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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第七章 生きた証をその胸に抱いて
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生きた証をその胸に抱いて ⑤

 ラヤ夫妻の葬儀を終え、ミレラアと協力して街道を荒らしていた獣を駆除した。人を襲った獣はまた襲う可能性が高いので、急いで対処したのだ。

 それからアルバロの傷が落ち着くまでミアトー村に毎日のように訪れた。

 治療に直接的ではないが魔法を使ったので、何かしらの影響が出るかもしれないと心配していたが、それは杞憂きゆうに終わった。

 ひと月が経つころには村はすっかりと落ち着きを取り戻し、アルバロも包帯が取れるまでに回復した。

 そして、今回のラヤ夫妻の不幸な事件の顛末てんまつを私はストベリク市に報告することにした。宰相執務室におもむき、宰相のヘルマールと魔導プラントの一件で副宰相になったヴェルナーに伝えた。


「では、シェリア様。これを機に街道を再整備しませんか?」


 ヴェルナーはそう言いながら、私の顔を正面から見つめてくる。ここで私からの言質げんちを取れれば、足場固めに使えるとでも考えているのかもしれない。しかし、利用されるかもしれないと分かっていても、今回のような不幸な出来事を避けれるならば、協力はできるだけしたいところだった。


「そうね。私の管轄範囲内のストベリク市とミアトー村の域内でやりましょうか。と言っても、私は街道と魔力の力場のズレの修正くらいしかするつもりはないわ」

「わかりました。では、我々は街道自体と街道付近の整備をしましょう。いいですよね、ヘルマール様?」

「ああ、かまわない。これは交易の活性化にも繋がるし、メリットも大きい。しかし、整備といってもどうする? 街道の舗装ほそうの点検くらいか?」

「街道近くの森や林など、今まで危険地帯だと認識しつつも手が出せなかった場所に手を付けませんか? 街道から一定の距離にある森や林は伐採しましょう」

「私もヴェルナーの案に賛成よ。そもそも街道とはそういうものだったはずなのに、今回の件はそういう整備を怠ってきたあなたたちの責任でもあるわね。私も危険を認知しつつ、放置していたから同罪ではあるのだけれど」


 ヘルマールは「分かりました。やりましょう」と頷き、街道の整備をすると約束してくれた。都市を守護する魔女との約束はそこに暮らす人間にとって何よりも重たいものだ。それが市民生活と直結しているのだから、今回は悩む必要もなかったのだろう。


 ストベリク市の帰りに私はミアトー村へと立ち寄った。

 目的は二つ。街道の再整備が決まったことの報告と、アルバロの様子を見るためだった。アルバロはミアトー村で保護され暮らすことになった。定住するかどうかは成長してから決めていいとクリスランが話したそうだ。

 そういう経緯もあって、アルバロは今、村長のクリスランの家に身を寄せて暮らしている。

 空からクリスランの家へと舞い降りると、家の中からクリスランが出迎えに出てきた。


「これはこれは魔女様。ようこそ、ミアトー村にいらっしゃいました。どうぞゆっくりしていってください」


 そんなけったいな挨拶をされ、いつものことであってもため息が出そうなほどに呆れてしまう。


「そのけったいな挨拶はやめてくれない?」

「しかし、代々、村長の引継ぎ事項に挨拶と礼儀は欠かすなとありますので」

「あなたの代でやめてしまいなさい」

「いえ、これもシェリア様との歴史でありますので」


 クリスランはわざとらしく頭を下げてみせる。それだけでもうどうでもよくなってしまう。


「まあ、いいわ。アルバロは中かしら?」

「はい。では、中へどうぞ」


 家の中に入り、アルバロがいる部屋へと向かった。アルバロは傷がまだ痛むそうで一日の長い時間をベッドの上で過ごしていた。それは目に見える傷のせいだけではないことはクリスランをはじめ村の皆が知っているので、今はそっとしているのだろう。


「アルバロ、具合はどうかしら?」

「魔女様。おかげさまで傷はだいぶよくなりましたが……」


 アルバロが体をゆっくりと起こすが、痛みに表情を歪ませていた。体を動かしたことでアルバロの首からげられている革紐かわひもが揺れる。その革紐には両親の形見の指輪が通されていて、胸元辺りでカチッと音を立てた。

 そして、まだ三角巾で吊ったままの左腕。


「まだ痛みは強いのかしら?」

「だいぶよくなった……と思います。だけど、左手は相変わらずで……」


 アルバロの左手はおそらく神経が傷ついてしまったのか、軽い機能障害が残っていた。利き腕ではないので生活を送る分には特に影響はないが、上手く力が入らないだとか、指先が痺れるような感覚が続いたり、腕がなかなか上がらないなど苦労が絶えないようだった。

 ふいにアルバロは右手で指輪を優しく包み込むように握る。きっと意識的にも無意識的にもやっているであろう行動で、辛いことや寂しさを感じたり思い出すとやっているのだろう。


「ねえ、アルバロ。苦しいのかしら?」

「はい……いえ。腕のことはもう……」

「じゃあ、心の方は?」


 アルバロは指輪を握ったまま黙り込んでしまう。今にも泣きだしてしまいそうな表情から、体の傷は快方に向かっていても、心の傷は相当根深いものだと察してしまう。

 まだそんなに時間が経ってないので心の整理はできてはいないだろう。ましてやそんな時期に、両親を失った子供にする質問ではないことは分かっている。だけど、辛い時期だからこそ確かめたいこともあった。


「私ならその腕も、心の苦しさも全てを治せるよ」


 アルバロは私に視線を向ける。私の言葉は救いに聞こえたのかもしれない。しかし、実際は別のさらなる苦痛の伴う地獄への誘いだ。


「きっと体の傷跡もその不自由な腕も一瞬で治すことができるわ。心の苦しさは次第に薄れて、忘れるその日まで永遠の時間を使って待てばいいのよ」

「それは……どういう?」

「人間をやめればいいのよ。本来の寿命が尽きようとも死にたいと願おうとも死ぬことができない私と同じような存在になれば、それも可能よ」


 私の言葉を聞いて、アルバロは指輪を握る右手に力を込める。しばらくして、右手と強張った表情から力がふっと抜けるのが見て取れた。


「せっかくのお心遣いなのでしょうが、魔女様、ごめんなさい。僕はパパとママと同じ人間として、最期の瞬間まで大切な誰かのために生きたいと思います」


 アルバロは深々と私に向かって頭を下げた。その正しい決断に私は思わず笑みがこぼれた。


「それでいいのよ。だって、あなたはこれまでもこれからも人間だもの」


 私はアルバロの頭を優しく撫でて、「後悔の少ない人生を送りなさい」と言葉を残して、部屋を後にした。

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