後悔と嫉妬のベルクワイア ⑤
ミレラアの作ってくれた料理を食べ終え、さらには食後の紅茶を堪能し、体調も気分もだいぶ良くなってきた。
そうやって、ゆっくりしているとクライブが帰ってきて、『ごめん、シェリー。役に立ちそうな話は聞けなかったよ』としょんぼりと頭を下げた。
「ありがとう、クライブ。何かあったときは頼りにするから、今はゆっくり休んでなさい」
『わかったよ、シェリー』
クライブの頭を優しく撫でてから、出掛ける準備をし、一人ストベリク市へと向かうことにした。
ストベリク市へと到着し、できることなら日が暮れる前に街の中の魔法陣をあらかた見て回りたいと思った。街の中では建物の壁の修復をしたり、道路の修繕をしている人の姿も見受けられ、被害がそれなりに出ているのが上空からでも見て取れた。
しかし、今日は何かおかしい。地震の直後で気が立っていたり、気落ちしたりしているのかもしれないが、私に向けられる視線がいやによそよそしいのだ。
だけど、今はそれよりも優先すべきことがある。
都市機能維持の魔法陣で災害は防げるはずだけれど、それでも防ぎぎれない規模だったのか、魔法陣のベースになっている星が持つ魔力の流れている地脈の方に問題があるのかもしれない。
都市上空から地脈の流れを探るも異変は感じられず、それに合わせて敷いている魔法陣とのズレもなかった。
では、次に疑うべきは魔法陣にどこか綻びがあったということだろう。その箇所を探すついでに地震の影響で魔法陣のバランスが崩れている箇所があるかもしれないので、念入りに点検することにした。
ミアトー村の時と同じように街に降り立ち、丁寧に見て回ることにした。
魔法陣を見て回っていると、妙な違和感を覚えた。ところどころに自分の知らない魔法因子が新たに付け加えられていることに気付いたからだった。それは都市機能の保全に関わるものではなく、魔法陣から私の魔力を吸い上げどこかに送る仕組みのようだった。その付け加えられた因子を修正するのは簡単だが、付け加えたのは誰かを探るための手がかりにするために今はあえて放置することにした。
そうやって考え事をしながら点検したり、魔法因子の解析をしたりしていると、
「この嘘つき魔女め!」
と、民衆の一人から罵声と共に石を投げられた。石は私に当たる前に見えない魔法の壁に阻まれて当たることはなかったが、どうしてそんなことをされたのか心当たりがなく困惑してしまう。
石を投げてきた人以外も私に向けられる視線はどこか殺気立っていて、いつ襲われても不思議ではない雰囲気に恐怖してしまう。
思わず上空に逃げるように飛び上がり、いつの間にか震えていた肩を自分の両手で抱くが、その手さえも震えていた。
私はかつてのトラウマを思い出してしまっていた。あれは大規模魔導実験に失敗し、世界から魔力が極限にまで薄まってしまい、今までの生活を維持できなくなり混乱していた時期のことだ。魔法師はその責任を問われ、迫害され差別される立場に追い込まれてしまった。魔法が使えない魔法師はただ少し長生きする人間とさして変わらない。
「全部、お前たち魔法師のせいだ!」
「責任を取れ!」
「死ぬまでその身で罪を償え、魔法師が!」
そんな罵声と共に石を投げられたり、殴られたり蹴られたりは当たり前だった。食事さえも満足に与えられず、魔力が尽きて死に絶えるまで都市機能に魔力供給を強要されたり、突然現れた魔物や狂暴化した獣などの外敵と戦う最前線に送り込まれたりした。
そのころの怒りに狂い、理性を失いかけ、魔法師に八つ当たりすることで自らの精神を正常に保とうとしていた民衆の目に似ていた。魔法師を敵視し、恨みに濁ったそんな目。
今は民衆の目に触れることがトラブルになる可能性が高いと考え、指を鳴らし、自分が知覚されなくなる魔法を使った。
