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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第八章 後悔と嫉妬のベルクワイア
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後悔と嫉妬のベルクワイア ⑨

 私の話を聞いていた魔法師は愕然がくぜんとした表情を浮かべていたが、ふいに顔を上げ、私の顔を凝視してきた。


「だけど、お前に刺したはずのナイフがなんで妹に……おかしいだろ?」

「それこそ簡単な話よ。そもそも最初から私の体にはナイフは刺さってないもの」

「そんなことありえない……俺はたしかにこの手で……」

「私の体にナイフを突き立てたつもりだったのでしょうけど、私の体に刺さる直前にそっちの魔法師と空間を繋いだだけよ」

「空間を繋いだ……? そんなこと仕込む時間なんてなかったはずだ」


 疑念のこもった視線を向けられるが、それが事実で起こった出来事だ。私と対峙たいじした魔法師は二人とも何も見えていなかったうえに、感じることもできなかったということになる。そんなにも差があるにもかかわらず付け込まれる隙を作った自分に嫌気が差し、ため息が出てしまう。


「あったわよ。最初にここに来たとき、わざわざその子の背中に触ったでしょう?」


 魔法師はそのときのことを思い返しているのか、すぐにハッとした表情に変わる。


「そんな一瞬で……だけど、なぜお前が空間魔法を使える? あれは魔力を膨大に使うから使える魔法師なんていないはずだ。だから、今では大師匠様しか使えないはず。そんな特殊な魔法を使える存在なんて……」


 “大師匠様”という言葉に思わず、眉をピクリとさせてしまう。自分が知る限り空間魔法を行使できたのは自分を入れて三人。うち一人は私の師匠ですでに亡くなっている。

 そして、もう一人は私の師匠に空間魔法を教え、師匠のふるい友人でもあった魔法師。私も顔見知りで、同じ系統の魔法師ということで空間魔法の扱い方を教わったこともある。

 しかし、魔導文明崩壊から五百年以上の年月がゆうに経っている。あの当時ですら、自分よりもさらには師匠よりもかなり年上だった魔法師が、自分のように死ねない身体を持っているわけでもないのに生き続けているとは思えなかった。

 ありえないことだと思いつつも、もし生き続けていたらと仮定すれば、納得できることは多かった。かつて、そのことに思い至ったときには、情報が足らずに据え置きにした可能性。それがにわかに現実味を帯びてくる。


 そういえば、あの方に最後に会ったのはいつだったろうか。

 あれは魔導文明崩壊の混乱が落ち着いた頃だった。あの方の元には魔法師が救いを求めるようにつどい始めていた。


「これからの時代、魔法師にとってはより苦難の時代が訪れることでしょうね。私はこれから魔法師を守るための場所を作ろうと思うの。ねえ、リィラ。あなたも手伝ってくれないかしら?」

「ごめんなさい、先生。私は付いて行くことはできません」

「そうですか……理由を聞いても?」


 私は思っていることを素直に話すかどうかで悩んでいた。そのころは自分の身に突然宿ってしまった大きすぎる力を使いこなすことができずにいた。そんな状態で自分より高位の魔法師に付いて行き、それが信用している相手とはいえ、もし何かのきっかけで力を悪用されたりして裏切られたら、立ち直れる自信がなかった。

 そして、なにより私はただ一人になりたかった。師匠を目の前で失って、悲しむこともいたむこともできないまま、生きるために生き残るために忙殺ぼうさつされてきた。

 師匠を失ってから十年以上の月日が経ち、ようやく時間と心に余裕が出てきても、大事な存在を失った心の傷は依然としてぽっかりと空いていた。


「今はひとりで考える時間が欲しいのです。ただ今の情勢では一つの場所にとどまっているのも不安なので、ついでに世界を見て回ろうと思っています」

「そう……分かったわ。では、無理強いはできませんね。私がいつでもあなたの味方だということを忘れないでくださいね。あなたに何かあると、あなたの師匠――メリーヌに顔向けができませんから」


