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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第六章 遺産は時を超えて
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遺産は時を超えて ⑦

 魔導プラント跡に戻り、賊と浮浪者を集め、今回のストベリク市の決定を伝えた。

 賊と浮浪者たちは期待に満ちた表情を浮かべ、喜びの声をあげたが、それは私が上手くいかなった場合のことは伏せたからこそだった。

 そして、ストベリク市から送られてきた食料で炊き出しをして、賊たちはちゃんとした食事を久しぶりに食べれたこともあってか大盛り上がりだった。

 私とミレラア、クライブはプラント内にあった部屋の一つを綺麗にし、そこに私が空間魔法で転移させたソファーやテーブルを置き、とりあえあずの居住スペースを確保した。


「それでシェリー様。本当にこのプラントの修理は可能なんですか?」


 ミレラアが淹れたばかりの紅茶を私に差し出しながら尋ねてきた。


「分からないわ。ただ魔導アーマーの部品のいくつかが使えると思うわ。それに今の技術で代替だいたい可能な部品もあると思うのよね。あとは運よね」

「シェリー様は先を見通されているのか、大雑把おおざっぱなのか、たまに分からなくなります」

「私はそこまで優れた人間ではないのよ。ただ無駄に長く生きて、人より多く本を読んで知識を得ているだけよ。がっかりしたかしら?」

「いえ。シェリー様がどのような方でも私の気持ちは変わらないです」


 ミレラアがメイドとしての形式ばった笑顔ではなく、本来の年相応の柔らかな笑みを浮かべる。そのことで今回の一件はミレラアからの期待を裏切らないためにも失敗できないと、より肩に掛かる重みが大きくなる。しかし、賊たちの命やストベリク市のためにというものより、私ががんばったり努力するための理由になりえるもので今はその重みが心地いい。


 翌日、賊たちの監視をミレラアとクライブに任せ、私はプラントの機械を向き合っていた。魔力を流し、故障している場所を探すという繊細な作業をした。魔力や電力が滞った場所付近に問題点があると考えたのだ。

 私がまだ一介いっかいの魔法師で師匠の弟子だったころは、空間魔法の素養と魔力保有量が大きいだけの未熟者だった。師匠が空間魔法の使い手で魔導工学の理論研究をしていたのでその手伝いをしながら、私もそちらの勉強をしたのが今になって役に立っている。あのころは師匠の役に立てる魔導技師になるんだと思っていたが、師匠に振り回される時間が長く技師の勉強はほとんどできかなった。結局、私は師匠と同じ理論研究の魔法師として周囲からは認識され、また師匠の助手として、こき使われる存在だった。

 そんなことを思い出して、懐かしさからつい笑みがこぼれてしまう。

 それでも見落としをしないように問題のある場所をチェックしていく。ここを根城にしてきた浮浪者や賊たちが機械をどうこうできなくて迂闊うかつに触らなかったり、朽ちぬようにかけた魔法のせいで金属などをぎ取ったりだとかできなかったせいで保存状態はそれなりにいいものだった。故障している場所も多くはないように思えた。


 一週間が経つころにはヴェルナーに引き連れられて、技術者や研究者がやってきた。

 私がプラントの修理をするつもりだと話した途端、目の色が変わったように思えた。遺産のそれも今より発展していた時代の機械を修理するというのはもしかすると歴史的な挑戦なのかもしれないと思うと気持ちはわかる気がした。かつては私もそっちの側の人間で大規模魔導実験をしていたときの感覚に近いと思ったのだ。

 あらかじめチェックしていた故障が疑われる箇所を技術者たちと確認していく。そして、特定した箇所の修理方法を検討した。今の技術で直せるか試し、無理なら魔導アーマーの部品から抜き出して修理しようということにした。それは今後も使い続けることを考えたうえでの決定だった。

 またプラントの修理後の部品を抜いた魔導アーマーは、悪用を防ぐために私の空間魔法内の倉庫代わりに使っている場所に保管することにした。いつかまた修理が必要になった際は私も立ち会うだろうから、その方が安全で都合がいいと思ったのだ。


