生きた証をその胸に抱いて ⑦
アルバロは定期的に私の家にやってきては求愛をし、それを断られてもめげることなく身の回りの世話をしてくれたりした。
そうやって何年も過ごした、とある日。その日のアルバロは顔つきがいつも違っていた。
「こんにちわ、シェリア様。ご機嫌はいかがですか?」
「いつも通りよ。良くも悪くもないわ。それで今日は何の用かしら?」
アルバロは私の前に跪き、首から両親の形見の指輪が通されている革紐を外した。
「シェリア様。私と結婚していただけませんか?」
そう口にしながらアルバロは私に指輪を差し出してきた。今までも本気で私のことを好きだと言っていたのだろうけど、今日は特に込められた熱量や真剣さが違うということはすぐにわかった。だから、ミレラアもクライブもアルバロに何も言えずに、私がどんな反応するのか様子をうかがっていた。
私も真面目に答えねばならないと思い、ソファーに座り直し、アルバロに正対し、姿勢を正した。
「アルバロ、それは受け取れないわ。私は誰かとそういう関係になるつもりはないわ。それは今後も変わらないと思う。それにあなたと私とでは生きる時間が違うわ。そういう相手と長い時間を共有したいと思えない。私より先に死んでいくのは分かっているもの。そういう悲しみを私はもう背負う気はないわ」
「そうですか……“もう”ということはシェリア様にも私の両親のような忘れることのできない大切な存在がいたということなのですね。そういう存在になりたいと長年望んでいたのですが、私の想いが叶わなくて残念です」
「悪いわね。だけど、アルバロ。あなたのことは、あなたがこの世からいなくなった後でも覚えておいてあげるわ」
「ありがとうございます。それだけで私は満足です。これで僕は新しい一歩を踏み出せる気がします」
アルバロは辛そうな笑みを浮かべ、頭を下げた。そして、指輪を通している革紐を首に掛け直した。
「それではシェリア様。私は今日はこれで失礼します。また何かありましたら来てもよろしいでしょうか?」
「ええ、好きにするといいわ」
アルバロは玄関の扉を開いて、真っ直ぐに前を向いて去って行った。
それからアルバロは私の家を訪れなくなった。しかし、私の生活に目立った変化はなかった。ただアルバロが頻繁に来る以前の状態に戻っただけ。
そして、数年の月日が経ち、アルバロがまた私の家にやって来た。
「シェリア様。お久しぶりです。今日はご報告したいことがありまして伺わせていただきました」
アルバロの表情は晴れやかで、どこか全体的に雰囲気が柔らかくなったように思えた。きっといい報告をされるのだろうなと直感的に感じた。
「私にとっては、そんなに久しぶりではないのだけれど、それで報告って?」
「はい。実はミアトー村の女性と結婚することになりまして――」
「そうなの? それはめでたいわね。おめでとう。何かお祝いでもしてほしいのかしら?」
「ありがとうございます。では、近々結婚式を挙げようと思っているので、出席していただけますか?」
「それくらいなら全然かまわないわ」
アルバロはホッと安心したような表情を浮かべ、結婚式の日時を伝えてくれた。それを自然と笑みをこぼしながら聞いた。もしかすると、親が子供の独り立ちに感じる感情はこういうものなのかもしれない。
アルバロの横顔をぼんやり眺めていると、急に真面目な表情に変わり、真っ直ぐに私を見つめてきた。
「どうかしたのかしら?」
「いえ。ただもう一度感謝をさせてください。あの日、シェリア様に助けていただいたので今の僕がいます。シェリア様に出会っていなければ、僕は両親の後を追っていたかもしれません。だから、ありがとうございます」
アルバロは深々と頭を下げた。アルバロが子供だったころのように自然に頭を撫でようと伸ばしかけた手を止める。
「私は何もしてないわ。ただ傷を治しただけ。アルバロは自分の足でここまで生きてきたのだから、そのことを誇りなさい」
「はい……ありがとうございます。それで、あの……」
いつかのようにアルバロは何かを言いたそうに言い淀む。私はそのときと同じように何を言い出すのかゆっくりと待つことにした。そして、アルバロは一度大きく深呼吸をしてから話し始めた。
「シェリア様から見れば、僕の一生なんて一瞬の煌めきのような短いものなのかもしれません。だけど、シェリア様が羨むような幸せな一瞬にしてみせますから、よろしければ最期まで見届けてください」
アルバロの言葉はしっかりと私に届く。私からすれば、限りある命の中で日々を生き、辛いことも苦しいこともあるだろうがそれを乗り越え、大きな幸せを掴んだアルバロは眩しいほどに輝いて見え、すでに羨ましい存在だ。
だけど、私はそのことはアルバロには伝えない。伝えなければアルバロは私に見せるためという理由も加わり、幸せになるための努力を積み重ね続け、それはアルバロの周囲をより幸せにするだろう。
「ええ。ちゃんと最期まで見届けてあげるから、最期の瞬間まで幸せとはどういうものか私に見せなさない」
アルバロは、はいと返事をしながら柔らかな笑みを浮かべる。そこには子供のころからずっとあった悲しさや寂しさという影はなくなっていた。
今の不老不死の体になって以降、一人の人間の成長していく姿をこんなにもしっかりと見てきたのは初めてのことかもしれない。見届けると約束した手前、アルバロがこれから先どう生きていくのかというのは、私にとっては大きな関心事であると同時に、とても楽しみなことだ。
そして、私に悲しみや感傷といった感情を残して、この世を去って行くのだ。
そうだとしても、アルバロ・ラヤという一人の生涯を私は見続けていくと強く決心した。




