

 その先に広がる光景はまさに夢の中で見た霞んだ光景と幽体離脱前のザ・たっち並に重なって--



 まな板の上の魚介に夢中の母の目を盗んで無邪気に椅子の上に立ち天ぷら油の入った鍋に手を伸ばすこーちゃんが--


「危ないっ!!」





「--あ、ありのまま今起こったことを話すぜ…!」

「良かったぁ火傷しなくて……蘭子もこーちゃんも大丈夫よね?」

「あぶなぁい」

「おれはさっき昼寝でこーちゃんが火傷するのを夢で見たと思ったらほんとに火傷しそうになってた…な…何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだった… 催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ… もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ… 」

「おねぇちゃん?」

「どうしたの蘭子……頭でも火傷した?」


 …………今のは本当に正夢だった?

 こーちゃんが鍋をひっくり返しかけたその光景は現実と夢で完璧にリンクしてた…信じられないけど私はさっき、たった今起ころうとした光景を予知夢として見たんだ……


 ……あの、時空のおじさんが見せてくれた夢……


 ………………え?てことは?


「まさか……」

「?蘭子?どうしたの急に顔の堀深くなっちゃって……」

「おねぇちゃん…おかおがこわれてる…」


 まさか今朝見た初夢のあの……「地球最後の日」の光景は………………


「…………まぢで予知夢?」




 あまりの事態に脳の処理が追いつかず、自分自身信じられない混乱の中ブリッジしながら2階への階段を駆け上がり自室へ転がり込む。


 今朝の寝汗を吸ったベッドの上に腰を下ろしてノートパソコンを開きながら、オカルト系の掲示板とか霊能力者の記事とかを読み漁る。


「…某旅客機墜落事故の時、前日の夜に飛行機が墜落する夢を見たから搭乗をキャンセルしたところ、実際に事故が……おぉ……」


 調べたら沢山そんな話が……予知夢ってのは実在するのか?

 いや、実際今見たし……


「これは……えらいこっちゃだ…………」


 私の見た夢が本当に、ほんとうに予知夢的なものだとしたら……地球に隕石が…………


 夢を見た時みたいに背中にじんわりと汗が滲む。非現実的だと理解してても、自分で体験した事なだけに偶然でしょと笑い飛ばせない。

 それくらいさっき見たこーちゃんの火傷の予知夢は現実と全く同じ光景だったから……


「…………あの夢、日付言ってた……」


 思わずブリッジが止まらない中、私は夢の内容を懸命に辿る。

 夢の中でまで麗しい高村さやちゃんが記憶の中に深刻そうな表情引っ提げて降臨された。

 ああ、予知夢の記憶の中ですら美しい……



『本日令和5年4月10日午後8時、問題の未確認天体が地球に衝突するとみられるとNASAから…うんたらかんたら……………………』



 ……って言ってた。うん。


「今年の……4月10日……」


 覚えやすい日付なのもあって直ぐに弾き出される終末の日。私はデジタル時計の日付と記憶の中の数字とを交互に比べ……再びパソコンに向かった。


 日付を入力したらその日付までの日数を数えてくれるサイトがある。インターネットって便利。


 そろそろブリッジがしんどくなりながらも私はパソコンに問題の日付を入力して、終末までのカウントダウンを弾き出した(パソコンが)…


 現在2023年1月1日。2023年4月10日まであと……


「…………100日」


 地球最後の日まであと、99日。

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