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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第六章 遺産は時を超えて
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遺産は時を超えて ②

 私が宰相執務室のソファーに腰かけると、執務机で険しい表情を浮かべていた宰相が椅子から立ち上がった。


「ご足労いただきありがとうございます、我らが魔女シェリア様。私はストベリク市の宰相をしておりますヘルマール・エードリヒと申します。あなた様の噂はかねてより耳にしております。またストベリク市に暮らす一市民として、常に感謝の気持ちを――」

「そういうのはいいわ。それで緊急用の連絡魔法を使うほどの事態って、何が起きているのかしら?」


 ヘルマールは咳ばらいをし、私を出迎えてくれた男性に目配せをした。


「説明は私の方からさせていただきます。その前にお久しぶりでございます。ヨルン・アントガルの息子のヴェルナーです。今は宰相付きの秘書のようなことをしております。またお会いできて嬉しく思います」


 ヴェルナーは笑みを浮かべながら、私に一礼する。中性的な顔立ちはそのままに美青年という言葉がピッタリな成長を遂げたヴェルナーの所作は洗練されていて、ヘルマールの長い前口上に苛立ちを覚えかけていた私の心をすっと落ち着かせた。それと同時にヴェルナーに対して警戒感を感じてしまった。目を引く容姿に耳心地のいい声、宰相執務室に出入りできる地位でありながら柔らかな物腰。

 少しの時間でも気付かされるそのカリスマ性と人たらしの気質に引きずり込まれないように、私は気持ちを引き締め直す。


「久しぶりね、ヴェルナー。ヨルンは元気にしているかしら?」

「ええ、父は今は悠々自適な隠居の身ですよ。少し前に書いた本が話題になって、その反響ぶりに喜んでいますよ」

「私のことを書いた本のことよね? それならちょうど読んでいるところよ」

「ありがとうございます。きっとそれだけで父は喜ぶことでしょう。話がれてしまいましたね。今回、シェリア様を急ぎお呼び立てしたことについてですが――」


 ヴェルナーは執務机の端に置いてあった書類を手に取り、それに目を落として説明を始めた。


端的たんてきに言いますと、ストベリク市近郊でぞくと思われる一団による被害が拡大しているのです」

「それくらいならストベリク市の持つ兵で鎮圧できるでしょう?」

「ええ。普通の賊だったら、それも可能だったでしょう」

「どういうことかしら?」

「それがよくわからないのです。突然、きりが立ち込め、賊に襲われるというのです。その中には見たこともない大きな物体がいたというのです」


 どうにも要領が得ない説明に首を傾げてしまう。しかし、目撃者や当事者の話を統合してもその程度の情報しか集まらなかったということなのだろう。


「それだけでは何も分からないわね。大きな物体って、具体的にはどんなものなのかしら?」

「視界の悪い霧の中での戦闘なので実体が掴めないのです。それは壁のようだったという証言をした者もいます。大きさは平均的な成人男性の倍はあり、剣や槍による攻撃が全く効かなかったそうです」

「私が直接行くしかないみたいね。それでその霧の賊はどこに行けば会えるのかしら?」


 ヴェルナーはストベリク市を中心とした地図を私の前のテーブルに広げた。そこには賊に襲撃されたであろう地点に印と日付が書かれていた。そして、見るからにストベリク市の東側に集中していた。


「シェリア様もご存知そんじでしょうが、この辺りは山に囲まれていて、魔導文明時代の遺跡が残る場所でもあります」

「遺跡――ねえ。たしかあそこは魔導プラントがあった区画ね。私がここの管理をし始めたころにはすでにプラントは故障してて、修理できる技師も部品もなくて使い物にならないし、さらにはストベリク市から離れた場所にあったから破棄したのよね」

「そのようですね。しかし、雨風が防げる場所ということもあり、浮浪者ふろうしゃや賊が集まってくるようなのです。今までもそれは問題視されていたのですが、積極的な保全や活用をする余裕はないけれど歴史的な価値を踏まえると遺跡ごと壊すのは惜しいという考えから、兵を巡回させ取り締まりだけしていたのです」

「それでヴェルナー。ヘルマールでもいいわ。あなた方は今回の件をどう見ているのかしら?」


 ヴェルナーとヘルマールは顔を見合わせる。短い沈黙の後、ヘルマールが口を開いた。


「今回の件は我々の理解の範疇はんちゅうを超える点が多いのです。それはまるで私たちにとっての魔法のようなもので……なので、今回は何かしらの未知の兵器が使われているか、魔法師が関わっているのではと考えています」

「だから、私の知恵と力を借りたいと言ってきたのね」


 ストベリク市に起こっている事態がある程度理解できたことで、今ある情報からどうしようかと思案を巡らせる。

 遺跡というものの価値を考えずに全てを破壊しつくせば、今回の一件とストベリク市が長年抱えている悩みは解決する。しかし、それはどんな状況になっても選択することはない。


 この世界には遺跡や遺産といったものが数多く存在している。一番身近なところで、都市機能を維持している大規模魔導装置も魔導文明時代の遺産だ。

 そういう遺跡や遺産を調べれば、その当時どのような生活を送っていたのか、その一端いったんを知ることができる。そのうえで今の文明と比べてみると、いすずえとなったもの廃れてしまったものなどが見えてくる。

 私はその変遷へんせんを見てきた。

 今も使われている魔導文明時代に広く整備された生活に必要不可欠な電気や上下水道をはじめとしたインフラは、科学文明時代の技術を下地に枯渇しかけていたエネルギー資源を魔法に置き換えたものがほとんどだ。

 そして、魔導文明が崩壊して以降は魔導文明の遺産を細々と維持しているものの、インフラが完全に整備される以前の科学文明の初期から中期の生活水準まで戻ってしまっている。人類は生活を再興さいこうすることに一生懸命だったが、それが落ち着いた現代では何かしら新しい方法で文明を発展させていかなければならない時期に差し掛かっている。

 科学技術は成長しているものの、かつて科学技術が最盛期だった時代には遠く及ばない。なにせ、この地上を星の数ほど走っていたという機械で動く車、人を乗せ空を飛ぶ乗り物もあり、それだけでは飽き足らず宇宙にまで行ったというのだ。それは写真や文献に残っているだけで、魔導文明時代の人間にしても今の時代の人間にしても、夢物語でしかなかった。


 ストベリク市の東にある遺跡群のそれも浮浪者や賊のたまり場になっているという建物は魔導プラントあとだろう。かつてのストベリク市の優秀な研究者が科学文明と魔導文明の融合させた代物しろもので、少ない原材料から多くの食べ物が作れることができる世界で一つの技術のすいを集めた食品工場だった。

 しかし、私がストベリク市にやって来た時にはすでにプラントの主要機械は故障していた。直すにも部品が足らず、特に魔導技師と呼ばれた魔導文明時代の職人が作った部品は今なお失われた技術のため、いかに私でも再現することができない。だから、いつか再利用できる日のためにと朽ちないように魔法をかけて、今の今まで放置していたのだ。


「やはり私が直接出向くのが一番手っ取り早いわね」


 仮に魔法師が出てきたら対処できるのは私だけだ。だから、面倒だけど行くしかない。


「帰ったら美味しい料理をねだらせてもらうわ」

「かしこまりました。最高の料理を用意して待っております」


 ソファーから立ち上がり、ヴェルナーとヘルマールに見送られながら私は宰相執務室を後にした。

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