悠久の魔女の足跡 ④
魔法師の隠れ里に辿り着き、ダーシャの案内で丘の上に立つ大樹の中に入った。
大樹の中は外観よりも圧倒的に広く、樹の中全てが空間魔法の影響下で広い空間を作り出しているのかもしれないと、周囲を見渡しながら考える。
単純に目に見える全てがどうなっているのか気になってしまい、興味が引かれてしまう。
「すごいわね、これは……」
思わず呟くと、ダーシャが「初めて中に入ると広さに驚きますよね。私もそうでした」と笑みを浮かべる。エレナも隣で頷いているので、同じような経験をしたのだろう。
「シェリア様、大師匠様は上のフロアでお待ちになっております。そして、エレナ・クーセラ。あなたはしばらく席を外しなさい」
「わかりました」
エレナは返事をすると私に向き直った。
「シェリア様、私は二階にあたるフロアにある図書館で話が終わるのを待っていますね」
「ええ。私もここにある本には興味があるから、話が終わったら図書館に迎えに行くことにするわ」
「はい、分かりました」
エレナは笑みを浮かべ、ダーシャに先導され歩み去って行く私を見送ってくれた。
ダーシャの案内で大樹の中を登っていき、建物で言えば四階にあたるフロアまで上がった。その階層に足を踏み入れた途端、空気感が変わった気がした。
フロアには見るからに戦闘用の魔道具を携帯している数人の魔法師が警戒していて、その魔法師たちが守っている廊下の奥にある部屋に要人――すなわちここの魔法師が大師匠様と呼ぶシアク様がいるだろうことが容易に想像できた。
魔法師たちは見慣れない私に臨戦態勢を取り、警戒の視線を向けてきた。しかし、ダーシャが無言で手を軽く振り、控えろと合図を出すと、魔法師たちは壁際により頭を下げ、私とダーシャを通してくれた。
短い廊下の突き当りの部屋に辿り着くと、ダーシャが扉をノックし、静かに開けて、
「大師匠様、シェリア・ラグレート様をお連れしました」
と、部屋の中にいる人物に声を掛けた。そして、扉を押さえながら、
「それではシェリア様。私は部屋の外で待機していますので、ごゆっくりどうぞ」
と、私を部屋の中へと促し、ゆっくりと扉を閉めた。
部屋の中は落ち着いた内装のあまり広くない一室で、大きな窓からは光が差し込んでいた。その光が差し込む先には一脚の揺り椅子があり、一人の老いた女性が座っていて、膝に掛けたブランケットの上に置いた本に目を落としていた。
そして、本から私へとゆっくりと視線が移動して止まる。
「ああ、“リィラ”……最後に会ってからどれくらいの年月が経ったでしょうか。それにその姿。あなたはあの日のまま変わらないのね……」
私のことを“リィラ”と呼ぶその声音はとても優しくて、細くて――しかし、とても聞きなじみのあるその声に私の感覚は一瞬で当時に戻される。
私のことを愛称で呼ぶのは世界で二人しかいない。師匠を除けば、目の前にいる魔女――シアク・ディネイ様のみで、私は涙ぐんでしまいそうになる。それをぐっとこらえながらシアク様の元へと近づいていく。
「嫌ですわ、先生。私だって成長していると思いますよ」
そう返事をしながらシアク様の姿を近くからまじまじと見つめる。老いて皺だらけの顔になりつつも面影は残っていて、嬉しくなってしまう。
「先生の方はずいぶんとお変わりになられて……私はもう、会えないとばかり……」
どうしても湿っぽい声になってしまう。それほどまでにこの再会はありえないと思っていたことだった。
あの日、シアク様と進む路を違えたことで、その路はもう永遠に交わることはないと思っていた。
「あらあら、リィラ。成長したと言う割にはまだまだ子供ね」
「先生に比べたら、この世界の誰もが子供みたいなものでしょう?」
「そうね。それはリィラにとっても同じことでしょう?」
