後悔と嫉妬のベルクワイア ⑦
「それでその魔法師はどこにいるのかしら?」
「……ミアトー村に行くと言っていました」
コンラッドが質問に答えてくれたが、私の表情を見てコンラッドが顔を引きつらせる。きっと不快感が滲み出してしまっていたのだろう。
「よりによって、ミアトーとはね……それでその魔法師がここを発ったのはいつくらいかしら?」
「たしか昼前だったでしょうか。朝から街の魔法陣を見て回った後、昼食に誘ったのですが、急いでいるとすげなく断られたので覚えています」
コンラッドは都市機能の魔法陣の強化をしているのを見守る役回りをして誇らしさも感じていたのだろうが、実態を知ってしまった今では説明するその表情には一切の覇気も感じられなかった。
「そう。じゃあ、私はミアトーに向かうわ。ティアヒム、分かってるわね?」
「はい。市民への説明と、議員を緊急招集して今回の件についてのシェリア様の誤解を解き、情報共有をしたいと思います。お任せください」
「ええ。あと、捕まえた魔法師の処遇も考えておくことね」
「分かりました」
ティアヒムは私に向け、深々と頭を下げる。それを横目にホウキを取りだし、一気に上空へと飛び上がり、ミアトー村へと向けて全速力で飛んだ。
太陽は西へと傾きだし、空は色を変え始めようとしていた。遅れは半日くらいだろうか。何かトラブルが起きる前にミアトー村に辿り着ければと願いつつ、今は飛ぶことだけに集中した。
ミアトー村が見えだしてくると、村の入り口で数人の村人と魔法師が何やらひと悶着を起こしているような姿を遠目に見えた。
村人と何か話しているローブを羽織った魔法師と、少し離れた場所からその成り行きを見守っている同じくローブを羽織り杖を構えている魔法師。ティアヒムに宰相執務室で聞いていた特徴と一致する。
気配を完全に消したまま、杖を構えている魔法師の後ろに音もなく降り立ち、その魔法師の背中の中心にそっと手を触れた。そのことに驚いた魔法師が振り返り固まり、私の顔を凝視するのを無視し、村人に話しかけた。
「これはなんの騒ぎかしら?」
「魔女様!」
村人たちはホッとしたような表情を浮かべ、それとは反対に二人の魔法師は驚きと警戒心の視線を私に向けてきた。さらに魔法師二人はとっさに私から距離を取り場所を入れ替わり、さっきまで村人と話していた魔法師がもう一人を守るようような位置取りをしながら、身構えた。
「それで私は何の騒ぎ、って聞いたのだけれど誰か簡単に説明してもらえるかしら?」
「はい。少し前にこの二人が村にやってきて、私たち――いえ、ミアトー村が魔女様に騙されていると、イチャモンをつけてきたんです」
「なるほどね」
予想通りの言葉に思わず頷いてしまう。私はあえて隙だらけで話を聞いていたが、二人の魔法師は悪い魔女から解放するという名目を騙っている以上、不意打ちのようなことは村人の前でできなかったのだろう。代わりに視線を外さず、私の一挙手一投足に警戒をし続けている。
「ここは私に任せてもらっていいかしら?」
「もちろんです。魔女様、ご迷惑をお掛けするようで――」
「気にしなくていいわ。まあ、念のためここから離れてなさい」
私が指示を出すと村人たちは素直に従い、魔法師に対して警戒を解かないまま離れていった。そして、遠くの物陰から様子を窺っているのが見えるが、これだけ離れていれば目の前の魔法師と話をしても、会話の内容を聞かれることはない。さらに私に離れていろと言われた手前、何かあっても村人たちは手出しすることもしないだろう。
あらためて二人の魔法師と正面から対峙してみると、目深に被ったフードで顔はよく見えないが、身体はそこまで大きくなく、ティアヒムたちが幼く感じたということはまだ若い魔法師なのだろう。それでも魔法師の寿命を考えれば、ティアヒムやコンラッドよりは長く生きているのかもしれない。
「それで私の管轄を荒らすってことは、それなりの覚悟ができているわけよね?」
「管轄……だと? 笑わせる。お前が勝手にこの辺りを支配しているだけだろう?」
「支配? あなたたちにはそう見えたのかしら?」
「ああ、そうだ」
「私はこの地に住む人々のために魔力を使い、長年、都市機能を維持したりしてきたわ。その代価として、自分が欲しいものをもらっているだけ。基本的に政治に口を出すことはしないし、個人の自由を縛ってはいない。それでも支配していると?」
「詭弁だな。お前はその人々たちに対して、生殺与奪の権利を常に有しているじゃないか。その時点でお前は上位存在として肉体的にも精神的にも支配していると同義じゃないか」
「行使できない権利は権利とは呼ばないわ。あなたの仲間に他の都市の都市機能を維持している魔法師がいるのなら、同じことが言えるはずよね。まずは仲間内で議論をして結論をだしてきたらどうかしら?」
不意に会話が途切れた。このまま話しても主義主張は交わることはない。だから、話すだけ無駄だとお互いに判断した。
「それであなたたちの目的は何かしら? 私への嫌がらせというわけではないのでしょう?」
「もちろん。お前から全てを奪うためさ」
そう明らかな宣戦布告をしながら、二人の魔法師がほぼ同時に目深に被っていたフードを脱いだ。戦闘行為を行う覚悟を決め、視界の確保を優先したのだろう。
フードの下から現れた二人の顔はよく似ていた。似ているのは顔だけでなく、雰囲気や魔力の質というのも似ているというよりはほぼ同じと言っていいほどだった。
私は私に向けられた本気の言葉と殺気を前にしても一切動じることなく、
「やれるものならやってみなさい」
と、両手を軽く広げて見せ、かかってこいという挑発を込めた余裕を見せる。そんな私の安い挑発に目の前に立つ魔法師は苛立ちを隠せなくなっている。
「ふざけやがって……」
「落ち着いて、兄さん!」
後ろに立つ魔法師の制止の言葉が聞こえていないのか、体を低く構えると同時に私に一足飛びで飛び掛かってきた。それは明らかに普通の早さではなく、おそらく魔法で肉体を強化したものだろう。
さらに、その手には腰の後ろのポーチに隠していたであろうナイフが握られていた。本来ならば魔法で戦う魔法師による予想外の直接攻撃だった。
そして、ナイフは私の腹部へと突き刺さり、引き抜いたナイフの刃はべっとりと赤い血に濡れていた。それを見て、魔法師は勝利を確信し、にやりと笑みを浮かべた。




