続・図書館慕情 ⑤
エントランスで立ち話をするというのもホスト側からすれば問題あるし、招かれた側の私としても気まずさを感じないわけではない。
そんなとき、首の後ろでもぞもぞと動く感触がして、髪と首の隙間からクライブから顔を出した。
『ねえ、シェリー。僕はどうしたらいい? 外で待っていた方がいいのかな?』
「ああ、クライブのことを忘れてたわ。ちょっと聞いてみるからそのまま待ってなさい」
私の客観的に見れば、独り言に見えるそれを隣で聞いていたヨルンと正面に立つカーヤは小首を傾げていた。
「ねえ、ヨルン、カーヤ。私の使い魔のことなんだけど、家に入れても大丈夫かしら?」
「シェリア様の使い魔は先ほど少し見ましたが、随分と賢そうなので私は問題ないと思いますが……」
ヨルンはそう口にし、カーヤへと視線をやる。
「私はどのような生き物か分からないので、何とも言えません。しかし、シェリア様の使い魔ならきっと問題はないだろうと思います」
「ありがとう。私の使い魔はクライブという名前のグリフォンでね、今は手の平に乗る小鳥くらいのサイズになってるわ。クライブ、ちょっと出てきて二人に挨拶なさい」
私の言葉にクライブは姿を現して、上向けにした私の手の平にパタパタと肩から飛んで移動をする。その様は一見すると愛らしいことこのうえないが、実態は馬より大きな一般には恐れられる類のモンスターで。
『わかったよ、シェリー。でも、この人間たちには僕の言葉は理解できないんだろう? どうしたらいいんだ?』
クライブは首だけ回して、私の顔を見つめながら、不満げな声をあげる。
「そうだったわね。とりあえず、二人の手の平に乗って頭を下げるでいいんじゃないかしら? 人間にはそういう礼をする挨拶もあるのだから」
『そうなのか? わかった』
「そういうことだから、ヨルン、カーヤ。ちょっと手を出してくれるかしら?」
私に言われるがまま、二人はおそるおそるといった風に手を出して手の平を上に向ける。今から小さく愛らしい姿をしているとはいえ、グリフォンが手に乗るのだから緊張してしまう気持ちはわからないでもない。しかも、そのグリフォンが街を守護している魔女の使い魔となれば粗相もできない。そういう意味では二人が感じるプレッシャーは相当のものなのかもしれない。
そんな内情を知らないクライブは私の言う通りに、まずはヨルンの手の平に乗り、頭を深く下げるお辞儀のような所作をして、それを終えるとカーヤの手の平でも同じことをして、私の肩に戻ってきた。
二人は緊張から固い表情をしていたが、クライブが乗ったときに感じる毛並みと程よい温かさに、思わず頬が緩んでいた。さすがはクライブと私も内心ではくすりとしてしまう。
「それでは、中へどうぞ。クライブ様には何をお出ししたらよろしいでしょうか?」
「果物や焼いた肉を適当に小さく切って出してくれたらいいわ。クライブもそこから好きなものを選んで食べるでしょうし、この体のサイズなら少しの量でも満腹になるんじゃないかしら」
ヨルンの質問に答えると、カーヤとヨルンは視線を交わし、おそらく目で準備できるか確認しあったのだろう。その証拠に私の返答に対してカーヤが、「分かりました。それでよろしいのでしたら、すぐに用意できます。クライブ様も食事を楽しんでくださいね」と柔らかな笑みを浮かべた。クライブはクライブで『ねえ、シェリー、聞いた? 僕も一緒でいいんだって。それにクライブ“様”だって。なんか不思議な感じだよね』とどこか興奮気味でその全てがはっきりと言語として聞こえる私はため息をつきたくなってしまう。
それから、三人でリビングへと移動した。リビングに入ると、少し背の高い男の子に出迎えられた。
「魔女様、ようこそいらっしゃいました。僕はヴェルナー・アントガルと言います。お会いできて光栄です。では、席の方へどうぞ」
