生きた証をその胸に抱いて ①
時間は穏やかに過ぎていき、冬が近くなったのか肌寒い日が増えてきた。
厚着をしてもクライブの体温や羽根の温もりに包まれていても、さらにはミレラアが淹れてくれた熱い紅茶を飲んでも温まる気がしない。
それは私の心が冷たいからだろうかと、自嘲したところで変化があるわけもなかった。
「ねえ、クライブ、ミレラア。あなたたちは寒くないの?」
私の言葉に二人は同時に顔をこちらに向ける。
『僕は換羽も終わったから。それに僕は暑い方が苦手だな』
「お前は年中、暑苦しい毛並みしてるものね」
『うるさいよ。そう言うお前はどうなんだよ?』
「ノーアニブルのある地域は元々寒い地域だから、私は問題ないわ。私も暑い方がどちらかと言えば苦手だけど、暑い日でも私にはシェリー様から頂いた日傘があるからそこまで苦じゃないわ」
クライブとミレラアは視線を交錯させ、睨みあっている。なぜかミレラアはクライブに対して勝ち誇った表情を浮かべている。そんな様子を見ながら、二人は相変わらず仲がいいなと思って、つい笑みがこぼれてしまう。
「それにしてもシェリー様のおそばにいるようになって、それなりの時間が経ちましたけど、寒さにここまで身を震わせるお姿は初めて見る気がします」
「そうだったかしら? 私は冬は苦手よ。できれば冬眠したいと思うくらいにね」
それに冬はどれだけ年月を積み重ね、時間が過ぎ去っても決して忘れることができないことがあった季節だ。
魔導文明の崩壊の原因になった大規模魔導実験が失敗したのが冬だった。その失敗によって引き起こされた実験施設のある区画ごと吹き飛ぶ大爆発の後、瓦礫のなかで一人だけ生き延びて見渡した地獄のような光景は未だにまぶたの裏に焼き付いている。
窓の外に目をやれば、早くに沈んだ太陽の代わりに訪れた夜が辺りを暗くしていた。それだけで一層寒さを感じてしまう気さえしてしまう。そんな夜の闇の中から真っ黒な蝶が窓をすり抜けて、部屋の中に入ってきた。それはミアトー村に渡している緊急時の連絡用魔法で、さらには使われたのが今回が初めてのことだった。
慌てて立ち上がり、クライブとミレラアに「急いでミアトーに行くわよ。遅れてもいいからあなたたちも村に来なさい」と告げ、一足先に村へと飛んだ。
村に到着すると、村の入り口ではかがり火が焚かれ、外敵から身を守るためのバリケードを慌ただしく設置しているところだった。
そこに舞い降りながら、「何があったの?」と近くにいた村人に尋ねた。
「はっきりしたことは分かりませんが、大型の獣に襲われたと思しき子供が村に助けを求めに来たのです。それで私たちは念のため村の入り口を手分けして封鎖しているところです」
「そう。普通の獣や魔物なら村には入ってこれないと思うけれど、そのまま続けてちょうだい」
「分かりました」
「それじゃあ、私は村長のところに行って、詳しい話を聞いてくるわ」
村長宅に辿り着くと、周囲には不安そうな表情を浮かべた村人が集まっていた。私の姿にいち早く気付いた誰かが「魔女様が来られたぞ!」と叫ぶと、村長宅の玄関に向けて道を作るように人垣が割れ、
「魔女様……」
「どうかミアトーをお守りください」
と、口々に声を掛けられたりした。その中を足早に抜け、家の中に入ると、村医者のヤシンがベッドに横たわる少年の治療をしていた。それを見守っていた村長のクリスランが私に近づいてきた。
「これは魔女様。急にお呼び立てして申し訳ありません」
「いいのよ。それで状況は?」
クリスランは横目で少年をちらりと見たあと、自分を落ち着かせるように息を一つ吐いてから話し始めた。
「少し前に傷だらけの状態でこの子が一人、村にやってきて助けを求めてきました。意識を失う瞬間まで、“パパとママを助けて”と何度も何度も言っていたそうです。そこですぐに厳戒態勢を敷くように指示を出し、腕っぷしのいい若い衆を中心に救助に向かわせました。それから念のために魔女様に連絡した次第であります」
「それであの子供は? 村の子供?」
私には見覚えのない子供だった。そもそも村人の顔を全員把握しているわけではないし、私の感覚では子供はすぐに大人になり、老いて死んでしまうので、なかなか覚えられないのだ。
「いえ。あれはこの村に何度も来ている行商人の子供だったはずです」
会話がそこでふいに途切れ、重苦しい空気に包まれる。そこに外からざわざわとしたどよめきが聞こえてきて、村人の一人が村長の家に入ってきた。
「村長、魔女様!」
慌てた様子の村人にクリスランが「どうした?」と説明をするように促す。
「空から大型の獣が……」
「大丈夫よ。きっと私の使い魔よ。でないと、ここまで入ってこれないと思うから」
外に出て空を見てみれば、そこにいたのは案の定、私を追ってきたクライブだった。その背にはミレラアを乗せている。クリスランも外に出てきて「皆のもの、落ち着け! そこらの獣と魔女様の使い魔の見分けもつかないのか?」と一喝するとざわめきは収まった。
その落ち着いた頃合を見計らって、ミレラアが合図したのかクライブが私のそばに静かに降りたち、ミレラアもクライブの背中から降りてきた。
「いいところに来たわ、二人とも。さっそくで悪いのだけど、二人に頼みたいことがあるのよ」
「何をすればいいのでしょうか?」
「どうやら村の近くで人が獣に襲われたようなの。そこでミレラアには救出に向かった村人の援護に行って欲しいの」
「分かりました。援護だけでいいのでしょうか?」
「人を襲った獣の駆除までできれば言うことはないわ。ただ優先すべきは人命よ」
「かしこまりました。それでは」
ミレラアは軽く一礼して、ひと飛びで夜の闇に消えていった。
『シェリー、僕は何をすればいいの?』
「クライブは空から警戒して、何か近づいてきたら村人に知らせあげてほしいの」
『分かったよ、まかせて』
クライブは返事をすると同時に羽根を羽ばたかせて空に舞い上がっていった。
「それで魔女様はどうするのでしょうか?」
クリスランの質問に「私は子供の方をなんとかしましょうかね」と答え、村長の家に中に戻りながら、村とそれに関わる全員の無事を空に浮かぶ星と月に祈った。




