あおとえんぴつのえんちゃん
忘れたっていいんだ。
覚えててくれたら嬉しいけど、でも覚えていなくたっていいんだ。
ぼんやりと。
輪郭は曖昧になったって、なんとなく、心の中にあったかいのが残って、人に何かを伝えるのって楽しいなって。好きだなって。その気持ちが心を耕すエネルギーになればいいな。
誰がって思い出せなくても誰かと一緒に笑ったんだって、そのことが、歩む力になるといいな。
◇
「あーお。はい、これ」
「わあ! パパありがとう!」
「うん。楽しんでな」
ぼくはあお。5さい。きょうからぞうぐみ。
パパとママがえんぴつくれた。あおいえんぴつ。ぼくのえんぴつ。えへへ、よろしくね。
「ああ、よろしく!」
「ええ!」
「喋れるさ」
「なんで?」
「あおが喋りたそうだったから」
「なるほど」
◇
えんちゃんとのとっくんがはじまった。
「『あ』むずかしいなあ」
「『く』とか『つ』はどうだ? 書きやすそうなとこから楽しめよ!」
「うん!」
◇
「かたちがわるい」
「いいじゃねーか」
「どこが」
「生きてるって感じだ」
「もっとうまくかきたいんだもん」
「いつまでも付き合ってやるよ。俺がちっさくなって書けなくなるまでな」
はるもなつもあきも、ぼくはえんちゃんとあそんだ。
サンタさんへのてがみはいっしょになんどもかきなおした。
◇
「はい! えんちゃんのベッド!」
「サンタさんにもらった筆箱か! かっこいいな!」
「うん!」
「嬉しいよ。でも、もうすぐ俺、消えるかも」
「なんで!」
「ずいぶんちっさくなった」
「かけなくなっても、ずっとともだちだよ!」
◇
ぼくはえんちゃんとてがみをかいた。
ゆっくり、ていねいに。
いままででいちばんきれいなもじで。
『
えんちゃんへ
ありがとう
あお
』
「ありがとう、あお。一緒に遊べて楽しかったぜ」
「うん。大好きだよ、えんちゃん」
◇
そのよる、ぼくは、ゆめのとちゅうでパパとママがやさしくはなすこえをきいた。
「あおにあげたかったんだ」
「えんぴつ?」
「うん。もう忘れちゃってるんだけど、ぼんやり残ってるんだ。僕、手紙書くの好きだろう?」
「嬉しいから大事にとってある」
「ありがと。そういう、人に何かを伝えること、自分が好きなのは、なんとなく最初にもらったえんぴつと仲良かったからな気がしてるんだ」
「へえ」
「君は覚えてる? 最初にもらったえんぴつのこと」
「ううん。忘れちゃった。でも、なんとなくわかる気がする。忘れちゃったけど、きっとあったかいものだった」
「うん。僕も、そんな気がするんだ」
お読みいただきありがとうございました。
ふんわりと、懐かしい匂いが優しくあたためてくれると嬉しいなと思って書きました。
思い出した方も、忘れた方も、思い出しても寒いままの方も、いっとき、布団の中にいるような安らぎに包まれますように。
寒くなってまいりましたので、どうぞお体大切に、あたたかくお過ごしください。