ヴェルナーはカーヤとヨルンの息子なのだろう。サラサラの赤毛にカーヤに似た顔つきのせいか、中性的な美男子というのが率直な感想だった。
二人の年齢を考えればまだまだ幼いはずで、その割にしっかりとして落ち着いた振る舞いはかつてのヨルン以上かもしれない。このまま順調に成長すれば、ヨルン以上の才覚を発揮するかもしれない。
ヴェルナーにエスコートされながら椅子に腰かける。
「ありがとう、ヴェルナー。ずいぶんとしっかりしているけど、あなたは今はいくつなの?」
「十三歳になります。それでお飲み物はどうなされますか?」
「ヨルンにビンテージものの果実酒を預けているわ。ここに来る前にエーレンツの墓に寄ったから、追悼の意味を込めていいものを用意させてもらったわ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
ヴェルナーは頭を下げ、ヨルンから果実酒を受け取り、カーヤと共にキッチンの方へと消えていった。二人と入れ代わるように、ドーリネがキッチンからリビングへと入ってきた。そして、私に気付くと深く頭を下げ、近くの椅子に座ろうとするので、
「ドーリネ。あなたは私の正面に座ってもらえないかしら? 私にとってはあなたが一番馴染み深いのよ」
と、お願いすると、ドーリネは「ええ。分かりました。しかし、正面が私でいいのですか? ヨルンとお話する方が有意義でしょう?」ともっともなことを言ってくる。
「私はあなたと話したいのよ。懐かしい顔見るとホッとするのよ。だから、いいでしょう? ヨルンたちとは食事の後にゆっくり話すから気にしなくていいわ」
「そういうことなら、お言葉に甘えて」
ドーリネはゆっくりとした足取りでテーブルを挟んだ向かい側へと座る。その懐かしい姿を正面からまじまじと見ると、あんなにも美しかった顔には年相応の皺が刻まれ、髪の毛は白くなってしまっている。元々痩せ型だったが、今はさらに痩せてしまっていて、次にストベリク市に来るのがいつかは分からないがもう会うことはないだろうと予感させられてしまう。
しかし、その老いや命に終わりがあるという当たり前の中で生きているドーリネに強く憧れ、美しいとさえ思ってしまう。
「シェリア様。こんな老いた私を見て笑っておられるようですが、何か面白いですか?」
「いいえ。ただかわいいお婆ちゃんになったものねと思ったのよ。羨ましいわ」
「羨ましいだなんて、そんな。シェリア様はいつ見ても若々しく美しい。一般的にはそちらが羨まれることではございませんか?」
「そうね。でも、誰だって、ないものねだりをするでしょう? それに私はあなたとまたこうして会って話せてるというのが嬉しいのよ。だって、この街で一番付き合いがあるのはドーリネ、あなたなのよ」
「そうなのですね。私もまたシェリア様とこうしてお会いできて本当に嬉しく思っています。主人も生きていればきっと同じことを言ったことでしょう」
「そうね。それにエーレンツにはもう会ってきたわ。墓の下だから話すことはできなかったけどもね」
「それはわざわざ主人に会っていただき、ありがとうございます。主人に代わってお礼申し上げます」
「いいのよ。それでエーレンツには見せるだけだったけど、一杯だけでいいから一緒にお酒を飲んでもらえないかしら?」
「ええ、喜んで」
ドーリネは嬉しそうに頷いた。その表情に二人で秘密のお茶会をした時の笑顔を思い出して重ねてしまう。いくら歳を取っても面影は残り続けるもので、やはり綺麗だと思ってしまう。
それと同時に私にはないものを全て持っている今のドーリネに羨ましさを感じながら、食事が運ばれてくるまでの短い時間を二人だけで、久しぶりの再会を懐かしみ、おそらくお互いに最後になるであろうことを惜しみながら話をした。




