その小さな命に手を伸ばして ⑤
グリフォンと一緒に空へと飛びあがり、速度を合わせて森の中にある湖に向かった。
グリフォンが水浴びを始めたのを横目に、私は契約の儀式の準備を始める。グリフォンがずっとそばにいたいと望むなら、私の使い魔になり、私と同じ時間を過ごさないかと誘うつもりだった。
使い魔になると、私の魔力の影響を強く受けることになり、私が許可しないかぎり死ねなくなってしまうだろう。もしそこまでの覚悟がグリフォンにないと言うなら、契約を破棄して最期の瞬間までグリフォンの好きに生きてもらえばいいと思っている。
自分を中心に地面に魔法陣を描いた。あとはグリフォンが陣の中に入り、私の血を自分の意志で飲めば契約は完了される。
グリフォンが水浴びを終え、私の元に近寄り、陣の中に迷わず入ってくる。私にすり寄ってくるので軽く撫でてやる。そして、まっすぐにグリフォンの目を見つめると、何かを察したのかグリフォンも心なしか表情を強張らせる。
「緊張しなくても大丈夫。私はキミの覚悟を知りたいだけだから」
私は宙空に右手を伸ばし、そこに開かれた空間の中からナイフを取り出した。そのナイフを使い左手の手の平をすっと斬りつける。皮膚が切り裂かれ、痛みと共に赤い血が流れ始める。その血を手の平に溜めるようにしてグリフォンの顔の前に差し出した。
グリフォンは私の顔と手を何度も見比べるように視線を動かす。私は笑顔を見せながら、「大丈夫だから、飲んで」とグリフォンに手を近づける。
グリフォンは血を飲むというより、傷を心配して手の平を舐めてくれた。
その瞬間、魔法陣は強い光を放ち、その光にグリフォンは驚いたように前足を高く上げた。
『えっ、なんで地面が光ってるの? どうなってるの?』
グリフォンの声が頭の中に響いて聞こえてきた。そのことで使い魔の契約の儀式が成功したのだと理解する。初めての魔法だったのでホッと胸を撫でおろした。
「私の言葉が理解できるかしら?」
その問いかけにグリフォンは驚いたのか体をびくつかせた後、真っ直ぐに私を見つめ直してきた。
『うん、分かる。分かるよ』
「それはよかった」
ちゃんと言葉が通じたことに安心した。はたから見れば、グリフォンはただ鳴いているようにしか見えないだろう。
『でも、どうして急に言葉が分かるようになったんだ?』
「さっき魔法陣に入って私の血を飲んだでしょう? そのことで私の使い魔になったのよ」
『使い魔?』
「そう。勝手に契約したことは謝るわ。使い魔になったことで、キミは私と同じで自由に死ねない体になったの。それで普通の生き物として生きて、死にたいと望むなら契約を解除するだけだから、まだ戻れるわ。キミはどうしたい?」
『どうしたいって、聞かれてもな……僕はずっと一緒にいたいと望んでいただけだ。それは助けてもらったときから変わらない』
「じゃあ、私と一緒にずっと生きてくれるかしら?」
『もちろんだよ! そばにいられるなら、毎日だって水浴びするから』
そこで水浴びというワードが出てきたので、言葉が通じてなくても私の態度で気持ちは通じていたのだなと笑ってしまう。
「分かったわ。それでキミはなんて名前なのかしら?」
『名前? そんなのないよ』
「そう。じゃあ、私が名前をつけてもいいかしら?」
『いいの?』
「ええ、もちろんよ」
そこまで話して、どんな名前にしようか考え込んでしまう。甘えんぼうで意志の強いこのグリフォンにふさわしい名前。
古い時代に広く使われていた言語の“鳴く”と“生きる”ということを意味するそれぞれの単語を組み合わせることにした。
「クライブ……って、名前はどうかしら?」
『クライブ……クライブかあ。いい響きだと思う』
「そう。気に入ってくれたならよかったわ。それでクライブ。もう一度確認するのだけれど、私の使い魔として、永遠に共に生きてくれるかしら?」
『当たり前だよ。僕はあなたのそばにいたい』
即答だった。その真っ直ぐな言葉は私にすっと届いた。
「では、クライブ。今からキミは魔女シェリア・ラグレートの使い魔として、私と共に悠久の時に囚われてもらいます。死にたいと思っても自分の意志で死ぬことも許されない地獄のような世界で私と共に生きなさい」
『わかったよ。それで僕はなんて呼べばいいの?』
想像もしていなかったクライブの質問に不意に考え込んでしまう。シェリアという名前は魔女としての側面が強い名前になりすぎた。その名前で身内になる使い魔から呼ばれたくないと思った。身内から呼ばれる名前――最初に思い出したのは私を産み育ててくれた両親が呼んでくれた愛称。
「シェリーでいいわ」
『わかった。シェリー、これからよろしくな』
クライブは嬉しそうに頭を私の手や体にこすりつけるように甘えてくる。その愛らしい使い魔の愛情表現を受けながら、願わくばそのまま変わらぬ態度で私のそばにいて欲しいと今だけは強く願うことにした。