その小さな命に手を伸ばして ①
ミアトー村での用件を済ませ、お腹も程よく膨れたので夜になる前に家に帰ろうと思い立った。
ダニエリクはゆっくりしていくように勧めてきたが、昨日から久しぶりに人と接し続けてきたので疲れを感じてしまっていて、自分の家でだらりと周りの目も気にせずに自由に読書や寝たい欲が強くなっていた。
ダニエリクをはじめ村人に惜しまれつつも、ミアトー村から家のある森に向かってホウキに乗って飛び立った。
急ぐ帰り道ではないので、のんびり帰っていると雲行きが次第に怪しくなっていく。
そして、ついには雨がぽつりぽつりと降り出した。
家まではまだ距離があり、どうしようかと悩んでしまう。濡れるのを覚悟で速度を上げてもいいが、服を乾かしたりするのは面倒だ。濡れないように魔法で障壁を作ることもできるが、それを維持しながら飛ぶのは面倒くさい。魔法で雨具を即席で作るというのも気が乗らない。
そんなことをダラダラと考えているうちに雨は突然強くなり、遠くで雷まで鳴り出した。さすがに雷に打たれてしまうのは嫌なので、森の中にある大きな樹の麓で雨宿りをすることにした。
「これはなかなか止みそうにないわね」
空模様を見ながら思わず愚痴ってしまう。こんな天気と場所では、本を読むということもできない。ただ時間をやり過ごすだけの退屈な時間。そういう時間には慣れているし、嫌いではないけれど。
ホウキを椅子代わりにユラユラとしていると、どこからか鳥の雛の鳴き声が聞こえてきた。それも助けを求めるように弱々しくすすり鳴く声。声をたよりに探してみると、まだ成鳥になる前の羽根を持ったまだ自由に飛ぶこともできないだろう鳥の雛が草の陰にいた。少しだけ尾の長く、手の平に乗ってしまうほどで、左の羽根が力なくだらんとしているのを見ると落ちた衝撃で骨折したのかもしれない。
「どうしたものかしら?」
思わず上を見上げるも、雨宿りしているこの樹は樹齢を重ね、太く高くそびえる幹から幅広く枝を伸ばし、空が見えないほどに葉を茂らせている。この樹のどこかから落ちてきたと仮定したとしても、この雛の巣を探すのはなかなか大変そうだ。
しかし、見つけてしまった手前、見なかったことにするということもできないので、落ちていた雛に直接触れないように気をつけながら魔法で浮かび上がらせ、自分はホウキに乗ったまま、枝葉や幹にある鳥の巣を探しては覗いていく。そうやって、いくつかの巣を見て回ったが似た特徴の雛や親鳥の姿は見つからなかった。
このまま放置したとしたら、食物連鎖のなかで別の生き物の血肉になるだけだろう。それは自然の摂理で変えようのない確かな未来だ。
この雛にとっての幸運は、きっと私に出会えたということ。
それを本能的に悟っているからか、雛は今にも消えてしまいそうな命の中で、私に向けて生きたいとすがるような目を向けてくる。
無垢な相手からこういう目を向けられることに私は弱いのかもしれない。助けてあげたいという気持ちがわいてくる。
魔導文明が崩壊して以降、私は誰とも一緒に暮らしたことがない。さらに言えば、生まれてから一度もペットを飼うという経験をしたことがなく、まだ普通の人間として暮らしていた時代は家畜の世話をしていたくらいだろうか。
しばらく考え込んで私は決断する。
「仕方ないわね。独り立ちできるまでは、面倒をみてあげるわ」
雛を自分の手の平に乗せながら優しく声を掛ける。
鳥の成長は早い。この雛との生活は数ヶ月か長くて数年だろう。私の過ごす時間の流れからすれば、誤差程度のあっという間に過ぎ去っていくほどの時間。
それくらいなら、気まぐれに拾うのもありだと思ったのだ。
「じゃあ、まずは雨が止むまで一緒に雨宿りしましょうか?」
雛を膝の上に乗せ、ホウキの乗ってユラユラと揺れていると、雛は安心したのか緩やかな眠りについた。その小さな命の温かさを感じながら、私も眠りのまどろみへと落ちていった。