寮の裏門と、侵入者
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前回書こうと思って忘れていたのでここで補足。
伊勢神宮の正式名称は、「伊勢神宮」ではなく、ただの「神宮」です。
そして内宮と外宮があり、一般的に伊勢神宮と呼ばれるのは大抵が内宮のことです。でも参拝する機会がありましたら両方詣でることをお薦めします。
ちなみに大學は内宮と外宮の間に存在します。
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あれからナユタは教授棟で用事を済ませたのち、寮に戻って片付けやら洗濯やらを終えると、早めの昼食を摂り自室で寛いでいた。
「……ふう。だいぶ暖かくなったとは言え、やっぱり温ったかいお茶は落ち着くなあ」
三時限目に必要な資料を鞄に詰め終えジャケットを脱いだ状態で、ナユタは手ずから淹れたジャスミンティーを啜っていた。お茶はナユタの趣味の一つだ。暖かい茉莉花茶の爽やかな風味が油っこい昼食の後味をさっぱりと洗い流してくれるようで、ナユタはほうと吐息を零す。
──ここ真宮皇道館大学には男子寮と女子寮がある。男子が入る誠道寮は大學の北東に位置し、大學のメイン校舎である二号館からは歩いて数分の距離だ。南寮と北寮の二つの建物で構成されており、入寮した者は二年間をこの塀で囲まれた特殊な環境で過ごす事となる。
ナユタの自室は北寮の一階にあった。基本的に二名一室の相部屋で、室内には二段ベッドとそれぞれの机椅子、本棚や押し入れ収納以外には大きな家具は無い。風呂やトイレが共用なのは当然だが、ここではテレビや洗濯機なども共同で使うのだ。規律も厳しく前時代的で、大学生の寮と聞いて普通にイメージする下宿屋めいたものとは大きく異なる、純然たる『寮』であった。
食後のお茶を楽しみつつ、ナユタは携帯を手に取った。届いていたメールに返事を送り再度携帯を机に置くと、ふうと溜息を一つ。
「……マシバ・カラハ、か──」
何とは無しに思い出すのは、一時限目に会った背の高い同期の顔。同じ学科だから確かに一年間同じ授業も受けてはいた筈だが、語学や教養科目などの一般科目はあまり重なっていなかったことなど色々な要因が絡み合って、彼の事を『背の高い通生の人』以上に意識する機会は殆ど無かった。
そしてまた逆に彼自身もそうなのだろう、ナユタが普段は術や霊力の痕跡をほぼ隠しているせいもあってか、今朝初めてナユタが術士であると気付いたらしかった。
そんな事をうらうらと考えていると、外からざわざわと騒がしい気配がナユタの部屋にも届いてきた。時計に目を遣ると、丁度二時限目を終えた寮生達が帰って来る時間だ。同居人は荷物を置きに来るか食堂へ直行するかどっちだろう、などとナユタが考えていると──。
ふと見るとはなしに目を遣った窓の向こうに妙な物が見えた。
「──あれ?」
閉ざされたままの裏門を乗り越え、何やら侵入してきた輩が一人。コンクリートの塀を背にして身を隠すように貼り付き、キョロキョロと周囲を窺っている。
黒いスーツを着崩した、髪が長く背の高い──。
──瞬間、二人の目が合った。
ナユタは何となく嫌な予感がして、目を逸らした。見なかった事にしたいという気持ちの表れでもあったのだろう。しかしそんなナユタの心情を無視するかのように、視界の端で人影が動くのが見えた気がした。
黒いスーツの不審人物は周囲を警戒しながらもナユタの部屋の窓に走り寄ると、窓枠に掴まって身体を持ち上げ、トン! トン! と硝子を叩いた。
ナユタが逸らしていた視線をチラリ向けると、なかなかに必死の形相で『ここを開けろ』のジェスチャーを繰り返している。
このまま無視し続けようかとも思ったものの、余りの切実な雰囲気に放置すると窓を叩き割られかねないと観念し、ナユタは溜息をつくとロックを外しカラカラと窓を開ける。途端、不審者はヨッと力を入れ、見事な身のこなしで部屋にするり侵入した。
「──よォ」
「……何なの一体」
窓を閉めてナユタが新聞紙を差し出すと、不審者──カラハは脱いだ靴をその上に丁寧に置き、やれやれと力が抜けたように床にへたり込んだ。
呆れながらもナユタがカップにぬるめのジャスミンティーを淹れて渡してやると、すまねェ、と早口で言ってからカラハは喉を鳴らしてカップの中身を一気に飲み干した。そして大きな息をふー……と長く吐き出し、やっとカラハは人心地ついたらしい。
「落ち着いた? 何だかだいぶ疲れてそうだけど」
「あァ、ありがとな。ずっと走って来たからちィと、な」
そしてカラハは二杯目のお茶を半分ほど飲み、再び大きな息を吐いてから、気の抜けた様子で事のあらましを話し始めた。
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少し短めです、すみません。
次回早めに更新します。
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