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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第一章 図書館慕情
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図書館慕情 ③

 大図書館の正面入り口にそっと降り立ち、手にしていたホウキを虚空こくうに収納する。それから扉を抜け、建物の中に足を踏み入れた。

 目の前に広がる光景は、何度目であっても思わず息をんでしまう。

 入ってすぐのエリアは比較的ゆったりとしたスペースだけれど、奥に進み上を見上げると、吹き抜けで高い天井。それを支える天にまで伸びているのではないかという壁をうように続く廊下とその壁に建て付けられている膨大な本棚の数々。圧迫感を感じてしまいそうなほどの迫力のある空間も、天窓にある特殊なガラスを抜けて差し込んでる人にも本にも平等に優しい光が包み込む。

 天使や妖精がいても不思議ではないと思えてしまうほどに宗教的で幻想的なのに、どこに目をやっても視界に入ってくる大量の本の存在感が理知と世俗せぞくを反映している。

 そういう雰囲気も含めて、とてもお気に入りの場所なのだ。


「せっかくだし、少しだけ見て回ろうかしら」


 ここに来た本来の目的は先送りにして、図書館の中をゆったりと見て回る。

 地上階層は大部分が一般公開されているため、そこかしこに人の姿があった。本棚に並ぶ本の背表紙を辿たどりながら探し物をする女性、椅子を二つくっつけて一冊の本を読んでいる子供たち、高い場所の本を取るための踏み台に腰掛けて本に読みふけっている男性もいる。テーブル席には本を読んでいるのか、うとうとしているのか分からない老齢の男性。

 ここだけ時間がゆっくりと流れているのではないかと錯覚してしまうほどに穏やかな場所――。

 そんな平穏も突然、終わりを迎える。


「これはこれは我らが魔女、シェリア様。お久しぶりでございます」


 はっきりとした大きな声で、恰幅かっぷくのいい男性に話しかけられる。そのどこか無遠慮な態度は初めて会った時から変わらない。そこに懐かしさを感じながら、彼の方に向き直る。


「そうね。三年ぶりくらいかしら?」

「いえいえ、以前お会いしてから十五年は経ちましたな」


 そう答えながらも、ガハハと笑う。その笑い方も特徴的なのでよく覚えている。それ以外にも、服のセンスはいいのに着こなすには太りすぎた体躯たいく、私を前にしても態度を変えている様子のない豪胆ごうたんな性格も変わらない。

 しかし、以前会った時の姿と今の姿を重ね合わせれば、ひとまわり体が小さくなったように思え、インクを溢したように黒々としていた髪の毛はところどころ銀色混じりで。

 彼の名前はエーレンツ・アントガル。この図書館の館長を長年務める実務家で。


「そうか。お前も歳を取ったもんだな、エーレンツ」

「そう言うシェリア様は、相変わらず若く、お美しい」

「ねえ、エーレンツ。自分よりも何倍も生きている相手――それも女性に対して、“若い”と言うのは失礼じゃないかしら?」

「しかし、見た目の上ではまぎれもない事実でございますから」


 エーレンツはわざとらしく頭を下げてみせる。そこでこらえきれずについ笑い出してしまう。


「ほんと変わらないわね。あなたのそういうところ、嫌いじゃないわ」

「これはこれは最上級のお褒めの言葉をありがとうございます」


 エーレンツは顔を上げ、私に笑みを返す。それから、コホンと咳払せきばらいをし、ついさっきまでの小言混じりの挨拶を交わしていた柔らかな表情がウソだったかのように、真面目な締まった顔つきに変わる。


「それでシェリア様。本日はどのような御用ごようでしょうか?」

「図書館との空間魔法が繋がらなくなったのよね。だから、その原因の確認と修復に来たのよ」


 エーレンツが変えた空気感を何事もなかったように受け流しながら、変わらぬ調子で答えた。私の言葉にエーレンツは「そうでございましたか」と相槌を打っているが、額と首元に汗が流れているので何かしら思い当たる節があるのだろう。

 私はここに来るまでは図書館の増改築の工事の最中に、空間を繋ぐために設置している魔法陣が傷ついたせいだろうと考えていた。しかし、図書館の内外には工事をしている様子はなく、館内もいたって静かなので見当違いだった。

 仮にわざと魔法陣を毀損きそんしたというのであれば怒るところだけれど、エーレンツやストベリク市の人たちの私への対応を見れば、私に対する不満や反抗心というものは感じられない。

 そうやって少しずつ可能性を消していき、残るのは何かしらのトラブルによるものだということになるのだが、そういうことならただ魔法陣を修復すればいいだけなので、誰かを怒る気も責める気もない。


「そのことについて、私の方からシェリア様にご説明したいことがありますので、続きは奥の館長室でいかがでしょう? コーヒーか紅茶を至急、用意しますので」

「そういうことなら、紅茶をお願いしようかしら」


 そう答えながら、仕事の話がメインになろうとも、久しぶりに会った知人とお茶を飲むという行為に少しばかり花をえたくなった。虚空に手を伸ばし、そこに空いた空間の裂け目に手を入れて、普段から愛飲している紅茶の茶葉の入った袋を取りだした。


「エーレンツ、よかったらこの茶葉でお願いできるかしら? 私のいつも飲んでいるおいしい紅茶よ」

「そういうことでしたら、私もありがたくいただくことにします」


 エーレンツはどこか硬い表情で茶葉を受け取っていた。その妙な反応に「毒や自白剤は入ってないわよ。普通の茶葉だから安心しなさいな」と冗談めかすも、エーレンツはいつもの豪胆さの欠片もなく苦々しく笑みを返すばかりだった。

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