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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第六章 遺産は時を超えて
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遺産は時を超えて ⑧

 世界と人にもう少し積極的に関わろう――。

 そう思ったことを私は後悔し始めていた。

 その一番の原因は私の性格だろう。面倒くさがりで引きこもりで必要最低限のことだけしながら何百年も生きてきた。そんな価値観や生活リズムはそうそう変わるものでもない。

 私は静かに読書をして、好きなミアトー産の紅茶や酒を飲んで、軽く食事をして惰眠をむさぼってきた。そして、クライブという大人しいうえに賢く、ソファー代わりにもベッド代わりにもなるかわいいグリフォンと、ミレラアというこじらせた愛情を抱いていること以外は腕もたち頭の切れもいい優秀なメイドがいることで私の自堕落じだらくさは磨きがかかっていた。

 それがプラントの一室で日々を暮らしながら、不具合が出ないかと機械をチェックしたり、手の空いている者を集めて、自分たちが暮らすための家を作らせ、住環境を整備させたりと働きづくめだった。さらに浮浪者たちの支援のために山を整備して、ミアトー村で培ったノウハウを駆使して畑を始めさせた。

 そうやって、プラントの運営が安定し始め、賊や浮浪者たちの支援もしたことで、最初は嫌々であったり渋々といった風だったプラント付近に居ついていた人間の意識も変わり、不満の声も聞こえなくなっていった。

 最初のころは「魔女に体よく使われてるだけで、これじゃあ俺たちは飼い殺しにされるだけだ」と声をあげ、訴える者もいた。それはまさにその通りだけれど、不当に権利を踏みにじっているわけではないし、人間らしい生活を送るためには必要なことだと説得しても理解できない者もいた。

 しかし、そういう悪影響を与えそうな異分子はミレラアが洗脳し、再教育するので反乱も反抗も起きる前に全てを刈り取った。そうやって、最初は仮初かりそめだった平穏も馴染めば本物になるようで、プラント付近に暮らす人間たちは、日々の労働や人間らしい生活を満喫しているようだった。


 さらに私はプラントの運営実態と賊や浮浪者の意識改革の報告を、定期的にストベリク市の宰相をはじめとした議員との会合の場でしていた。

 こちらはこちらで議員たちが上流階級の出身が多いので、社交的な意味合いの強い集まりも多く、そのたびに私はすり減っていった。

 議員たちは顔色や腹の探り合いをしながら、私とのコネクションを強めようと画策かくさくするので次第に宰相執務室で宰相に報告だけして、不在の際はヴェルナーに代わりに伝え雑談をすることで心の平穏を保とうとさえしていた。


「シェリア様。最近、顔色がよくないようですが大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないわ。私はもう静かな自分の家に帰りたいわ」

「そうですか。私はシェリア様と仕事ををして、こうやって時々ですがお話をさせていただくだけでも楽しいので、それは残念な限りです」


 ヴェルナーが私の空になったカップにポットから紅茶を注ぎながら相手をしてくれる。


「それでシェリア様は何が不満なのでしょう?」

「プラントの稼働音や振動のせいで読書に集中できないし、議員たちとの会合が面倒くさいのよ。議員たちはプラントが上手くいったものだから、新たにプラントを作りましょうだとか、これを機に都市近郊の開拓に力を入れましょうだの、方法や手段は何も言わずに願望だけ言うのだもの。私に豪華な食事を出し、調子よく接して、ご機嫌取りしてるのでしょうけど、あれでは私にとっては逆効果なだけなのにね。本当にしんどい。ストベリク市を図書館だけ残して見捨ててしまいたくなるわ」

