偏愛のヴァンパイア ④
ヴァンパイアの少女のミレラアが私の家で暮らしだして半月が経とうとしていた。
一人で暮らしていた時から、掃除洗濯、炊事など日常生活のほとんどを魔法でなんとかしていた。さらに言えば、食事や睡眠を年単位で取ることを忘れても死ぬことはないので、最低限だけで無頓着になっていたところはあった。
ミレラアは私の従順なメイドとして、家のことや身の回りの世話をすすんでこなした。私が掃除をしなくても家の中は常に綺麗に片付き、料理や飲み物が欲しいと言えば出てきた。
おかげで以前より快適で怠惰な生活を送っていた。
『ねえ、シェリー。このままでいいの?』
ソファー代わりに背中を預けているクライブが尋ねてきた。読んでいた本から目を上げ、ミレラアが魔法を使わずに紅茶を淹れている背中を眺める。
「あんまりいいとは言えないわね。あの子の抱えている問題も、持ってきた問題も解決はしてないもの」
思わず深いため息がでてしまう。
「クライブはミレラアに早く出ていってほしいのかしら?」
『そういうわけじゃないよ。でも、あいつシェリーに変なことしようとしているだろ? あれはなんというか面倒くさい』
「それには同意見よ。だけど、あの子、そこにさえ目をつむれば優秀なメイドなのよね」
クライブもそれには同意見のようで小さく頷いている。クライブの言う面倒くさいところは、私に対する愛の重さゆえの行動だということを理解しているが、それがあまりに度が過ぎているのだ。
掃除の際にわざと私の足元に来て、隙あらば触れたり頬ずりをしようとしてくる。しかも、そこで私に踏まれたり、足蹴にされても嬉しそうな表情を浮かべるので困ってしまう。
それだけでなく着替えを手伝うと言いながら私の肌を見たり触ったりして、だらしなく口元を緩めたり鼻息を荒げたりもする。さらに湯浴みをしていると、覗こうとしたり、同性だということを利用して、私の体を洗うためと言い訳しながら侵入しようと試みてきたりもする。このままではいつ夜這いを仕掛けられても不思議ではないので、寝るときはミレラアが近づけないように魔法で結界を張るようになった。
思い返してみるとドッと疲れを感じてしまい、クライブに顔を埋めるように身を預けた。クライブの上質な毛並みと程よい温かさは癒しを与えてくれる。いつも通りの心地よさの中にふわりといい香りがクライブから漂ってきた。
「ねえ、クライブ。いい匂いがするのだけど何かやった?」
「私がシェリア様にくつろいでいただくて、そのグリフォンの毛並みをとかし、アロマで匂い付けをしてみました」
私の疑問に答えたのは紅茶の入ったポットとカップを手に戻ってきたミレラアだった。紅茶の入ったカップを受け取り、ひとくち口をつけてテーブルに置いた。
「それで実際のところはどうなの、クライブ?」
『言ってることは間違ってないよ。たまに時間をかけて毛繕いをやってくれてるよ』
「そうなのね。ありがとう、ミレラア」
「感謝されるのは嬉しいですが、どうしてすぐに信じてくれないんですか?」
『それはお前の普段の行いのせいだろ?』
クライブはミレラアに言い放ち、そっぽを向く。そんなクライブに対して「そんな態度取るなら毛並み整えるのやめて、逆にその羽根むしってやろうか?」と脅すような言葉を口にしていて、クライブとミレラアはしばらくにらみ合う。
そんな様子を見ながら、クライブとミレラアはなんだかんだ上手くやっているなと笑みがこぼれてしまう。
「それでシェリア様。私もそこのグリフォンと同じようにあなたを愛称で呼びたいのですが」
「ダメよ。だって、あなたは私の正式な使い魔ではないし、押しかけメイドでいついているだけじゃない?」
「じゃあ、どうすれば認めてもらえますか?」
ミレラアは必至な表情で私に尋ねてくる。
「どうして私にこだわるのかしら?」
「シェリア様に惚れ込んでしまったからです。その想いはここでの生活で強くなる一方です。最初はシェリア様の美貌や飲んだ血の極上の味、何より強さに惹かれました。圧倒的な強者であるのに他者に支配も強要もしない優しさ。やろうと思えば、私のことなんて使い魔の契約を使って、殺すことも無理やり従わせることも簡単でしょう? いえ、シェリア様なら契約を盾にしなくてもできるでしょうね」
「まあ、簡単にできるわね。やろうと思えばだけど」
「そこでやらないからシェリア様は素敵なんですよ。ここで過ごさせてもらって、そこのグリフォンを見ているだけでも分かります。あなたのそばにいるだけで得られる幸福がいかに素晴らしいか」
クライブはミレラアの話を頷きながら聞いている。私にはわからないところで共感しているのだろう。
しかし、クライブに対してもミレラアに対しても私は何もしていない。ただ一緒にいて、だらだらと過ごしているだけ。幸福を与えているよりも、どうやっても死ぬことすらできないという地獄に付き合わせているという感覚の方が大きい。
私からの反応がないせいか、ミレラアは不安そうな表情に変わり、クライブに耳打ちしながら「お前はどうやって、シェリア様の使い魔として認められたのよ?」と尋ねていて、クライブは「十年以上無視されてもシェリーのそばにいただけ」とあっさり答えていた。ミレラアは先の長い交渉になると思ったのか表情を歪めていた。
そのやり取りは私に筒抜けで、私に向けられる愛の重さを痛いほど感じてしまう。
「ミレラア。あなたは本当に私の使い魔かメイドになりたいの?」
「もちろんです」
ミレラアは即答だった。
「私は死ぬことができない運命にとらわれているわ。それは地獄と形容してもいいものよ。あなたはそれに付き合う覚悟はあるかしら?」
「死ぬこともなく永遠にシェリア様のそばにいられるなんて、最高じゃないですか」
「その言葉、百年後も千年後も同じように言える?」
「はい。私は健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、命が尽きぬこともこの身が果てることがなくとも、いつまでも変わらぬ敬愛をシェリア様に誓います」
「その言い回しは気持ち悪いわ。だけど、あなたの覚悟はたしかに聞き届けたわ」
ミレラアは分かりやすく嬉しそうに表情を明るくする。
「じゃあ、ミレラア。あなたの私への気持ちがどれくらい本気なのか試させてもらうわ」
「試す? 何をすればいいのでしょうか?」
「仕事を一つ頼まれてくれるかしら? 仮とはいえ私の使い魔としての最初の仕事よ。そして、私の影響下にある今のあなたならきっと簡単な仕事」
「分かりました」
ミレラアは表情を引き締め直し、真っ直ぐに強い意志のこもった目で私を見つめてきた。
ミレラアの透き通るルビーのような赤い目はとても綺麗に思えた。その目を私が欲しいと言えば、二つ返事で自分の目をえぐって私に差し出してきそうなほど重すぎる愛に私は応えられない。
だけど、それが私のそばにいるだけで満たされるというのであれば、選択をするのはきっと私ではなくミレラアの方なのだろう。
私がミレラアに頼んだ仕事は、通過儀礼ときっかけにすぎないのだから。