このまま人の目につくことなく魔法陣の点検修復をすることができるが、あからさまに敵対視してくる相手を守りたいは思えないのは仕方のないことだろう。だけど、理由も聞かず見捨てるほど狭量なわけではない。だから、まずは議事堂に向かい、宰相に話を聞くことにした。
議事堂に降り立ち、宰相執務室へと向かう。警備のために立っている衛兵に気付かれることなく扉に近づき、衛兵に私がすることに気付けなくなる魔法を使い、堂々と正面から部屋に入った。
宰相のティアヒム・ルットマンが怪訝そうな表情で勝手に開いたように見える扉に視線を向けるが、私には当たり前だけど気付けない。
そこで私は指を鳴らし、ティアヒムにだけは知覚できるように魔法を一部解除した。
「やはり、シェリア様でしたか。このタイミングでここに来たということは――」
「ええ、話が早くて助かるわ。何があったか聞かせてもらえるわよね?」
「もちろんです。近いうちに私どもの方からシェリア様にご足労願おうかと思っていたので、ちょうどよかったです」
ティアヒムは立ち上がり、私にソファーに座るように促し、紅茶を二人分用意して、カップを私の前と自分の前に置いて、向かい合うように座った。
それから、昨日から今日にかけてストベリク市であったことをティアヒムは順序立てて話し始めた。
突然、二人組の魔法師がストベリク市にやって来たこと。そして、地震を予知し、それを伝え、防ぐための措置をしたこと。そのことに対して、ストベリク市は謝礼をし、魔法師と会談を開いたこと。日付が変わって都市機能を強化する魔法を魔法陣に付け加えてもらったこと。
その話を聞きながら、急激に民衆の態度が変わった理由が分かり、納得から不思議と安堵感が胸の中を占めていく。
そして、今回の件の原因の一因は私にあるように思えた。
例えば、ストベリク市の内政はストベリク市に任せ、都市機能の維持に問題が起きないので訪れる頻度が少なかったこと。ヴェルナーという人間と出会ったことにより、利用されることを過度に恐れ、連絡を以前より密に取らなくなったこと。
また、本来ならばヴェルナーか大図書館の館長が引き継ぐべき、魔法師のことを探らせたり、情報収集してくれる個人的な協力者の存在がいなくなってしまっていたこと。そういう積み重ねが付け入る隙を作ってしまったと言っていい。
「――というわけでございまして、今後の状況次第では、ストベリク市はシェリア様との今後の関係を考え直したいと思っております」
ティアヒムが神妙な顔つきで私に覚悟の言葉を告げてきた。
私はストベリク市に来たという魔法師がストベリク市を乗っ取りに来たか騙しに来た確率が高いと感じていた。そう考えれば、地震を引き起こした方法も理由も検討がつく。
だから、自嘲の意味合いも含め、思わず声に出して笑いだしてしまった。
「なぜお笑いになるのですか、シェリア様?」
「ねえ、ティアヒムは疑問に思わなかったかしら? 見知らぬ魔法師が来たタイミングで地震が起きたこと、それがきっかけでその魔法師に優位に話が進んでしまったこと」
「な、なにをおっしゃりたいのでしょう?」
「あなたたちは騙されたのよ」
「そんなこと……それに地震なんてそんな都合よく――」
「それができるのよ。魔法師にはね」
私の言葉にティアヒムの表情は凍り付く。
「そうね――現場検証も兼ねて、そのことの証明から始めましょうか。それとあなたたちは魔法師という存在を知らなさすぎるうえに、簡単に信じすぎよ。それじゃあ、ティアヒム。まずは議事堂の前に行きましょうか」
「……わかりました」
そうやって、ティアヒム以外には知覚されないようにしている魔法を維持したまま、ティアヒムを前に歩かせ、議事堂の外へと向かうことにした。