「シェリア様、ご冗談だとしてもストベリク市の人間には不穏すぎますのでお控えくださいませんか?」

「分かってるわ」


 私は不満を飲み込むように紅茶をひとくち飲んだ。私が用意しなくても出てくるミアトー産の中でも最上級の茶葉のものだろう。


「紅茶だけは本当においしいのに……本当にストベリク市の議員は大丈夫なのかしら? 意識改革が必要なのは議員たちの方なのではないかと思ってしまうわ」


 カップのふちに指をわせながら、ぼんやりと愚痴をこぼす。正面に座るヴェルナーも自分のカップに口をつけ、ソーサーの上に静かにカップを置き、


「シェリア様の言う通りかもしれませんね。議員をはじめ上流階級には“ゼイ”を好む者が多いですからね」


 突然、真面目な表情と口調で言われ、私は意表を突かれる。たしかに、この宰相執務室を見渡すだけでもそれは伝わる。議員が私を接待したり、私的なものに近い会合に招待するときも豪華絢爛ごうかけんらんさを前面に押し出してきた。今も紅茶は最高級品でお茶請けに出されている菓子もきっと名のある店から取り寄せたものだろう。


「本当にそうね。贅沢ぜいたくに慣れ過ぎた人間ばかりが上にいたのではいずれ、市民の心は離れていくかもしれないわね」

「そうですね。しかし、“贅沢”だけでもそうなのに、“税金”を徴収することも好きなのですから手に負えないのですよ」


 私はつい声に出して笑ってしまう。ヴェルナーの育った環境を考えれば、代々一般市民に寄り添ってきた上流階級で、他の議員をはじめ議事堂を出入りしている役人たちとも考えは一線をかくしているのは分かりきったことだった。


「ヴェルナー。あなたみたいな人がもっと増えれば、ストベリク市はよくなるかもしれないわね」

「シェリア様の期待に応えられるように、精進してまいります。そもそもそのために私は大図書館ではなく、こちらの道を選んだのですから」

「そうだったのね。あなたの今後に期待するわ」

「ありがとうございます。私は“今回の件”を足掛かりに上を目指すことにしましょう」


 ヴェルナーの言葉にどうにも引っかかりを覚えてしまう。そして、それが薄々と感じていたことと繋がった気がした。


「今回の件、あなたがどう絡んでいたのかしら? それにあなたの目的はなんなのかしら?」


 ヴェルナーは表情を硬くする。そして、紅茶に口をつけ、意を決するように大きく息を吐きだした。


「私の目的はあくまでストベリク市をもっと暮らしやすくいい街にしたいだけですよ。以前から格差問題をはじめ市民から聞こえてくる苦悩や苦労に私は何かできないかと考えていました。しかし、議員や役人は自分たちの生活基盤が守られていて、そのうえで安定しているので市民の声は届かないし、理解もできないのです」

「立場が変われば、意識も生活も違うのだから仕方のないことよね」

「ええ。今回はかねてより問題になっていた賊が魔導アーマーという不測の兵器を手に入れたことで、市民だけでなく一部議員も危機感を感じました。それもそうですよね。自分が懇意にして優遇している業者や商社が襲われ、不満の声を直接聞かされることになったのですから。それでも他の議員は自分には関係ないと動かない。だから、板挟みになって困っていたヘルマール様を誘導して、シェリア様にお力を借りることを提言したのです」

「やはりあなたが関わっていたのね」

「はい、黙っていて申し訳ありません。おかげで賊の問題のみならず、その他の問題も多くが解決しました。そのことで議員も自分たちの存在意義と利権がいつおびやかされぬかもしれないと危惧きぐし、また手柄や新しく生まれる利権を求めてシェリア様を取り込もうと必死だったわけですが」


 ヴェルナーは不敵な笑みを浮かべる。その手際の良さや、上手く周りに取り入り、付け込みながらも裏から全てを操り、自分にとって都合のいい環境を作り上げた手腕には舌を巻いてしまう。

 今回の一番の勝者はまさしく目の前のこの男なのだろう。最初に感じた警戒感はあながち間違ってはいなかったと今になって納得する。


「あなたももう立派な政治家ね」

「お褒めの言葉ありがとうございます。これからもストベリク市のことをよろしくお願いします。我らが魔女、シェリア様」

「ほどほどにしとくわ。私は私の守るべきものを見誤らないことにするわ」

「そうですか。そこに大図書館以外も含まれていると思いたいところです」

「さあ、それはどうかしらね」


 私とヴェルナーは視線を外さぬまま、紅茶に同時に口をつけた。

 そして、私はカップをソーサーに置き、別れの挨拶もすることなく宰相執務室をあとにした――。

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