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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第一章 図書館慕情
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図書館慕情 ⑦

 少年は日が沈みきるまで、目の前に広がる景色に見入っていて、辺りが暗くなったことで息をすることを思い出したかのように大きく息を吐いた。

 その横顔を取りだしたランプをともしながら見ていると、突然少年が焦った表情でこちらに向き直ってきた。


「どうしたのかしら?」

「えっと……すいません、魔女様。ここに来た用事を忘れていました……」

「用事って?」

「あの、館長が魔女様を探して、呼んで来てくれと頼まれまして……」

「そう、たしかに聞いたわ。ありがとう」


 私の返事を聞くやいなや、少年は急いで階段を降りて帰ろうとするので、「ちょっと待ちなさいな」と呼び止める。少年は呼び止められた理由が分からないようで、困惑の表情を浮かべる。


「こっちから一緒に下りない?」


 そう鐘楼の外の宙空を指し示す。少年は「ど、どういうことでしょうか?」とこちらに近づいてきたので、ホウキを取り出し、少年に乗るように促した。少年は困ったような表情のまま言われるがまま、ホウキの先端近くにまたがった。


「しっかり掴まってなさいよ? じゃあ、行くわよ」


 そう声を掛け、少年の返事を待たずに鐘楼から外へと飛び出した。空中での一瞬の静止の後、重力にしたがって真っ逆さまに地面に向かって降下を始める。

 その慣れない感覚に少年は情けない叫び声をあげるが、降下の速度をゆるめると、今度は「すごい! 空を飛んでる!」と感動の声に変わる。その初々しい反応が面白く、サービス精神を込めてゆっくりと地上に舞い降りた。

 それでも地面までは一瞬で、少年は地面に足をついてホウキから降りると物足りなさそうな表情を浮かべる。


「あなた、魔法に興味あるのかしら?」

「はい!」


 顔を上げた少年の表情は輝きを取り戻す。


「今まででこんなにも胸が高鳴る思いをしたのは、この図書館に初めて足を踏み入れたとき以来です!」


 それが少年にとっての最大の賛辞の言葉なのだろうことは理解できた。だからこそ、「それはよかったわ」と答えると、少年の目の輝きはいっそう強くなったように思えた。

 図書館の中に戻り、少年と別れ、館長室へ。

 部屋の中に入ると、エーレンツは顔を上げ、入ってきたのが私だと確認すると、書類仕事をしていた手を止め、書類の角を整えながら大きく息を吐きだした。

 そして、胸元から懐中時計を取りだし時間を見て、


「それではシェリア様。そろそろ行くとしましょうか?」


 と、私を先導し始めるので、エーレンツの後に付いて行く。

 図書館から外に出ると、夜の暗さに満ちていて、すぐ近くに一台の馬車が横づけされていた。それも要人用の豪奢ごうしゃなものだ。


「さすがにシェリア様を一人で先に行かせることも、街中を歩かせたりすることもできないので、どうかお乗りになってください」


 馬車の扉を開けながらそう言われ、断る理由もないので素直に従うことにした。

 馬車に揺られながら窓から外をのぞけば、日も落ちたというのに活気があり、飲食店とおぼしき店からは笑い声が漏れている。


「本当にここはいい街ね」


 呟くように言うと、エーレンツが「ええ、それもシェリア様があってのことです」と持ち上げるでもなく事実を横から告げる。

 それからゆったりとした速度で馬車は進み、一軒の邸宅の前で止まった。

 エーレンツは図書館の館長という地位にあるが、そもそもは高位の役人だ。街の守護者が最重要視している場所の管理という重責を考えれば、当然の地位ともいえる。

 そんな彼が地位に相応の富裕層向けの地域でなく、平民街で暮らしているのは彼の性格がよく現れている。エーレンツの邸宅は周囲と比べればやや大きいが目立つわけではない。十五年前、初めて訪れた際は最初は驚かされたが、素朴で温かな雰囲気にすぐに馴染んだ。

 エーレンツは自分の手で扉を開け、「帰ったぞー!」と家の中に声を響かせる。

 どこまでも庶民的なエーレンツに私は笑みをこぼしながら、エーレンツの家族に出迎えられることになった。

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