離れたくないから
初めてのホラーです。
じわじわくるような作品に仕上げてみた、はずです。
今日も会社へ行かないとだ。俺は妻と娘の為に働かなくてはいけない。
会社の人も穏やかな人ばかりで、いつも笑顔で満ち溢れていた。
「いってきます!」
俺はそう言って家を出た。今日は雲一つない快晴で、庭の向日葵も元気に咲いている。
電車に乗って二駅先へと到着し、そこからすぐ歩いたところに俺の勤めている大手電機会社会社がある。こんな会社に勤められたのは自分でも驚いた。正直、内定は諦めていたんだ。
「おはようございます」
と、軽く挨拶をして自分の席に座った。俺の机の上は客観的に見ても奇麗に片付いていると思う。パソコンが置いてあるくらいだ。他の人たちの机はファイルやプリントが散乱していたり、人によっては小さなフィギュアなど飾っている。
日が暮れる頃に仕事は終わり、俺は家へと帰る事にした。去年あたりまでは飲みに誘ってくる奴がいたのだが、最近は全くいない。不景気だから仕方ないか。
会社帰りの時間帯だから電車内は随分と混雑していた。でも、夏で皆が薄着だからだろうか、電車独特の閉塞感は全く感じられない。むしろ妙な開放感の方が大きかった。
家に帰り、「ただいま」と声をかけたけど、誰も返事は返してくれなかった。耳を澄ませば包丁で野菜を切る音が聞こえる。夕食の支度で忙しかったから聞こえなかったのかもしれない。
リビングへ向かうと、相変わらず娘はオモチャで遊んでいた。去年の誕生日に俺があげたやつだ。とても気に入ってくれているらしい。
「そう言えばこいつ、もう五歳か……」
子供の成長は早いものだ。あと二年もすればランドセルを背負って学校へ行く年齢。
そうだ、久しぶりに高い高いをしてやろう。きっと喜ぶはずだ。五歳になってから全然してあげなかったからな。
俺はそう思って娘を持ち上げようとしたのだが、何故か腕に力が入らず、持ち上げることは出来なかった。
俺も歳かな? それとも五歳だとこれくらい重くなるのかな? 色々と思考を巡らせてみた。娘は決して太っている方ではないと思うし、どちらかと言えば華奢な体だ。
考えるのはもういいや、今日は暑かったし、下着も汗で濡れて気持ち悪いから着替えよう。俺は二階の寝室に行って、下着を換えた。
ふと窓に目を向けると、隣町での花火大会の様子が窺えた。花火自体は見えないが、その光はここまで届く。
「今日は疲れたな……」
ベッドに座り、窓の外を眺める。窓はクローゼットにベッド、そして部屋の壁や壁に掛けている絵画を鏡のように映していた。
五分ほど休んで、俺はまたリビングへと戻った。妻は隣の部屋で仏壇に向かって何かを語っている。
「明日で一周忌か……。早いなぁ……」
泣くのを堪えたような妻の声だった。こんな声を聞いたのは結婚してから初めてかもしれない。
でも一周忌って何だろう。去年誰か死んだかな。いや、誰も死んではいないはず……。
翌日になり、俺はまた会社へと向かった。社内に入ると、何故か暗い雰囲気が漂っている。
「アイツの為にも黙祷をしてやらないとな」
社員を集めて部長が言った。黙祷って……、いきなり何言ってるんだろう。そう言えば昨日も妻が一周忌がどうのこうのって言ってたな。
今日は黙々とした空気で仕事が終わった。何でそんな空気だったかはわからない。
家へと帰る途中に部下たちの話声が聞こえてきた。
「なぁ、一応供養って事で今から飲みに行かないか?」
「あぁ、それも良いかもな」
やっぱり、誰かの身内が亡くなったのかな。
久々だからあいつらと行きたいところだが、誰が亡くなったかわからないのに、加わるのは失礼だと思った。飲み会は諦め、俺はまっすぐ家に帰宅する。
家に帰ると、カレーの匂いがした。やった、今日は俺の大好物だ。
テーブルの上には三つのカレーが置かれ、妻と娘は「いただきます」と言ってカレーを食べ始めた。
「ねえ、そのカレー誰の?」
娘が俺の方に指をさして言った。俺の分なんだけど……。
「それはね。天国のパパの分だよ」
と、妻が言う。
天国のパパ? 俺の事か? だとしても冗談がキツすぎるって。
「そうかぁ。じゃあ私、今日はパパにお祈りする!」
何言ってるんだよ。お祈りって……。二人で俺をハメてるのか?
いくら冗談でも死んだ者扱いされるのには腹が立った。俺はその場から立ち上がって、部屋から出ていこうとしたのだが、その時隣の部屋にある仏壇が目に飛び込んできた。
仏壇に置いてあったのは菊の花と俺の写真。
そうだ、思い出した。俺、去年死んだんだ。
オチがわかったところで、もう一度読んでください。
恐怖心を煽るような文が隠れているはずです。(ただの主観かもしれませんが……。)
ただもう一度読み直すときは「サラリーマン」目線ではなく「霊目線」として読んでいただけたらなと思います。