 そう優しく私に微笑みかけてくれた。きっと全てを語らずとも、私の心の内を察してくれたのだろう。師匠の存在はあの方にとっても大事な存在だったのだから。


「それでは、リィラ。またいつの日か会いましょう」

「ええ、もちろんです。先生……いえ――」


 “シアク・ディネイ”様――――。



 何百年か振りにその名前を口にする。私が口にした名前を聞いて、目の前の魔法師は目を見開き、驚きや困惑から表情を固まらせる。その反応を見るだけで、本当に生きていたのだと確信できた。

 自分とは違う理由で死ぬことができなくなったのか、それとも死ねない事情があるのかは分からない。だけど、どうにも嬉しい気持ちになってしまう。


「な……なぜお前がその名前を知っている? 大師匠様の……それも俺たちすらも知らないフルネームを……」


 魔法師は信じられないという顔をしている。シアクという名前がたまたま同じだけの別の魔法師だと思いたくても、私のここまでの発言や自分の目で見て体験したことの積み重ねが、私が適当に口にした名前でないと感覚的に分かってしまったのだろう。


「そう……そうなのね。あの方の弟子なのね、あなたたち。あの方も人を育てるのは下手だったものね」


 シアク様が最初に育てた魔法師はおそらく私の師匠のメリーヌ様で、その結果は私が身をもって痛感している。そして、そんな師匠に育てられた私もまた同様に魔法師としてはズレた存在だったかもしれない。

 シアク様が育てたというお粗末な目の前の魔法師に自分の姿を重ね、つい笑ってしまう。


「大師匠様は偉大な人だ! お前ごときがバカにするんじゃねえ!」


 私が笑ったことに腹を立てたのか、怒りをにじませた言葉を投げかけられる。見当違いもいいところだと思ってしまう。


「あなたたちのような出来損ないの半端者はんぱものをこうして好き放題させているのよ? そして、そのことに考えが至っていない。それを失敗と言わず、何と評せばいいの? あなたたちの存在こそが、あなたたちが大師匠と呼ぶあのお方をおとしめているとなぜ分からない?」


 私の言葉に返す言葉もないのか、ただじっと睨み返されるばかりだった。目の前のことにばかり気を取られ、周りが見えていないというのは、本当に愚かなことだと思ってしまう。

 だから、つい大きなため息が漏れてしまう。


「それよりもいいのかしら? その子、あなたの妹だっけ? 放っておくと死ぬわよ」


 私の言葉に慌てて、目の前の魔法師は腰の後ろのポーチに手を入れ、びんを取りだした。


「そんな……」


 取り出したのは解毒剤の入った瓶なのだろう。しかし、先ほどの戦闘で吹っ飛んだ時の衝撃のせいか、瓶は割れてしまっていた。


「こういう運命だったと受け入れなさい。あなたは自分の妹を自分で殺した罪を死ぬまで背負うといいわ」

「ごめん、エレナ。俺のせいで……」


 魔法師は泣きながら、片割れの魔法師をただ抱きしめるしかできないようだった。

 その姿は力のなさを痛感した過去の私と同じだった。目の前で大切な人を失うしかできなかった無力で惨めなそんな私と。

 ストベリク市のティアヒムたちには、この魔法師たちに改心する機会を与えてくれとお願いされた。そして、あの方の弟子というのなら、私とも無関係とは言い切れない。


「慈悲が欲しいというのなら、地にい、私にえば、助けてもらえるかもしれない。それより他に助かる方法はないのだけど、あなたはどうする?」


 私は今回の件の立場的に、素直に救いの手を差し出せない。だから、こういうあおるような言い方になってしまう。目の前の魔法師はそういうところまで考えが回らないのだろう。

 命乞いをすれば助けてあげてもいいと、上から目線で言い放たれたよう感じたのだろう。それは屈辱でしかないが、それ以上に後悔も深く、大事な人を助けるためにはプライドをかなぐり捨てなければならない。

 そう思っているだろうと感じたのは、私のことを射殺いころしそうなほど鋭く睨みつける目の奥が、深い悲しみで濁っているようにも見えたからかもしれない。

 そして、魔法師はゆっくりと地面に頭をつけた。


「エレナを……妹をどうかお助けください。お願いします」


 その身を切り裂くようにして発した言葉はたしかに私に届いた。

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