偏愛のヴァンパイア ②
「何もしなければ見逃してあげたのに、さすがにおいたが過ぎたようね。ヴァンパイアのお嬢ちゃん」
正面からヴァンパイアの少女の顔をまじまじと見つめる。驚きの表情を浮かべてはいたが、まだ何とかしようとしているのか表情にはまだ諦めや絶望といった色合いは見えない。その証拠に動かせない体を動かそうともがこうとしている様が見て取れた。
「とりあえず、ベッドの上にいられたら邪魔だし、床に座ってもらえるかしら?」
「なんで私がお前の命令を――」
ヴァンパイアの少女は言葉では反発するも、体は素直に私の言葉に従い、ベッドから降り、床に正座をした。その様子を見て、私が用意していた対抗措置が上手くいったことを確信する。
ベッド脇に座り直し、正面からヴァンパイアの少女の目を見つめる。ヴァンパイアの少女も最後の抵抗とばかりに、私の目を真っ直ぐに見つめ返してきた。その見つめ返してくる瞳が怪しく赤く輝くが、今の私とヴァンパイアの少女の関係性では何をやっても意味がない。
「どうして、お前は平然としていられるのよ……?」
「なんのことかしら?」
「血を吸って眷属化したはずよ。今も私の魔眼での支配が効かないなんて……」
「魔眼ねえ。そういうことができるってことは、お嬢ちゃんは始祖種なのね。しかも、こうやって私と会話をしているということはその中でも力の強い貴族だったりするのかしら?」
ヴァンパイアの少女の沈黙が私の推察が当たっていることを示していた。
ヴァンパイアは魔導文明崩壊時に異界からやってきた種族だ。その高い知性と普通の人間では敵わない力の前に、いくつもの都市がヴァンパイアの支配下に入っていった。そうして勢力を拡大していき、日照時間の少ない北方地域を中心に、ノーアニブルという名のヴァンパイアを主とする支配領域が築かれた。
ヴァンパイアは同じ種族の中でも階級制度があり、始祖種と呼ばれるいわゆる貴族階級に属する者たちは高潔でプライドも高いが上位存在としての義務感や責任感というものは強い。そのため人格者や倫理観の高い者が多い。だからこそ、人間との間に不可侵条約や講和条約の締結に尽力した。
その結果が、今の人類のみが緩やかに衰退していく平穏な世界への道筋を作ったとも言えるだろう。
ヴァンパイアの少女は恐怖を感じ始めたのか、口元がわなわなと震え始めた。そんな様子も元の顔が整っていて若く見える容姿をしているせいか、かわいく見えてしまい、ちょっとだけ虐めたくなってしまう。
「始祖種で大胆なことをしたわりには、かわいい表情もできるじゃない。お嬢ちゃん」
そう言いながらわざとらしく笑みを作ってみせる。そんな私の言動に少し前までの抵抗をしようとしていた心が折れてしまったのか、目からは覇気が感じられなくなり、身動きもしなくなった。少しやりすぎたかなと思いつつも、大人しくなったのは好都合と捉えることにした。
「それじゃあ、なんでこんなことをしたのか話してもらおうかしら? お嬢ちゃん」
それは命令ではなくお願いで、ヴァンパイアの少女が話す気がないというならそれでもいいと思った。だからこそ、ヴァンパイアの少女に自由を与えると、ヴァンパイアの少女は力なく床にへたり込んでしまった。ヴァンパイアの少女は体を起こし、自分の意志で体を動せることを確認し終えると、私のことを正面から見上げるように見つめてくる。
「さっきからお嬢ちゃんと呼ぶけど、私は子供じゃない。それをまずは止めてもらえる?」
「そうは言っても、私からすればあなたは子供も子供なのよね。生きてきた時間も知識も経験も力も全てにおいてね」
「あなたがそう言うなら、そうなのでしょうね。しかし、私にはミレラア・ローシュという名前があり、なにより上位始祖に名を連ねるローシュの名を汚されるわけにはいかないのよ。魔女シェリア」
