生きた証をその胸に抱いて ⑥
アルバロの意思を確認したあの日以降、私がアルバロにわざわざ会いに行くということはしなくなった。
今まで通り気が向いたらミアトー村に行く程度で、最近は街道の整備の協力も忙しく足が遠のいていた。
しかし、代わりにアルバロが私の住む森を訪れるようになった。森に足を踏み入れて迷っている気配を感じて、また獣に襲われては治療した意味がなくなってしまうと思い、クライブにアルバロの様子を見てくるように使いを出した。
そうやってアルバロがクライブに連れられてやって来た目的は、他の街の出身という事を活かしてジャム作りを手伝い、今までにない味を作ってみたからと届けに来たというものだった。
そうやって持ってきてもらったジャムでティータイムをアルバロを交えて楽しみ、帰りはクライブに送らせた。
アルバロはそれから半年に一度くらいのペースで森にやってくるようになった。畑の手伝いを始めたので収穫した果物を届けに来た、果実酒の新作をいち早く飲んでほしかったなど何かと理由をつけては私に会いに来るのだ。
クライブとはいつの間にか仲良くなったようで、私より先にアルバロの森への接近に気付いたクライブが迎えに行くようになった。そして、クライブの背に乗りやって来ては「魔女様、ご機嫌いかがですか。また会いに来ちゃいました」と、アルバロは笑顔を向けてくる。
私はアルバロが心身ともに回復していく様が微笑ましくて、これまでの生い立ちを思えば元気な姿と成長を見られることに喜びを感じてしまい、追い返すことももう来るなと突き放すこともできずにいた。いつかは飽きて来なくなるかもしれないし、遠くない未来にアルバロも彼の両親と同じように私と比べれば短すぎる生涯を終えるという運命は変えられない。
だからこそ、アルバロの後悔のない人生というものがこれだというのであれば、好きにさせようと思ってしまうのだ。
街道の整備が終わると、安全性が上がったことで往来は劇的に増えることとなった。そして、ストベリク市は交易の中心地として隆盛を見ることになった。
それには分かりやすい理由があり、ストベリク市が街道を整備し始めたことで周囲の都市はストベリク市に繋がる街道は少ない資金と労力で整備できると考えたからだった。その裏に、各国を説得し、協力して街道整備をしようと呼びかけたであろう人間がいたことは想像に容易い。
幼い子供だったアルバロも成長し、青年と呼ばれる年頃になった。アルバロは通い慣れたのか私の家までクライブの力なしで一人で森を踏破できるようになっていた。そのせいか来る頻度は増した。
「こんにちは、シェリア様。ここに来る途中に美味しいキノコがなっているのを見つけたので摘んできました」
その声はすっかりと声変わりして、ほどよく低いものとなった。背も気付けば私よりも高くなった。だけど、今も変わらず胸元には革紐に繋がれた指輪が揺れている。
「また来たのね。それで何の用かしら?」
本を読む手を止め、だらりとソファーに横になったままアルバロを見上げる。
「シェリア様、一人の女性として好きです。私のこともそばに置いてくれませんか?」
「何度も言っているでしょう。時間の流れの違う相手とは共には過ごせないわ。諦めなさい」
「いえ、諦めません。私にとってシェリア様は世界で一番美しく聡明な方なので。それでは今日はキノコ鍋でも作りましょうか」
アルバロはいつものようにキッチンに向かい、調理を始めた。それをミレラアが不機嫌そうな顔で見つめる。
「シェリー様。迷惑なら一時的に私が支配して追い出しましょうか?」
「そこまでしなくていいわ。それに料理の腕はミレラアよりアルバロの方が上でしょう? 私は美味しい料理が食べられるのだから、文句はないわ」
ミレラアは不満そうな表情のまま、「シェリー様のお好きな紅茶を淹れてきますね」と対抗心を発揮し、アルバロの隣に立ち紅茶の準備を始めた。そして、いつものように小競り合いを始めた声が聞こえてくる。
「ミレラア様、紅茶なら私が淹れますよ」
「ダメよ。これはシェリー様のメイドで使い魔の私の仕事なのだから。ただの人間のあなたはそろそろ諦めて村に帰りなさい」
「しかし、ミレラア様。シェリア様より魅力的な女性が他にいますか?」
「いないわね。だから、私は永遠に愛を捧げると誓っているもの」
「気持ちは同じなので分かりますが、そこは同性よりも異性の方が生物的にも自然だとは思いませんか?」
「思わないわ。それにあなたは、たかだか数十年しか生きられないのだから身の丈に合った恋愛をしなさい」
二人とも言葉遣いや口調は丁寧で穏やかなものだが、内容は刺々しく見えない拳で殴り合っているようだと聞こえてくる会話を耳にするたびに思ってしまう。
そんなギスギスさとは無縁なクライブだけがこういうときの癒しであり、私のすぐそばで大人しくしているクライブを撫でて気持ちを落ち着かせる。
アルバロは来るたびに料理以外にも掃除やクライブの世話もしてくれるし、私のために服や小物を作っては持ってくる。そして、毎回愛の言葉を囁いてくる。
アルバロは顔も悪くなく、根は真面目で働きものなのだから、村の女性も放っておかないと思うのだが、そういう浮いた話を聞くこともなかった。
私としては、アルバロに普通の人間として幸せな生涯を送って欲しいと思っている。
だけれど、
「僕はシェリア様といる時間が最高に幸せな時間なので」
と、照れたような笑顔でアルバロは口にする。しかも、ミレラアとクライブもそういうときだけはアルバロに同調するので私はそれ以上は何も言えなくなってしまう。
本当にもう一人使い魔が増えたような錯覚をしてしまうことがあるけれど、アルバロの命には終わりがある。そのなかで後悔のない選択がこれだというのなら、私は気持ちには応えることはできないが尊重するしかない。
だから、アルバロに対しても他の人間同様にどんな生涯を送るのか見守る以外の選択肢は私にはなかった。




