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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
最終章 悠久の魔女の足跡
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悠久の魔女の足跡 ①

 悠久の時間にとらわれ、終わりのない時間を過ごしているうちに、気付けば私の周りは随分と賑やかになった。

 最近、私の使い魔と同等の存在になった魔法師の少女エレナが毎日のようにお茶請けのお菓子を手土産にやってくるようになり、暇を感じる時間がさらに少なくなった。


「シェリア様、今日のお菓子はどうでしょうか?」

「おいしいわ、エレナ。なんだかどんどん料理の腕をあげてないかしら?」

「村の皆さんに教わっていますから。それに元々料理は好きでよくしていたんですよ。今はお菓子作りをがんばって、シェリア様に喜んでもらうことが一番楽しくて、やりがいを感じることなんです」


 エレナは笑みをこぼしながら口にするが、その直後にはその笑みに少し影が差す。それはきっと兄のエリクのことを思ってのことだろう。自分がこうやってお茶会に参加している間も、ストベリク市で事件を起こした罰の奉仕作業に従事している。そこに後ろめたさを感じてしまうのだろう。しかし、お茶を飲みながら私の話し相手になるということも、私に対して恩を返し、罪滅ぼしになると分かっているので辞めるわけにもいかない。

 私としては、気に病む必要はないと思っているが、そこは本人の気持ちの問題だ。

 エレナはうつむきかけていた顔を上げて、家の中を見まわした。


「そういえば、今日はミレラアさんとクライブくんは?」


 二人の姿がないことに疑問を感じたのだろう。二人揃って私のそばからいなくなるということは普段はあまりないことだ。


「ミレラアがクライブがくさいからと近くの湖に洗いに行ったわ」

「そうなんですね。クライブくんはいつもいい匂いだと思っていたのですけど、ミレラアさんは何が気に入らなかったのですかね?」

「クライブは私のソファー代わりにもなるから、ミレラアも特に気を遣ってブラッシングや臭いのケアをしてるわ。たまに今日みたいに隅々《すみずみ》まで全身丸洗いしてるのよ」

「二人は仲がいいんですね」


 エレナにまた純粋な笑顔が戻ってくる。エレナはまだ幼さが残る顔をしているので、今みたいに笑っている方が年相応でいいと思ってしまう。

 エレナは毒の影響で二年ほど魔法が使えない生活をしていたが、最近は毒がほぼ全て浄化され、少しずつだが魔法が使えるようになった。今日も自分で飛んでやって来たくらいだった。

 そして、私に師事し、魔法の勉強も始めた。エレナには空間魔法の素養はなかったが、魔力の流れを感知したり操作するということに関しては非凡なものがあった。魔法師として大成する可能性を感じたということもあり、私は初めて弟子というものを取り、育てるということに挑戦していた。


 エレナと向かい合ってお茶を飲みながら魔法の講義をしていたら、エレナのいつもしているポーチから、リンリンッ――っとベルの音が鳴り始めた。エレナは突然のことに驚き、表情を歪めた。


「シェリア様、ここに誰かが来ようとしています。どうしますか? 私の力では止めることはできませんが、シェリア様ならそれもできますよね?」

「いいわ。どんな人が来るのかは知らないけれど、きっと私が目当てなのでしょう。今さらあなたたち兄妹を取り戻すためというわけではないでしょうし」

「そうですね……それではいいのですね、招いても?」


 エレナは表情を強張らせながら尋ねてきたので、私は表情を変えることなく頷いてみせる。エレナはそんな私を見て、少しだけ安心した表情になるがすぐに緊張感に塗りつぶされた。エレナはポーチから鳴り続けているベルを取りだし、家の玄関の扉に掛けた。

 扉に掛けたベルは音の反響を繰り返していき、次第に音が大きくなっていく。

 そして、ベルの音がピタッと止まると同時に扉が開かれた。扉の向こう側には見慣れた森ではなく空間魔法独特の真っ黒の空間があった。そこから一人の魔法師と思われる白いローブを羽織りベルの付いた杖を持った女性が姿を現し、扉を完全に抜けると勝手に扉は閉まり、いつもの私の家の光景に戻った。

