続・図書館慕情 ①
私の生活はひどく安定してた。
毎日のようにクライブをソファー代わりに寄りかかり、上質の毛並みを堪能しながら、本を読みふけるという怠惰な生活を送っていた。そして、年に一回くらいの頻度で気まぐれにミアトー村にふらりと立ち寄る。
代わり映えもしないけれど、不満もないそれなりに満たされた生活。
「久しぶりに図書館と鐘楼が見たいわね」
ふと思い出したように口にすると、クライブが眠たそうに下げていた首を上げる。
『どこか行くの、シェリー?』
「ええ。ストベリク市に久しぶりに行こうかなって」
『ストベリク?』
「図書館が有名な賑やかな都市よ。ミアトーみたいに私が力を貸してるところよ」
『ふーん。そうなのか。どんなところか興味あるな』
「じゃあ、明日にも出向きましょうか?」
『僕もついて行っていいの?』
「もちろんよ」
クライブは嬉しいのか目を細めて、私に甘えるように頭を擦りつけてきた。それを私は優しく撫でてあげる。触り心地がいいのでいつまでも触っていられる気がした。そのままベッドに移動するのも面倒なので、クライブに寄りかかり羽根を毛布代わりにして眠りにつくことにした。
翌日。日が昇ってから、クライブの背に乗り、ストベリク市の方に飛んでいく。背中で二度寝をしたくなる誘惑にかられてしまうが、ストベリク市に近づきすぎたり、うかつに街道沿いを飛んでしまうと誤解されかねないので、そこを避けるようにクライブを誘導しなければならない。
もう少しで遠目にストベリク市が見え始めるというタイミングで、クライブに止まるように指示して、ホウキに乗り換える。
「クライブ、そろそろ小さくなりなさい」
クライブはその言葉にすぐに小さな鳥の姿になり、そっと私の肩に乗った。体のサイズを変える魔法をだいぶ使い慣れてきたのか、今ではとてもスムーズに魔法を行使できている。
クライブを肩に乗せ、ストベリク市を目指した。わざと外れていた街道に戻り、道なりに飛んでいく。ストベリク市が近づくにつれ、街道を行きかう人が多くなってくる。さらに人家や耕作地が多いところまで近づくと、空を見上げて声をあげたり、手を振って歓迎される。その光景を見たクライブは、
『ねえ、シェリー。あんなにたくさんの人がこっちに向かって、手を振っているよ! なんで?』
と、興奮気味に楽しそうな声をあげていて、人の多くいる場所はミアトー村しか知らないクライブには新鮮な驚きなのだろうと思うと、かわいらしくて頬が緩んでしまう。
外郭が見てきたので高度を落とし、今回もやってきたことを明確に伝えるために、衛兵にそっと近づいた。
「お邪魔させてもらうわ」
上から聞こえてくる声に衛兵は最初は驚き、私の姿を見て、背筋を伸ばす。
「ようこそいらっしゃいました、我らが魔女様!」
「相変わらず、ここの子は真面目と言うか硬いわね」
思わずくすりと笑うと、衛兵は私の顔をじっと見つめて固まってしまうが、すぐに表情を引き締め、敬礼をして送り出してくれた。
それから再度高度を取り、街の姿をクライブに見せるために人が多くいる市場の方へとホウキの先を向ける。
今回も私の姿に気付いた人から空を見上げ声をあげるので、一瞬で市民から大歓迎の歓声があがる。それは地響きにも似たすごい圧力で、クライブは驚きから声も出せないのか、体を細くし、毛を逆立たせている。
「大丈夫よ、クライブ。あの人たちに害意はないわ。みんな私を歓迎しているのよ」
『そうなのか? シェリーって本当にすごい魔女なんだな』
「いまさら実感したの?」
クライブは言葉を言い淀んでいるようで、その様がおかしくて、クスクスと笑ってしまった。
「じゃあ、目的のストベリク市自慢の大図書館に行きましょうか」
そう口にして、都市中央部へと飛んでいく。ストベリク市は相変わらず賑やかな場所でミアトー村との差を改めて感じてしまう。あちらでは人と触れ合う楽しみがあるが、こちらでは人が多すぎる分、眩暈を起こしそうになってしまう。しかし、平穏だからこその盛況ぶりでいい都市だなという感想は変わらない。
そんなことを考えていると、ストベリク市の象徴たる大図書館が見えてきた。
図書館に近づいて、相変わらずの存在感にまずは懐かしさと変わらぬ愛着を感じてしまう。クライブは「でっかい建物だなぁ。ミアトーにはこんな建物ないしな」とある意味では当然の感想を抱いていて笑ってしまう。
それからふわりと高度をゆっくり上げていき、鐘楼へと降り立った。クライブも鐘楼の壁の上にちょこんと乗り、同じように景色を眺める。
眼下から、ざわざわと人が活動する音が波のように聞こえてくる。空は青く澄んでいて、街を一望でき、遠くの山の緑もはっきりと見える。
『なあ、シェリー。この景色はそんなに特別なのか?』
「そうよ。私やクライブは飛べるから特別感はないかもしれないけれど、普通の人間からすれば高い場所からの眺めというのは特別なものよ。もしクライブが飛ぶことが出来なかったら、この高さの景色を見ることはできないでしょう?」
『そう言われたら、そうだな。それでここは何がある場所なんだ?』
「下の建物は図書館と言って、本がたくさんあるところよ。私が普段読んでいる本もここから取り寄せているの。今いるところは鐘楼と言って、昔は綺麗な音を鳴らす鐘があったのよ」
『へえ。シェリーにとって、大事な場所ってことなんだな』
「ええ、そうよ」
クライブの言葉に相槌を打ちながら、ふいに哀愁というべき感情が胸を支配してくる。これからはクライブと同じ景色を共有していけば、懐かしさや思い出を話せるようになっていくだろう。
そんな日が来るのは何十年後か何百年後か。そんな日が来るまでのんびりと過ごせばいいかと今は楽観的に考えることにした。