「私の名前を知っているのね。そういうことなら、なおさら話を聞かせてもらわないとね。説明なさい、ミレラア」
ミレラアは口元をキュッと締め、一度首を横に振る。
「その前にあなたは私にいったい何をしたの? 血を吸ったはずなのにどうして眷属になっていないのよ?」
「説明をしろと言っている相手に、先に自分に起こったことを説明を求めるのね。まあ、いいわ。ミレラア、あなたが私の血を飲んだからよ」
「それは説明になってないわ。魔法師とはいえ、私たちヴァンパイアのそれも始祖種からの支配からは逃れられないはずよ」
「そもそも私は普通の魔法師ではないもの。相手を間違えたわね。それにあなたがヴァンパイアだってことは最初から分かっていたから対策も簡単だったわ」
「どうして? 私の変身魔法は完璧だったはず」
「そうね。だけど、私の使い魔のグリフォンはただのコウモリでないことは匂いですぐに気付いていたわよ。それに私もあなたから感じる魔力の気配ですぐに気付いていたわ。あとはヴァンパイアがコウモリやネズミのような小動物に変身できることを知っていれば、あなたが何なのか分かるのは当然のことよね」
「だけど、正体が分かったところで眷属化は逃れないはずよ」
「それはそもそも単純に力の差よね。あなたでは私を支配するには力が足らなさすぎるのよ。まあ、私を眷属にできるような存在はこの世界にはいないでしょうけど。あとは念のためにベッドの下のカーペットに隠すように魔法陣を設置していたのよね。なんの魔法陣か分かるかしら?」
ミレラアは首を静かに横に振る。
『僕はすぐに分かったよ』
話に横入りするようにクライブが私のそばまでやってきて、私の体に頭を擦りつけてくる。その頭を撫でながら「さすが私の使い魔ね、クライブ」と褒めてあげる。そのやり取りをミレラアは驚いた表情を浮かべながら聞いていた。
「なんで私がグリフォンの言葉を理解しているの?」
「だって、あなたは私の眷属――いえ、使い魔になったのだから、同じ私の使い魔のこのグリフォンのクライブと話せても何も不思議はないわよね?」
「私はあなたの使い魔になった覚えは――」
ミレラアは私の話した内容と自分がついさっき経験したことを繋ぎ合わせ、状況を正しく理解できたのか、うなだれてしまった。
「理解できたようね。作動した魔法陣は使い魔の契約に使う陣よ。発動条件は魔法陣の中で私の血を自分の意志で飲むこと」
「本当に何から何まで完敗だわ……あなたにはどうやっても勝てる未来がないわ」
「あなたが賢い子で本当によかったわ、ミレラア。それであなたはこれからどうする? こんなことをした理由を話して、もう悪さをせずに出ていくというのなら、使い魔の契約から解放してあげてもいいのよ」
そう言いながら、ミレラアの頬に指を這わせながら、自分の顔を近づける。先ほどまで私に恐怖を抱き、抵抗する気力も手段もなくなった今ではそうやって嗜虐性をポーズだけでも見せれば、体よく追い出せると思った。
ミレラアは肩を震わせ始め、恐怖で動けないのか泣き出してしまうのかと様子を見続ける。
「すごい……こんなすごい魔女に出会えるなんて。しかも、始祖種の私でも足元にも及ばないほどに強い。こんなの、こんなのって……」
何を言い出したのかと黙っていると、突然ミレラアに正面から抱きつかれた。
「私をあなたの――魔女シェリア様のおそばに置いてくれませんか? 使い魔でもメイドでもかまいません。どうか」
ミレラアは至近距離で目を輝かせ、押し倒さんばかりに興奮気味に迫った来た。その変わり身と圧に、自分でも驚くほど気の抜けた「えっ!?」という声が喉からこぼれ落ちた。