 突然、目の前に現れた魔女は私を真っ直ぐに見つめ、軽く一礼してから話し始めた。


「突然の来訪にまずは謝罪させていただきたい。そして、話の邪魔をされたくないので人払いの魔法を私を中心に使わせていただきました」

「ええ、扉を抜けたと同時に魔法を使っているのが見えたから、別にそこは言わなくてもよかったのに」


 エレナは気付けていなかったようで驚きと恐怖の混じった表情をしている。魔力の感知にけたエレナに気付かせないというだけでそれなりに力も才もある魔法師だということが分かる。そして、エレナの反応から見るにシアク様の元に集っている魔法師集団のクワイアの幹部クラスが現れたのかもしれない。


「そうでございましたか。では、失礼ついでにもう一つだけ。確認のためにあなたのお名前を教えていただけませんか? 私どもの大師匠様が求める方であれば、お話がございますので」


 魔女のどこか上から見下ろすような口ぶりには、少し思うところがあるが今は争いを起こして得になることはない。


「シェリア・ラグレートよ」


 私が素直に名前を口にすると、魔女はわずかに驚いたような表情になるが、すぐに元の無感情を貼り付けたような顔に戻る。


「まさか本当に存在していらっしゃるとは。もう一つお聞きしたいことがございます。あなたの師事していた魔法師のお名前も教えていただけますか?」

「どうしてかしら? あなたに教える義理はないように思えるのだけど?」

「大師匠様の唯一のご友人だった方なので、本当に大師匠様が知る魔女シェリア・ラグレートなのか確認するために念のためにですよ」

「そういうことね。私の師匠はメリーヌ・シャルトロよ。それにしても、シアク・ディネイ様も面倒なことをするわね。あの人がここにいらっしゃれば済むお話なのに」


 魔女は今度は露骨に驚いた表情を浮かべた。


「ありがとうございます。側近のそれも一部しか知らないはずの大師匠様のお名前まで知っているということは、間違いないでしょう。ここまでのご無礼と非礼をお許しいただきたい」


 魔女は深々と頭を下げてきた。そして、手にしていたベルの付いた杖を床に起き、敵意も抵抗の意思もないことを示してきた。


「自己紹介が遅れました。私は大師匠様の側付そばつきの魔法師をしていますダーシャ・ボルーフカと言います。あなたとメリーヌ様のお話は大師匠様より少しだけですが聞いております」

「何を聞いたのかは知らないけれど、まあ、いいわ」


 シアク様が私と師匠のことを今でも覚えていてくれているという事実が嬉しかった。きっと昔を懐かしんでいるときに、気を許した側近にポロリと話してしまったのだろう。


「大師匠様は以前からシェリア様の所在を探し、動向を見守っておられました。そして、連絡を取ろうかと悩んではまだ機ではないと渋っておられたそうです。その御心みこころは一介の魔法師である私には推して量ることもできませんが、深い理由があってのことなのでしょう」


 私はついその話を聞いて笑ってしまう。私の知るシアク様は気まぐれで師匠に負けず劣らず我が強くマイペースな人だった。それと同時に師匠と同じで社交性がないタイプだ。それは長年引きこもり生活をしていた私も同様で。

 シアク様はただ単に面倒くさいだとかきっかけがないから先延ばしにし続けていただけなのだろう。そのことは私には理解できるがシアク様を崇拝し、本当の姿を知らないエレナやダーシャたちには想像もできないしょうもない理由に違いない。


「そして、私どもの末席にあたる魔法師が多大な迷惑をお掛けしたようで、その謝罪を込めて連絡を取ろうと決められたようです」

「いいきっかけだったというわけね」


 ダーシャの言葉にエレナは顔を引きつらせているが、ダーシャはエレナに視線をやることも気にする様子も全くなかった。エレナはもしもの時に敵になりえないが、私からは一時たりとも目が離せないというところだろうか。

 私も懐かしい人のことを話せる相手と出会ったのだから、敵対するつもりはないが警戒されてもしかるべきと思っているのでダーシャの振る舞いを気にすることはない。

 それよりもシアク様がどういう風に過ごしてきたのかということが気になってしまい、私もエレナに気を遣う気はなくなっていた。

 そして、シアク様の存在を強く感じたことで私の胸は久しぶりに高鳴っていた。

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