その小さな命に手を伸ばして ⑥
グリフォンのクライブとの生活は始まってみれば、悪くないものだった。
クライブは毎日水浴びをしているからだけではなく、使い魔になったことで体の内部構造が変わったのか、毛並みが以前より明らかによくなった。そのおかげか、読書をする際に座っているクライブにソファー代わりに寄りかかることが増えた。程よい体温と上質な毛並み、クライブの呼吸のたびにわずかに揺れる感覚が心地よくて、さらにはクライブが自分の羽根をブランケットやひざ掛けのようにそっと私の体を包み温めてくれるので、読書も捗るが寝落ちもしてしまうほどに気持ちがよかった。
クライブが賢く甘えんぼうな性格なので、私と一緒にいられるのが楽しく幸せだという感情が言葉や態度から伝わってくる。
ソファーにされても読書の合間に羽根や体を撫でられれば、嬉しそうに目を細めたり甘えるときの高い声を出している。
それだけでなく、私にホウキ代わりにされ背中に乗せて空を飛んでも、どこか楽しそうで、私からすれば魔法を使わないですむので疲れないし、乗り心地もよく、まるでソファーに乗ったまま移動している感覚だった。クライブは私がホウキで飛んだ方が速いということを知っているので、気合いを入れて一生懸命に速く飛ぼうとする姿はかわいく見えた。
驚いたことはクライブが一つだけ魔法を使えるようになっていたことだ。それは使い魔になると発現することがあると魔導書を読んで、後に知ったことだったが、初めて見たときはさすがに目を丸くした。
それはミアトー村にクライブを連れて行ったときだった。
私の使い魔になったことで都市機能を維持する魔法陣の中に入れるようにはなったが、突然グリフォンが域内に侵入したとなれば村人からすれば一大事だ。だから、魔法陣の内側に入ったタイミングでクライブに止まってもらい、私はホウキに乗り換えた。
『どうしたの? シェリー?』
「ねえ、クライブ。このまま村に行ったら村人が驚くでしょう?」
『うん、たしかに。じゃあ、僕は待っていた方がいいかな?』
「それでもいいけど。ねえ、クライブ、小さくなれたりしない?」
『無茶言わないでよ、シェリー。やってみるけどさ』
クライブは目を閉じて、おそらく自分に小さくなれと念じているのだろう。私は期待はしていなかった。成長や進化の過程で外敵から身を守るために体を大きくすることはあっても、その逆の事例はありえないことだ。
しかし、ポンッという音と共にクライブの体は一瞬で縮んだのだ。その事実に驚いて、目を見開いてしまった。
クライブの今の姿はサイズ感的には大型犬くらいだろうか。これでも問題ないけれど、できれば可愛げがある方がいい。
『できたよ、シェリー!』
「本当にできるとは思わなかったわ。その調子で私と出会ったころの手の平に乗れるくらいのサイズになれないかしら?」
『本当にシェリーは無茶しか言わないな』
クライブは呆れたような口ぶりだったが、先ほどと同じように目を閉じる。すると今度はすぐにポンッという音と共に、クライブは手の平サイズにまで縮まった。
「すごいわね、クライブ」
『そうかな? 小さくなってもシェリーが守ってくれるという安心感があるからかな? というか、これも魔法なの? シェリー?』
「たぶん魔法だと思うわ。詳しくは分からないけれど、でも、本当にすごいわ」
クライブはパタパタと私の肩に乗ってくる。その愛らしい姿につい頬ずりをしたくなってしまう。そのままクライブを肩に乗せたまま、ミアトー村へと飛んだ。
ミアトー村に辿り着くと相変わらずの歓迎を受けた。
村長のダニエリクは歳を取ったのか、私を出迎えに来る速度も遅くなったように思える。その間の時間を利用して、村の子供にクライブを紹介する。小さな鳥の姿に子供たちはかわいいと声を上げる。
「この子は魔女様のペットなの?」
「正確には少し違うけど、そんな感じかしらね?」
『そうなのか、シェリー?』
「どうかしら? クライブ、この子たちとちょっと遊んできてくれるかしら?」
『それはいいけど、シェリーはどうするんだ?』
「わたしはいつも通りこの村で用事をすませてくるだけよ」
そうクライブに言うが、実際は村の近況をダニエリクから聞きながら、紅茶を飲むくらいだ。
『じゃあ、行ってくるよ』
クライブはパタパタと飛んでいった。子供もクライブの後を走って、追いかける姿はどこか微笑ましいものがあった。
「これはこれは魔女様。ようこそいらっしゃいました。ミアトー村はいつでもあなた様を歓迎いたします」
クライブの姿を見送っていると、いつものけったいな挨拶をする声が聞こえてきた。その声はずいぶんと弱々しく、しわがれたものになった。
私はその声の主に向き直る。杖をつく老いたその姿に羨ましさと、寂しさを感じてしまう。
「相変わらず、ずいぶんな挨拶ね。ダニエリク」
今はいつもの皮肉をいつもの口調で返すことにした。




