プロローグ
この世界は過去に三度滅びたという。
一度目は、小惑星の衝突によって引き起こされ、巨大生物が闊歩する世界は終焉を迎えた。
二度目は、行き過ぎた科学文明の果てに、世界全土を巻き込む戦禍が起こり、死の灰と雨を降らせる雲に覆われ、飢餓と病、それでも続く戦乱によって大多数の人類は死に絶えた。
三度目は、今より数百年前に魔法という力を独占しようと試みた愚かな一人の王の主導によって行われた大規模魔導実験が失敗したことによって引き起こされた魔導文明の崩壊。世界から魔法という力が失われ、代わりに災厄が降りかかった。
(中略)
今、人類は生存のために仕方がなく魔導文明の遺産を縮小管理維持しながら、日々を過ごしている。魔導文明の遺産を潔く捨て去ることも、新たに文明を興したり、発展させることもできないでいる現代は、人類の衰退期・荒廃期と言っても過言ではないだろう。
過去の過ちから学習するなれば、人類は過度に文明社会に頼ることは間違いであり、今のような原初の生活を送るのが相応しいのかもしれない。
今を生きる人類の姿こそが、本来の人の在り方を示していると言えるだろう。
(ギャブリス・モーリアン著 『歴史からみる人という在り方について』より一部抜粋)
***
だらりとソファーに横になり、宙に浮くランプの灯りを頼りに読んでいた本をそっと閉じた。体をゆっくりと起こし、ソファーのすぐ近くにあるテーブルに読み終えた本を置き、代わりに飲みかけの紅茶の入ったカップに手を伸ばした。
「これを書いた人間は、相当偏った見方をしているようね。まあ、これだけ魔導文明に対する記述だけがやけに刺々しくて、批判的なのは逆に清々しくもあるわね」
読んだ本の感想を誰に言うわけでもなく、口にする。それから紅茶に口をつけ一息ついた。
「とは言っても、あの魔導実験の真意を知らない後世の歴史家から見れば、こう判断されてもおかしくないのかしらね」
そう分析をしながら、当時のことを思い返す。読んだばかりの本にも書いてあった魔導文明の崩壊の原因となった大規模魔導実験が行われたのが、およそ五百年くらい前だっただろうか。
私はその実験を主導していたうちの一人の魔法師の助手として立ち会っていた――。
実験の元々の目的は、魔法を使うことができない人口比で言えば九割以上を占める普通の人間も魔法の力を行使できるようにするためにと始まったものだ。
つまりは、独占とは対極の理念で。
そのための研究を進めていく過程で、私たちが生活している空間とは違う隣接した空間、つまりは位相空間内に魔力の根源ともいえる物体が見つかった。それは<マテリアル・コア>と呼ばれ、その<マテリアル・コア>を現世に召喚し、定着させようとした。
もしそれが実現できれば、安定的で膨大なエネルギーが使えるようになり、魔法師という存在に過度に負担をかけることで成り立っていた当時のエネルギー問題の解消にも繋がると考えられた。そのことに全世界が注目し、実験の進捗報告と共に希望と期待は膨らんでいった。
しかし、実験は失敗に終わり、その代償として<マテリアル・コア>を失った人類は、魔力を失うことになり、元々の星から漏れ出ていた極限にまで薄まった魔力の中で生きていくことを強いられることになった。
そして、その失われたはずの<マテリアル・コア>は私の中にあり、その影響でどんなに望んでも老いることも死ぬこともできない悠久の時間に囚われた存在となった――。