続・図書館慕情 ⑥
ヨルンたちとの食事はとても穏やかなものだった。
ドーリネの教育の賜物かカーヤの出してきた料理は少し豪華な家庭料理といったもので素朴だけれど凝っていて、とてもおいしく満足できるものだった。
またヴェルナーは子供にしては気が回るよくできた子で、大人の話の邪魔にならないようにユーリリーの面倒を見ながら、さらには空いた酒瓶や皿の片付けなどもこなしていて、これから先どんな成長した姿を見せてくれるのか楽しみになってしまう。
食事が終わると、ユーリリーは我慢していたとばかりに私のところにやって来た。
「ねえ、魔女様。その鳥さんは魔女様のお友達なの?」
「正確に言えば違うのだけれど、いつも一緒にいる大事な存在よ」
「そっか。じゃあ、家族みたいな感じ? お兄ちゃんやパパやママ、おばあちゃんはユーリリーといつも一緒にいてくれるよ」
「たしかに、家族というのがユーリリーには分かりやすいかもね」
「そうなんだねー。ねえ、その鳥さんに触ってもいい?」
ユーリリーの無邪気な好奇心に満ちた瞳を向けられる。それは幼いころのヨルンが魔法を初めて見た時の眼を思い出してしまうほどに輝いていて、思わず笑ってしまう。
それと同時に空気に緊張が走るのを感じた。ユーリリーと私以外のこの場にいる全員がユーリリーが迷惑を掛けているのではないか、私に失礼を働くのではないかと気にしている気配を感じる。しかし、私はそこまで狭量ではないし、私自身かクライブをはじめ気に入った存在に危害を加えられたり、理由なく貶められない限りは怒ることもないのだ。というか、他人に興味がないうえに面倒くさがりなので怒るということすらしないかもしれない。
「いいわよ、ユーリリー。でも、ちょっと待っててくれる?」
「えっ? わかった」
「ねえ、ヨルン。ここでクライブに少しだけ大きくなってもらっても大丈夫よね?」
「シェリア様、それは構いませんが節度だけは……」
「言われなくても分かってるわ、そんなこと。クライブ」
クライブは私に呼ばれ、テーブルの上から床にパタパタと羽ばたいて降り立った。
『それでシェリー。どれくらいの大きさになればいいんだ?』
「そうねえ。ヴェルナーの腰くらいの大きさになれるかしら」
『分かった』
クライブは返事をすると、ポンという音と共に大型犬くらいの大きさになった。
「すごい! かわいい! 魔女様、触ってもいい?」
「もちろんよ、ユーリリー」
ユーリリーは興奮気味な表情とは裏腹に、慎重にクライブに手を伸ばした。そして、羽根をひと撫でするとその触った感覚に身を震わせ、我慢が出来なくなったのかそのまま抱き着いた。思わずヨルンとカーヤがユーリリーを止めようと近づこうとするも私が目と手で制止すると、二人は緊張した面持ちで成り行きを見守っていた。しかし、クライブは賢く子供の接し方も慣れているので、ある程度ユーリリーの好きにさせているようだった。
その様子を見ていたヴェルナーも「僕も触ってもいいですか?」と我慢できなくったのか、年相応の言葉をようやく発したので、私は頬を緩ませながら「もちろんよ」と促した。
「クライブ、もう少し大きくなって二人の背もたれになったり遊んであげなさい。あと私たちはここで話をしたいから子供たちを連れて他の部屋に言ってもらえるかしら?」
『分かった』
クライブはユーリリーに抱き着かれたまま、もう少し大きい姿に変えるとユーリリーは背中に乗った状態になった。ヴェルナーも空気をしっかり読んで、ユーリリーを支えながら「こっちの部屋で遊ぼうか」と連れ立ってリビングから出ていった。
そこで緊張が解けたのかヨルンが大きく息を吐きだした。
「すいません、うちの子が」
「いいのよ。それじゃあ、色々と話をしましょうか?」
「分かりました」
私が場の空気感を変えるタイミングを見計らっていたかのように、ドーリネが椅子から立ち上がった。
「シェリア様。私は先に休ませてもらいますね」
「ええ。ドーリネ、あなたと話せてよかったわ。これからも幸せにね」
「ありがとうございます。それでは我が家と思って、ゆっくりとくつろいでいってください」
ドーリネは頭を下げ、ゆっくりとした足取りでリビングをあとにする。私はその後ろ姿を名残惜しさを感じながら見送った。
「シェリア様。それでは私は資料を書斎に取りに行くので、しばらく席を外させていただきます」
ヨルンもそう言い残し一礼してから、席を立った。取り残されたカーヤと視線を合わせると、カーヤは困ったように笑顔を返してきた。
「そういえば、カーヤ。あなた何か困りごとはない?」
「困りごと……ですか」
「例えば、そうね。ヨルンのあの不格好な服装をどうにかしたいだとか」
私の言葉にカーヤは思わず噴き出した。
「それはたしかに困ってます。私はもっとちゃんとしたものを着て欲しいのですけれど、主人がこれはこだわりだからと譲らなくて」
「私も本人から聞いたから知ってるわ。でも、私と再会したのだからそのこだわりは不要だと思わないかしら?」
「そうですね。では、主人の服を持って来ましょうか?」
「ええ。ヨルンが帰ってくる前に全部終わらせちゃいましょう」
「はい」
カーヤは満面の笑みで急ぎ足でリビングと寝室を往復する。そして、ヨルンが仕事用に着ているサイズが合っていなかった服を積み上げる。
それをヨルンの体型に合わせて、全てを魔法で一瞬でリサイズした。その服をリビングのテーブルの上に並べ、満足そうな表情を浮かべているカーヤと少しいい酒で乾杯をした。
そこに書類を持ったヨルンが真面目な表情で戻ってきて、テーブルの上に並べられた服を手に取り、つい叫び声をあげた。それをカーヤと顔を見合わせて声を出して笑い合った。
ヨルンが恨めしそうな表情でこちらを見つめてくるので、
「今のあなたの表情はきっと忘れないわ。これを機に服装を含め、ちゃんとしなさい。そして、最期の時まで賢く生きなさい」
そう諭すように口にすると、ヨルンは叱られた子供のようにうなだれながら、はいと一言返事をした。
それからしばらくしてクライブが戻ってきた。ユーリリーが遊び疲れて寝たから、ヴェルナーが部屋に連れて行ったと教えてくれた。
これからは大人だけの時間。夜はまだまだ長い。私は今日はどんな話を聞かせてもらえるのだろうかと楽しくなっていた。