「そうかもしれないですね」
シアク様と顔を見合わせて笑みをこぼしあった。それだけのことで胸が満たされてしまう。
「では、リィラ。このまま話していては味気ないし、あなたが好きだった紅茶を淹れましょうかね」
「先生、紅茶が好きだったのは師匠の方ですよ。それに、そういう雑用は私に言いつけてください」
「ですが、今日はあなたを客人として招いたのですから――」
「水臭いですよ、先生。今まで私に紅茶を淹れてくれたことなんて一度もなかったでしょう? 今回も私に淹れさせてください」
「そういうことなら、リィラ。お願いしてもいいかしら?」
シアク様の声も表情も、優しく柔らかいものだった。シアク様は私が唯一、魔女シェリアという仮面をなしに接することができる相手だろう。だから、感情を素直に出すことができるし、無条件で何かしてあげたいと思える相手でもある。
「あっ、そうだ。先生、私の今住んでいる場所の近くにある村でおいしい紅茶を作っているんですよ? 私が選んだ茶葉を村人たちが大切に育ててくれるから、紅茶にするととてもいい香りが立つんです。よかったらいかがですか?」
「そうなの? じゃあ、それをいただくことにしましょうかね」
私が空間魔法でミアトー産の茶葉を取り出すのと同時に、シアク様も読んでいた本を空間魔法を使って片付けていた。そして、シアク様はブランケットを畳みながら、話しかけてきた。
「リィラ、続きはバルコニーでどうかしら? バルコニーから見えるガーデンや景色はいいものですよ?」
「ええ、先生がそう言うのでしたら。ところで先生、カップはどれを使えばいいですか?」
「好きなのを使えばいいわ」
「分かりました」
部屋の棚に飾るように置いてあったティーカップのセットを二組選び、近くにあったトレイに載せる。備え付けのポットに水を入れ、魔道具を使ったヒーターを使って、それを温め始める。
沸騰するまでの時間を使って、シアク様の手を取り、ゆっくりと揺り椅子から立ち上がるのを補助し、そのままバルコニーへ手を引いた。バルコニーからの眺めはたしかによくて、すぐ下にはシアク様ご自慢のガーデンが見え、ほのかに花の香りまで楽しむことができた。遠くには青々とした草原や長閑な村といった光景が広がっていて、自然と穏やかな気持ちになれる気がした。
そして、バルコニーにある椅子にシアク様が座る手伝いをする。
「ありがとう、リィラ。あなたなら私にそこまで敬意を払わなくてもよかったのに」
「そうですか? しかし、私にとってはいつまでも敬意を払う対象で師匠の友人で……きっと身に染みてしまっている癖みたいなものなんですよ」
「数百年経っても抜けない癖もあるのですね」
シアク様は笑みをこぼしてくれる。もちろん私にそんな癖がないことをシアク様は知っている。魔法師が魔法を使わないということは最大限の敬意を示す旧い時代のマナーだった。それを知る魔法師も人間も今はいないだろう。
ポットの中でお湯が沸騰しているのが見え、部屋の中に戻り、ポットを火から外し茶葉を入れ、蒸らし始める。ポットもトレイに載せ、バルコニーへと持って行く。
「先生、もう少しだけお待ちくださいね」
「ええ、リィラ。ありがとう」
シアク様の私を見る目はとても優しいもので、私の指先の動き一つも見逃さないようにじっくりと見られている気がした。それは少しだけ恥ずかしいが自分も同じようにシアク様の姿を記憶に焼き付けるように見つめているので、何も言わない。
今は言葉は必要ではなく、ただ同じ場所にいるということが私とシアク様にとっては特別なことで、その気持ちにゆったりと浸っていた。
紅茶の香りが花の甘い香りと混じり、私とシアク様が大事にしてきたものが重なったように思え、お互いに笑みだけを交わし合った。




