生きた証をその胸に抱いて ④
アルバロが泣き止むのを待って、ヤシンがアルバロの体の具合を診察した。高熱が出たりだとか、傷が悪化しているという兆候は見られず、今は痛み止めの効果のある飲み薬を処方して様子見ということに落ち着いた。
アルバロの傷で特に深かったのは体の前面と左腕のものだった。
「あの……パパとママの、その……」
アルバロは口ごもるように尋ねる。きっと遺体がどうなったのか知りたいのだろう。
「ご両親の亡骸のことなら、村の者が綺麗にしてくれている。それから夕方には丁重に埋葬しようと思っていたのだが、何かあるのか?」
クリスランの説明にアルバロは静かに首を横に振る。
「ただ最後に顔を見たいなって……」
「そういうことなら、今からでも会いに行ってくるといい。埋葬は明日にすればいいだけだからな」
「今日でいいです……寂しいけど、早く静かで優しい場所で眠らせてあげたいから」
「分かった。お前の希望通りにしよう」
「ありがとう……ございます」
アルバロは三角巾で左手を吊り、遺体が安置されている村の小さな教会へと向かった。
教会で両親の遺体と再会したアルバロは二人に縋り付くように泣いた。それを見守りながら同じように隣に立つクリスランに話しかけた。
「ねえ、クリスラン。アルバロの両親はどんな人だったのかしら?」
「ラヤ夫妻は行商人で毎年この時期に村にやってきていました。行商人とはいえ商会に所属しているそうでウールや絹など生地を売りに来ていました。村で作るシェリア様用の服などもそこから作っていました」
「そうなのね。私にも無関係ではなかったと言うのなら、感謝の意も込めて、深く哀悼せねばならないわね」
「シェリア様はお優しいですね」
クリスランの言葉は聞こえなかったことにして、アルバロの隣からアルバロの両親の遺体を見つめる。服を着替えさせたりしているが首から上や手など見える部分には痣や傷があり、その痛々しさにアルバロがどれだけ辛い思いを感じているのか推し量ることができない。
自分のときは、師匠が自分をかばって死んだのだと実感するのと同時に、文明崩壊の混乱期に入ったので悲しんだりする余裕すらなかった。
私は直接の面識はないが、私に間接的であっても関わっていたアルバロの両親に祈りを捧げ、空間魔法で森の奥地に咲く花を摘んでそっと供えた。
アルバロはいつの間にか泣き止んでいて、私のことを見つめていた。
「何かしら?」
「いえ、魔女様の横顔がどこか寂しそうだったので……」
「気のせいよ。それでアルバロはお別れはすんだのかしら?」
「はい……それで、あの……」
アルバロが何を言い出すのかゆっくりと待つことにした。アルバロは何度か何かを言いかけ、一度大きく深呼吸をしてから話し始めた。
「パパとママのこと……僕はどうしたら?」
「アルバロの好きにすればいいのよ。いつまでも大事に想いたいのならそれでもいいし、辛いなら忘れてもいいのよ」
「忘れたくなんてないです。でも、いつかは忘れてしまうんでしょうか……」
「本当に大事だと思うなら忘れることはないわ。何年経とうが何百年経とうがね。それに不安なら、忘れないためにその人の好きだったものや大事にしていたものを引き継げばいいのよ」
そう、私にとっての酒や紅茶、読書のように――。
アルバロは私の言葉に思うところがあったようで、遺体に目を向けた。
「パパとママが大事にしていた指輪……それを僕が忘れないために貰ってもいいってことでしょうか? パパはいつかお前が大人になって、一人前になったら譲ってやるって言っていたんですけど……」
「いいんじゃないかしら。形見としてずっと大事にすることね」
「……はい」
アルバロは両親の指から指輪を丁寧にゆっくりと外した。父親からはラピスラズリの埋め込まれたアンティークの指輪、母親からはそれと対をなすようなデザインの翡翠の指輪。それを小さな手で握り、
「パパ、ママ……ありがとう。僕はいつまでも忘れないからね。だから、さようなら……」
そう別れの言葉を口にしていた。きっとアルバロは両親の遺志を指輪と共に引き継いだのだろう。それはアルバロが両親を忘れない限り、アルバロがその生涯を終えるまではアルバロの両親が生きた証として残り続けていく。
それがきっと遺されたものの正しい在り方なのだろう。死んだ人間はどうやったって蘇ることはないのだから。
私はそんな繋がりを幾度も見てきた。例えば、ストベリク市のヨルンがそうであったようにそこには血の繋がりさえも関係ない。重要なのはどれだけ大事に思っているかなのだ。
そして、それは自分も同じなのだろう。
私に同化した<マテリアル・コア>の呪縛は、師匠が最期に残した願望であり祈りでもあり、同時にそれは呪いで。
死ねないということで辛い思いも数多くしたけれど、師匠の魔法の恩恵を受け続けていると考えれば、乗り越えられたし、寂しさはいつからか感じなくなった。
アルバロのように形あるものは何も残してはもらっていないが、絆や想いという見えないものは忘れない限りは一生残り続けるのだろう。それが不老不死の私なら永遠ということになる。
だから、もし自分がいつか消えてしまうそんな日が来るとしたら、その日まで師匠の魂というべきものも連れていくのだと、心の中であらためて誓った。




