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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第六章 遺産は時を超えて
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遺産は時を超えて ③

「付いてくるのは勝手にすればいい。ただ緊急みたいだし、あなたたちのスピードに合わせることはしないわ」


 玄関から外に出た瞬間、シェリー様は一人でホウキに乗り飛んでいった。だから、当然だけれどシェリー様の使い魔である、私とグリフォンのクライブは取り残され、もう姿の見えないシェリー様の飛んでいった先を見上げていた。すぐに追いかけようと思っていたが本当に速度が違いすぎることに唖然あぜんとしてしまったのだ。

 隣でクライブが羽根を広げ、飛ぶための準備に入った。


「おい、鳥。話がある」

『なんだよ、変態。僕はすぐにでも追いかけたいんだけど』

「変態とはなんだ? せめて、そこは吸血鬼かヴァンパイアくらいに――」


 思わずいつものように低レベルな口論をしそうになるところをこらえ、一度咳払いをする。


「ここはひとつ協力しないか?」

『協力?』

「ええ。私とお前、今はシェリー様と一秒でも早く合流したいのは同じだろう?」

『そうだな』

「そこでだ、森や林など真っ直ぐに進むには障害物があるところではお前が私を乗せて飛び、それ以外の障害物が少ない場所は私が小さくなったお前を抱えて走るのよ。たぶん、それが最速よ」

『僕が一人で飛んだ方が早いだろ』

「なめるなよ、鳥。後悔させないから、今は私の言葉を信じなさい。シェリー様のことに関しては無駄な嘘はつかないわ」


 クライブは私に一瞬、気圧けおされる。しかし、思うところがあったのか『わかった。今だけだからな』と了承の言葉を口にする。その言葉と同時に私はクライブの背に飛び乗り、クライブは空へと駆けていく。そして、ストベリク市へ向かい真っ直ぐに最大速力で飛んでいく。

 思った通り私が森の中を木をよけながら走ったり、木の上を飛び移って進むよりは断然速い。しかし、単純に直進するだけなら私の方が倍は速い。

 私たちの住む森のはしが見えてきた。


「そろそろ交代よ。小さくなりなさい。シェリー様のように魔法で空気抵抗を和らげるなんてできないからね」

『ああ。できるだけ小さくなればいいんだよな?』

「ええ。そうね、走るのに邪魔だから服の隙間すきまにでも入りなさい」


 クライブと役割を交代して、魔法で身体能力を最大まで強化して全速力で走る。日中なので持続時間が不安だがシェリー様との魔力的な繋がりを信じて、今はただ走ることに集中した。

 ストベリク市の場所は知っていても行ったことがないので、シェリー様の飛んでいった方角とクライブの進もうとしていた方角からずれないようにだけ意識する。

 十歩足らずで最初に見えていた道の端までたどり着き、河は橋を使うために遠回りをすることなく、ひと飛びで向こう岸まで行く。


『お前、実はすごいやつだったんだな』

「見直すのが遅いのよ。それより、ストベリク市はこのまま真っ直ぐで大丈夫よね?」

『ああ。大丈夫だ。障害物のある区間に入ったら言ってくれ。もう少ししたら林があるはずだ』

「分かったわ」


 クライブの言う通り林があったので高く飛び上がったところでクライブと役割を交代する。束の間の休憩の後、またすぐに私が全速力で走った。

 遠くにストベリク市の外郭が見え始めたところで、ふと問題点に気付いて人の目がない場所に移り、速度を緩めた。


『どうしたんだ?』

「今さらなのだけど、私たちだけでどうやって中に入る?」

『正面から入るか、空から行けばいいだろ?』

「鳥、お前はバカか? 私たちだけでは街に近づくだけで問題なんだよ。お前は大きくなればただの魔物だ。私は人間と同じ姿だから大丈夫かもしれないが、この目立つ服装では不審者として拘束されるリスクが高いわ」

「じゃあ、着替えればいいだろ?」

『シェリー様に頂いたものよ? そんなの裸を見られるより屈辱よ』


 グリフォンは呆れたという視線を私に向けるが『まあ、気持ちが分からないわけでもないな』と一応の納得をする。


「とりあえあず、何かあっても身を隠せそうな場所に移動しましょう。そうね……向こうに山があるわ。あの辺りならなんとかなるでしょ」

『そうだな』


 クライブと共に都市の外れに向かった。近づいて分かったが街道からは見えない場所に、まだ新しい山崩れのあとがあった。それだけでこの辺り一帯はストベリク市の都市機能を維持する魔法の影響を受けていないことが分かる。その証拠にかつて人が住んでいたであろう家はほとんどが石壁の一部だけを残して朽ちていた。その中に場違いに綺麗で大きな建物があった。


「あそこなら、中に入って休めそうね」

『だな。僕ものんびり羽根を伸ばしたいよ』

「私も少し無理したから疲れたわ」


 ヴァンパイアの性質上、さらには住んでいた地域の関係から私は汗をかくということとは無縁だった。しかし、今は首筋や顔をはじめジワリと汗の不快感を感じる。

 人気がないので元の姿に戻り、隣を歩くクライブが気を遣ってか私を影の中に入れてくれている。こういうところがきっとシェリー様は気に入っているのだろう。

 建物の敷地内に入り、人間が複数人がかりでようやく開けれる大扉を強引に開ける。クライブをそのままのサイズで中に入れようと思ったらここしか入口がなかったのだ。

 建物の中に足を踏み入れると、そこにいた人間に囲まれ武器を構えられた。状況を理解しようにも、考えるだけ無駄だった。

 この人間たちからしたら私たちは侵入者でさらには大型の魔物を連れた謎のメイドとして目に映るだろう。逆の立場なら、不気味すぎて逃げるか戦闘態勢に入るだろう。


「なんだ、お前ら! 死にたくなかったら、今すぐに出ていけ!」


 中にいた人間の一人が声をあげる。服装や身なりを見るだけでここにいる人間が、ミアトー村やストベリク市に向かう街道で見かけたような一般の人間とは違うことが分かる。こいつらはきっとならず者と分類される人間なのだろう。

 ため息交じりにさっと囲っている人間を見渡す。魔力的な気配を一切感じない。武器は持っていても私に傷をつけることすらできないだろうと確信する。

 クライブは隣で頭を低くし、戦う姿勢を反射的に取っている。


「下がってなさい、鳥。私一人で十分よ。殺す気はなくても返り血や匂いがついたら困るわ。それにあなたが戦って毛並みが乱れたら困るのはシェリー様よ」

『分かった。でも、大丈夫なのか?』

「だから、なめるなと言っただろう、鳥。この程度、お前の毛並みを整えるより楽よ」

『そうか。じゃあ、邪魔しないように退いてるよ』


 クライブがさっと飛び上がり、高い天井付近の鉄骨に、体を小さくし身を隠すように止まった。

 それを確認してから、人間たちに宣告することにした。


「不幸だったな人間。しかし、幸運でもある。私はお前たちを殺さない。武器を捨て、投降するのであれば痛い目に合うこともないだろう。さあ、どうする?」

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