 修理が始まってからは私も知らないことへの挑戦という意味合いも大きく、私にとっても久しぶりにやりがいを感じるものだった。技術者や研究者たちと相談したり、意見を出し合い、少しずつ修理を進めていく。以前、このプラントを一人で修理しようとしたときは絶対無理だと思ったけれど、その時もこうやって相談したり力を合わせれば直せたのかもしれない。魔導アーマーを分解して、再利用する部品が必要な箇所はたしかにあったが、そこも時間をかけて何度もチャレンジすれば解決する方法を見つけることができたのかもしれない。

 しかし、当時は魔導文明の崩壊から年月があまり経っておらず、人間と協力するということにまだ否定的で、ストベリク市とお互いに利用できて利益が一致したからこその関係に過ぎなかった。それが時間の流れと共に、それも特にここ百年くらいで意識がだいぶ変わったように思える。

 私からすれば過ぎ去っていく一瞬のような関係性だとしても、その積み重ねや短くても正面から関わってしまったら、それだけでも十分に人は変われる。

 それにクライブやミレラアとの出会いも大きい。私は一人じゃないと思わせてくれる大事な使い魔たち。そのことを今回の件を通して、再認識できた。



「最終チェックも大丈夫よね?」


 私の確認に技術者たちが頷いたり返事をしてくれる。


「じゃあ、稼働させるわよ」


 プラントを中心に設置し直した魔法陣とストベリク市の魔法陣を繋げ、魔力を流す。それから制御室にいる研究者に合図を出し、プラントを稼働させた。

 ゆっくりとモーターが回転し始め、それにあわせトルクやベアリングの音が響き始め、プラントが胎動たいどうを始める。

 用意していた小麦と水と塩を投入する。その材料が錬金術の応用魔法で形を変え、驚くほど多くのパンが精製された。あとは出来たパンを回収するだけ。

 安価で大量生産することだけを目的にしていたので、味の質は高くはないがそれでも腹を満たすには十分すぎる出来だった。それは味見をした賊や浮浪者たちの表情からもうかがえ、修理に携わった技術者や研究者たちは改善の余地があると考えて、さっそく意見の交換を始めていた。

 その味見をしている人の中に、ヘルマールの姿を見つけた。


「これでストベリク市はプラントの存在を認め、今後に活用してくれるわよね?」

「もちろんです。失業者対策や貧困世帯への支援などに活用できると考えております。シェリア様、本当にありがとうございます」

「感謝は私だけじゃなく、手伝ってくれた技術者たちにもしてもらえるかしら?」

「もちろんです。では、関係者を集めて盛大に祝賀パーティでも開きましょう。その場に他の議員や役人も集めて、今回のことをシェリア様から伝えていただければ、誰も文句を言うことはできないでしょう。もちろん賊たちの身分保障という点も有利に進めれると思います」


 ヘルマールは出来立てのパンを食べて、子供のように喜ぶ賊たちの姿に思うところがあったのだろう。持たざる者に手を差し伸べれば、敵対関係から共存できると身をもって体験したのだから、ヘルマールは宰相として今後が楽しみだと思えた。

 しかし、ヘルマールもさらりと無茶を言ってくれた。私が当初の計画を完遂かんすいするためにはパーティで議員たちを納得させるスピーチをしなくてはならないということだ。

 今からそのことを考えると気が重い。だけど、一度やると決めたのだし、私はストベリクを守護する魔女なのだから、私のワガママとして無理にでも聞き届けてもらおう。それにヴェルナーやヘルマールがそのために根回しやフォローをするのだろうし、それが彼らの仕事でもあるのだから。

 そう思うと少しだけ気が楽になる。人に頼ることは悪いことではないと今回のことで思い出した。


 私は私にできることをするだけで、それは今も昔も変わらない。そのなかでこれからはもう少し他者や世界と関わってもいいのかもしれないと思うようになった。

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